第6話 序盤から出続けるタイプの強キャラ
「ぬっ!?」
先に荷物をまとめ終え、薄情にも俺を待たずして帰ろうとしていた獅子吼の低く唸る声が生徒会室に響く。
何事かと、荷物を纏めるのをやめて振り向いて見れば、
「二人とも、お疲れ様」
「お疲れ様です、先輩」
親友が開いた引き戸の先に、よく見知った同級生と後輩がいた。
そう、今日一日いがみ合っていた不動優理香と佐々岡凛である。
「お二人さんはどうしてここに?」
時刻はもう五時半を過ぎており、二人と別れて二時間近く経っている。
水泳部に所属している佐々岡はともかく、帰宅部の優理香が学校にいる時間ではない。
「もちろん、まーくんを待ってたんだよ」
「当然、先輩待ちです」
即答する二人の眼光は嫌に鋭かった。
その視線は直後の危険を予期させるに十分だったので、俺はただちに近場にいた頼れる親友の背に隠れることにする。
「怖い、助けて天馬くん……」
「寄るな、気持ち悪い!」
無念、我が心の友は後ろで怯える俺を庇ってはくれなかった。
すっと横に移動し、二頭の狼の前に子羊を差し出してしまうのである。
「ああ、天馬くん! 私を見捨てないで! さっきはずっと傍にいるって言ったじゃない!」
「鬱陶しい子芝居はやめろ! というか、今回もどうせ身から出た錆であろうが!」
「いやいや、今回も俺は被害者だから!」
「いいから、離れろ! 俺まで巻き添えを食らってはかなわん!」
獅子吼のくそったれは火中の栗を拾う気がさらさらないようで、縋りつく俺ににべもない。
そして、飢えた餓狼がいつまでも獲物の足掻きを黙って見ていてくれるはずもなかった。
「獅子吼くんは先に帰っていいよ。まーくんにはちょっと用があるから」
「う、うむ。ではな、正幸」
素っ気ない別れの言葉の後、あっさりと遠ざかっていく無二の親友。
休み明けに会った時、絶対今日のことを愚痴り散らかしてやると決意することで何とか諦めを付け、おそるおそる狼たちへと向き直る。
「……それで、私めに如何なる御用でしょうか?」
「あの後、実は不動先輩と二人で話し合いの場を設けたのです。流石にこのままいがみ合いをしていては、色々と面倒になると」
「かなり真剣にね」
交互に語りだした優理と佐々岡の口調は落ち着いていた。
それがかえって俺の心の中にわずか残っていた平常心を奪っていく。
「先輩から先に告白の返事をもらったのはどっちかということから始まり、より相応しいのはどっちか、より好かれているのはどっちか、その根拠を多く持つのは私か不動先輩か……、ありとあらゆることをお互いに言い合いました」
「で、やっぱり大概のことはかみ合わなかった。でも、互いに認められたことが二つあって、まず同じ日に告白をしたこと、それから私も佐々岡ちゃんもイエスの返事を貰っていること」
「ふむふむ」
前半はともかく、後半は完全に歴史が改竄されているな。
俺は間違いなく二人ともにイエスではなく待ってくださいと伝えたはずである。
もちろん、今更そこを指摘する気はない。
彼女たちの中では俺が告白を受け入れたということが史実であり、それを否定するのは日本が未だトクガワの治めるサムライの国で、第二次世界大戦は妖刀ムラマサの力で完全勝利したと主張するようなものだ。もしそんなことを主張するなら、頭にちょんまげぐらいは載せているべきで、残念ながら俺は普通の髪型である。
「これはどう見てもまーくんが二股のクズ野郎って話になるけど、そこは同じ日の告白で混乱してた部分はあるだろうし、私たちもちょっと急かしすぎたかなって反省すべき点があるから、もう一度機会を与えるということになったわけ」
「機会でありましょうか?」
何故俺がしてもいない二股について、二人から挽回のチャンスを与えられる立場になっているのかまるで不明だけれども、考えたら負けだ。
ともすれば敗戦国が自分の処遇を自由に決めらないと同じなのかもしれない。
力こそ正義、歴史は勝者によって語られるのである。
「はい。先輩が改めて私と不動先輩のどっちを選ぶのか、簡単に言えばそういうことです」
「ああ、安心して。何も今すぐこの場で決めろってことじゃないから」
「それはありがたいことで」
執行猶予はつくらしい。
もちろんそれは無罪放免を意味しない。
齢十七歳――実に儚い命だったな。
「具体的に説明しますと、明日から都合よく創立記念日を含んだ三連休なので、明日は不動先輩、明後日は私とデートして貰います。この二日間は私たちのアピール期間ですね。そして記念日の明々後日は不動先輩も私も先輩には一切接触しないようにします。つまり最後の一日は考える時間になります」
「そして答えは連休明けの朝にまーくんの家で聞く」
「これなら私たちははっきり白黒つけられますし、先輩も迷いを断ち切ったいい決断が出来るだろうと思います」
「なるほど」
即死が四日後に伸びただけであることを無視すればなかなか悪くない提案だ。
セミでももう何日かは長生きするけどね。
「あのー、もし仮に俺が告白を断れば、お二方はいかがされるのでしょうか? もちろん参考程度の話ですよ。あまり本気にならず気軽に応えて貰えればと」
万分の一ぐらいの確立で、話し合いを経た優理香と佐々岡がいい意味でのライバル関係になっており、振られた方は潔く身を引いて、勝った側を素直に応援する的な取り決めが交わされていると信じたい。
悲観ではなく楽観にこそ、事態を好転させる力があるはず!
「学校中にまーくんが私を散々弄んだ後に捨てたクズ男だって言いふらすかな」
「先輩を殺して私も死にます」
「はい」
なかった。
まあ、予想はしていましたよ。
むしろ社会的な死か肉体的な死か選べるだけましと思いたい。
「じゃあ、明日のことは今晩の十時ぐらいに電話するからよろしくね、まーくん」
「私の方は、明後日の朝に先輩の家に行ってから詳しいデートプランを知らせますので、先輩に特に準備してもらうことはありません」
「うっす」
いよいよ詰んだか。
事ここに至っては粛々と我が身の終わりを受け入れ、残されたわずかばかりの時を有意義に使うべきだろう。
やはり最初にすべきは、獅子吼に今生の別れを告げ、来世でも親友でいて欲しいと伝えることか。思えば奴には迷惑ばかりかけてきたからな。最後ぐらいは真っ直ぐな気持ちでありがとうと言いたい。
――そんな風に俺が諦念状態に入っていく最中、ふと廊下から足音が聞こえ、救いの女神が出現する。
「おや、こんな時間に三人で集まってどんな悪だくみ? 面白そうね」
女神の名は城咲ブレンナー。
この生徒会室の主である。
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