第5話 結局人気なのはこういうキャラだよね

 お約束の展開とでも評すべきか、優理香と佐々岡は授業が終わって教室から出て来た俺を下駄箱置き場の前で待ち受けていた。

 二人は俺を見るなりすぐ隅の方に移動し始める。

 ずばり人目の少ないところでやりあうつもりなのだ。


「待っていましたよ、先輩」


「お疲れ、まーくん」


 予想を裏切ることなく、佐々岡は凛々しさを失わず、


「一緒に――」


 優理香は柔らかな笑みを湛えて、


「帰ろうか」 

 口火を切る。

 両人とも幾分疲れが見える一方、目にはまだ力があった。


「佐々岡、優理香……」

 審判たる俺は残酷にも結末を告げなければならない。

 彼女たちもここまできて、三人一緒なんて言葉は聞きたくないだろう。

 とどのつまり、両雄並び立たず。

 さあ、ここにピリオドを打とう!


「ごめん、生徒会の手伝いがあるから、先に帰って」 

 言った瞬間、時が止まった気がした。

 現実に、数秒間佐々岡も優理香も無言で立ちつくす。


「先輩!」

「まーくん!」

 うん、気持ちは分かるよ。

 しかしながら、今朝と違い、放課後は手伝いをする予定が本当に入っている。

 わざわざ四階の生徒会室に行く前に一階の下駄箱置き場に寄ったのは、こういう風になる可能性も考慮して、先に帰ってくださいと告げるためだった。スマホを使わず直接お断りを入れることが、激闘を繰り広げた二人へのせめてもの手向けである。


「悪いな。俺はこの学校を会長と共に支えなくてはいけないんだ」

「それはないですよ!」

「死ね!」

 同時に繰り出された文句を背に受けつつ、俺は上階へと踵を返す。

 この時ばかりは、いつも人を振り回すあの困った会長に少しは感謝したい気持ちだった。






「――と、こんな感じで今日は大変だったんだ」

 生徒会室のまだ新しさが感じられるパソコンのエンターキーを打ち、作業を一段落させると同時、今朝から続いた俺の苦労話も終わりをむかえる。

 俺としては、あの大立ち回りをせめてもの慰みにして貰いたいという善意の自分語りであった一方で、対面で共に作業をしていた生徒会副会長殿には受けが悪かったらしく、どうも反応が薄い。


「なるほど。俺様としては貴様のありがたーいお話に、二つ言いたいことがあるなあ、正幸」

 語り終えてたっぷり十秒は経ってから、生徒会副会長であり親友でもある天馬獅子吼てんまししくは応える。その長身痩躯によく似合う銀色の眼鏡を右手の人差指でクイっと上げる様は、見慣れた安心感のあるものだ。


「いいぜ、何でも言ってみるといい」

「まず一つ、貴様が毎度毎度聞かせてくれる“女の子の相手するの大変だわー。まじ大変! あいつら俺にぞっこんだからなー。俺ってば罪作りな男だぜ”には飽き飽きだ。登場人物の多さで誤魔化してきたワンパターンさが最近はもう看過出来ん」

「そうか?」

 自慢気に話したつもりはなくとも、そう聞こえてしまうこともあるのか。

 ついでに毎回の苦労話が獅子吼の言うように紋切り型になってしまっていたのなら、素直に忸怩たる思いでもある。


「そうだとも。幼馴染枠の不動優理香、後輩枠の佐々岡凛、生徒会会長枠の城咲ブレンナーの主要三人を始めとし、先生枠の柄本智つかもととも、僕っ子枠の堤奈々つつみなな、お姉さん枠の泉水せんすいゆきのサブ三人と、あかねちゃんという妹枠まで用意しておきながら、出だしは誰それと誰それが俺を巡って争い、締めは俺のモテトークでかろうじて場は収まったぜ!ちゃん♪ちゃん♪の繰り返しではないか」

「うーん、耳が痛い」

 なかなか含蓄ある指摘だろう。

 もっとも、親友様が名前を出した中には、明らかに俺のことを好きでない人物が混じっているし、彼女たちの相手をして、好い目ばかりをみられるわけでもない。時には今日のような大変な目にあうことも当然ある。


 というか、基本女の子――特に可愛い子は、相手をするのが大変だ。

 彼女たちの“都合”に合わせ、“気持ち”を理解しなければ、親密な間柄など夢のまた夢。当然こっちのことを勝手に好きになってくれたり、偶然仲良くなれる状況が訪れるわけではない。全ては自分から動いて初めて機会が舞い込んでくるわけである。


「いいか、昨今は漫画、小説、アニメ、ゲームのどれもが飽和状態といっていいほどあふれているのだぞ。そんな中で毎回同じことをしていて、生き残れるとでも思っているのか。漫然とするな! ライバルたちはもっと努力している!」

「お、おう」

 俺の心の中の言い訳をよそに、獅子吼は喝破する。

 人の交流録にエンタメ性を求められても困るが、人気がないとすぐ打ち切りになる少年漫画が大好きな奴なりの憤りがあるのかもしれない。


「で、二つ目に言いたいことは、貴様はその俺モテるんだぜトークを、知っての通り女嫌いなこの天馬獅子吼様に語ってどうしたいのかということだ。何か助言出来るとでも思っているのか?」

「いや別に助言は求めてない。単に愚痴を聞いて欲しいだけ」

 誰だって癒しの場を欲している。

 俺だって、たまには不満を聞く側から不満を言う側にまわりたい。

 親友にはそういう甘え方をしてもいいじゃないか。


「俺はお前の彼氏か」

「俺が女だったらありかな」

「それはちょっと」

 速攻でお断りを入れてきた獅子吼はすごくいい奴だ。

 学内でも慕う生徒は多く、だからこそ今年新設されたばかりの生徒会の副会長を務められていられる。そんな天馬獅子吼なら、恋人として合格ではないだろうか。少なくとも昨日俺に告白してきた三人よりもずっと人格的に安定していることには太鼓判を押せる。


「気づいてないようだが、お前も俺の攻略対象の一人だぜ。親友枠だけは男なのさ」

「えっ、何それ怖い」

 無念、思いは通じず、我が親友殿は割と本気で引いている顔だった。

 別に俺が女じゃなくて、奴が女というパターンでもありなんだけどな。

 苦言を呈しつつも、俺のことを深く慕ってくれる親友の女の子とか、控えめに言って最高では?


「おい、下種なことを考えている顔になっているぞ」

「なあ、三十過ぎてお互い相手がいなかったら結婚しようぜ。俺のために女になってくれ」

 獅子吼なら優理香を始めとした面々も祝福してくれる気がする。

 後は奴にクールな眼鏡女の子になってもらえれば万事丸く収まる算段だ。


「なるか! 俺は女嫌いだが、男好きでもない! というか、何故貴様のために性別を変えなくてはならんのだ!」

「またまたぁ、嫌がってるふりなんかして。本当は俺のこと、好きなんだろ?」

「気持ち悪い!」

「素直じゃないな。流行らないぜ、そういうの」

 男のツンデレはノーセンキュー。

 その芸風は美少女だけに許された特権なのでした。


「一生言ってろ」

 吐き捨てた獅子吼はパソコンの電源を落とし、帰る準備を始めてしまう。

 俺が佐々岡と優理香に振り回されたうっ憤晴らしをしていると気付いたらしい。

仕方なく俺も切り上げることを決め、ファイルを上書き保存するアイコンをクリックした直後、ある事実に思い当たる。


「そう言えば会長は?」

 部屋の上座にある会長が使う長机は無人で、ついぞ作業終了まであの人は現れていない。

「うむ、来てないな」

「何か用事か? そもそも俺を今日呼んだのはあの人なんだが」

「さあな。何かやっているのか、単に忘れているのか、それは会長のみぞ知るところだ」

 誰も居場所を知らないとか会長自由すぎるだろ。

 手伝いに過ぎない俺はともかく、副会長である獅子吼は困るだろうに。


「前から聞いてみたかったことなんだが、何で会長の下で働いているんだ? まさかあの人を狙っていたとかはお前に限ってないだろうし、内申点とかそういう目的でもないだろ?」

 獅子吼と会長の仲が特別良かったという話も聞かない。

 二人がどんなつながりで今の会長と副会長の関係になったのか、考えてみれば謎である。


「いざ問われると答えに窮するが……」

 珍しく我が親友は言葉を濁らせる。

 大抵のことは即断即決する性質に反する長考の後、奴は眼鏡のちょうど真ん中にあるブリッジ部分を人差し指で上げてから口を開く。


「一つには、あの人に直接頼まれたからというのはあるだろう。やはり面と向かって頼まれたことを断るのは忍びない」

 実にお人よしの獅子吼らしい理由だ。

 ただ、それはあくまでついであるかのような口ぶりでもある。


「他には?」

「そうだな……、あの人は見ていて痛ましいところがあるから、とかではどうだ」

「痛ましい? 会長が?」

 それはだいぶ変わった評価だろう。

 世俗的な城咲ブレンナーの印象に反すると言ってもいい。

 華やかでカリスマがあり、自信に満ちた才女――それが彼女のパブリックイメージだ。


「ああ、どこかの誰かさんと同じようにな」

「どういう意味だよ」

 まさか俺のことを言っているのか?

 あの人と俺の間に共通点と言えるものは特に思い付かないが。


「さてな。ただ俺は、会長のような人間を救うことは出来なくても、傍にいるぐらいのことは出来ると、その程度の考えでここにいる」

「……つまり、メンヘラ好きってこと?」

 会長がメンタル病み病みかはさておき、獅子吼の話を総合するとそういうことになってしまう。

 善良で健全な一高校生である俺としては、予想外の特殊性癖に動揺を隠せない。

 ところが、親友の顔つきは至って真剣なものだった。


「知ってるか、そういうのは二次元だから萌えるのだぞ。リアルで精神を病んでいる人間に出会ったら、逃げるに限る」

「分かる」

 その意見には首がちぎれる勢いで頷きたい。

 精神が不安定な子は本当に、本当に、本当に――大変の一言である。


「分かってないだろ、貴様は」

「まじ?」

 心外なことに、我が親友殿は俺をアンチメンヘラ同盟の同志とは認めてくれていないようだった。これでも情緒が安定していない女の子に対する経験は人並み以上にあると自負しているのだが。


「ああ、お前は救いがたいメンヘラ好き野郎で、しかも……、いや、みなまで言うまい。俺に出来るのはただ傍にいることだけだからな」

 ここでも獅子吼は含みを残す。

 そう意味ありげな態度をされると、こっちも勘違いしそうになるじゃないか。


「要するに、俺のこと好きってことだな?」

「違う」

 親友は同意の代わりにさわやかなスマイルをくれる。

 どうやら天馬獅子吼というキャラを攻略するには好感度がまだ足りていないようだった。

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