第16話 結局、共通の話題が最強ってことよ(自社調べ)
「お待たせしました、先輩!」
時刻は八時ちょうど、場所は我が家の玄関口、約束した時間と寸分の狂いもなく、佐々岡凛は現れた。
上はちょっと大きめな白いラガーシャツ、下はかなり丈の短いブルー系のデニムパンツとパンダカラーのスニーカでかためた後輩はボーイッシュな美少女の見本のように可愛かった。特にそのシャープで凛々しい顔立ちと、夏の太陽に勝るとも劣らない輝かしい笑みのギャップがいつにもましてグッとくる。
「おう、今日も笑顔が眩しいよ、佐々岡」
「そうでしょうとも! 今日は気合入ってますからね」
「自己ベも余裕?」
「もちろん!」
断言するなり抱きついてくる佐々岡のテンションは随分と高そうだった。
その頭を撫でてやりながら、優理香の時と同じくお相手の腹の内を想像する。
「それでどこに行くのかな?」
優理香と同じく佐々岡も事前にどこへ行くとか何をするとかの話はなかった。
普段のデートでもノープランでとりあえず俺の家に来ることはあったので、佐々岡らしいと言えばらしいと思う反面、勝負勘の優れる
「そんなの決まっているじゃないですか! 泳ぎに行くんですよ!」
「泳ぎに?」
それは意外な選択に思えた。
確かに俺は元、彼女は現役の水泳部であり、泳ぎは分かりやすい共通項であり、優理香や会長との明確な差別点でもある。
ただし、俺が部を辞める原因になった一件のことがある。
「……嫌ですか?」
「そんなことはないけど、そう来たかって気持ちはあるかな」
ことが起こったのは佐々岡が部に入ってちょうど一月経った時のことだった。
うちの水泳部は県内では弱い強豪校、つまり中の上から上の下ぐらいの立ち位置におり、一応長水路(五十メートル)のプールはあるが屋外で年中泳げる設備はない。そこでクラブとの掛け持ちが許可されており、佐々岡のような全国レベルを狙える部員はほぼ全員クラブチームに所属している。そして活動の中心をクラブにしている選手が大多数で、それを許すことで強豪選手を勧誘してきた高校だった。
しかし、ちょうど今年部の顧問が交代し、今までのクラブ容認から、部中心へと方針が変わり、部の練習参加が義務付けられるようになった。その顧問は勝利至上主義かつ練習大好きの所謂古いタイプの指導者で、就任してすぐ俺を始めとしたクラブ所属選手と軋轢を生んだ。そんな部内不和の中、佐々岡は顧問に従い、部での練習にしっかり参加し、その上でクラブでの活動にも手を抜かなかった。
必然、佐々岡は故障した。
俺からすれば当然の結果であり、高校にあがったばかりで身体もまだ出来上がっていない年齢で練習し続ければそうなって当たり前だ。まして佐々岡のような全国レベルでみればやや小柄の選手には、部とクラブの完全な両立は高一の段階では負担が大きすぎる。
腰を痛めた佐々岡は休養を余儀なくされ、今夏の主要な大会にベストとは程遠い状態で挑まなくてはいけなくなった。
元々練習量だけを追求する顧問のスタイルが気に食わなかった俺は、佐々岡の負傷を機に部を辞め、そして水泳部の卒業生――もちろんクラブに所属していた発言力ある大人たちにこのことを告発し、外部から部中心の方針と有望な一年を怪我させたことを非難して貰うことで、顧問に部の練習参加強制を撤回させた。
こんな芸当が通ったのは、俺に幼少の頃から築いてきた水泳を通した人脈があったのが一点、もう一点はそんな有名選手の俺が部を実際に辞めたからである。
またこれを機に、佐々岡は伸び悩みを過剰な練習量で解決しようとするのを辞め、退部してまでして練習のやりすぎを諫める形になった俺に対して恩義と好意を感じるようになってくれた。
もっとも俺としては、部を辞めてもクラブがあるし、元々水泳とのかかわり方について思うところもあり、あの一件を水泳と少し距離を置くいい機会だったと今では捉えている。
「はい。でも、やっぱり私にとって先輩は水泳の人なんです。だから……、こういう機会だからこそ、私と一緒に泳いで欲しいんです」
真摯に胸の内を明かす佐々岡は初めて見るぐらい固い表情をしていた。
やはり彼女は俺の退部を重く受け止めていたのだろう。
あれ以来俺に泳ぎを勧めることがないのもそういう心情があったからで、今日その禁を破ったのは並々ならぬ覚悟あってのことに違いない。
「じゃあ行くか、泳ぎに」
「っ、はい!」
特に気負いなく応えた俺に対し、佐々岡は明確な喜色を浮かべる。
一緒に泳ぐことで喜んで貰えるならそれでいいし、結局これが一番俺たちらしいデートだろう。
佐々岡が敦賀崗マーメイドなら、俺は敦賀崗トビウオ。
水泳というものを通して繋がった二人なのだから。
◇◇◇
いつもお読みくださりありがとうございます!
そして、また毎日更新出来ずすいませんm(_ _)m
いや、まだ書き溜めが残ってはいるんです。残ってはいるんですが、投稿する前の推敲をしているうちにどうしても書き直したり、加筆したりしたい箇所が出てきて、一回それをすると連鎖的に後も修正する必要が出てきてしまい、結果毎日更新が厳しくなってしまうんです。
以後も頑張って更新しようとは思っているので、どうか切らずにお待ちいただければと。
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