第3話 ボブは名脇役

 竜虎相うつという言葉がある。

 竜と虎にたとえられるような、強大な力をもった者同士が対峙する様を表したことわざで、歴史上の人物で言うなら、武田信玄と上杉謙信、宮本武蔵と佐々木小次郎なんかが分かりやすいだろうか。

 互いに凄まじい実力を誇る猛者たちの争い。


 それは無関係の凡人たちを惹きつけてやまない反面、巻き込まれて被害を受ける当事者たちにとっては、ただならぬ災いに違いない。

 俺はそう断言できる。

 起きがけから佐々岡の急襲で始まった慌ただしい一日は、そんな竜と虎の暴威について教えてくれるものだった。

 ことの始まりは朝の玄関先でのことである。




「おや?」

「ちっ」

 驚く佐々岡に舌打ちする優理香。

 朝駆けを敢行してきた佐々岡を何とかなだめ、妹のあかねが用意してくれていた朝食を二人で食べた後、学校に向かうべく玄関を出てみると、何とインターホンを押そうとする我が麗しき幼馴染様と鉢合わせてしまったのである。


「おやおや、朝からストーカーに出会うとはついていませんね、先輩」

「わざわざ自己紹介してくれるなんて、佐々岡ちゃんは礼儀正しいね。でも、まーくんに付きまとうのは迷惑だからやめてね」

 まず一太刀、二人は互いをけん制し合う。

 佐々岡と優理香の仲は控えめに言ってもかなり悪いから、この程度は時候の挨拶と同じようなものだが、朝っぱらからやられると正直しんどい。また、なまじ容姿がいい二人だけに、言い合いに迫力があって、胃が痛くなるというのもある。


「ストーカーは私ではなくあなたのことですよ、不動先輩」

「自覚がないのはほんと危険だね。相手がどれだけ嫌がっても、勝手に好意的な解釈しちゃうんだから」

 佐々岡も優理香も笑顔で相手を貶す。

 どうやら彼女たちの基準では先にヒステリックなった方が負けらしく、互いにあまり声を荒げない一方、いかに皮肉たっぷりに悪口を言えるかについては異様な熱の入れようだ。

 なお、これで序の口である。


「へー、不動先輩の頭の中ではそんなことになっていたんですね。前から胸に栄養がいきすぎて、他が残念なことになっている人だとは思っていましたが、そこまでとは。ただただ可哀そうです」

「ははっ、面白いこと言うね。周りから甘やかされ過ぎて、ついに妄想と現実の区別がつかなくなったみたい」

「はあ、これ以上相手をしても時間の無駄ですね。行きましょうか、先輩」

「さっさとそいつから離れた方がいいよ、まーくん。構うと図に乗るだけだから」

 まずい、ヒートアップするパターンに突入してしまった。

 いわゆる確変ってやつだ。


「うーん?」

「はい?」

 威嚇し合う二人。

 飛び出る火花。

 委縮する俺の心臓。

 鶴賀崗高校がおくる波乱と激闘の大感動スペクタルがここに!

 現実逃避してないで何とかしなければ。


「あの、お二人さん?」

 まず愛想笑いしながらそれとなく二人の間に割って入る。

 次に少し大げさに肩をすくめ、場を茶化す努力もしてみた。

 気持ちはアメリカンコメディに出てくる三枚目。すなわち俺は、アメフトのスター選手であるトムをめぐって日夜争いを続けるチアリーディング部のキャシーとメアリーをなだめる補欠選手のボブだ。


「朝からそんなカッカしなくてもいいんじゃないでしょうか? 何なら三人で登校するのも悪くないと思うな、俺は」

「先輩がそう言うならしょうがないですね。今回は武士の情けということにしておきましょう。恋人関係になった私と先輩の間に、不動先輩が入り込む余地はもうなくなってしまったのですから」

「は? 何それ?」

 佐々岡の挑発で優理香の表情から感情が消え、能面の様相を見せ始める。

 この時点でボブがキャシーとメアリーにマジ切れされるシーンが脳裏に浮かんだが、俺の不安をよそに事態は進行していく。


「分かりませんか? もうあなたは用済みってことですよ」

「いやいや、まーくんと将来を誓い合ったのは私だけど? 佐々岡ちゃんは知らないだろうけど、昨日正式にそういうことになったから」

「え? どういうことですか、先輩?」

「どういうことって聞かれましても」

 二人ともに猶予をくださいと返事をしたはずでは?

 いいや、今この場でそのような正論に力はなく、所詮補欠に過ぎないボブではクイーンビーであるところのキャシーやメアリーには逆らえないのである。


「一応、佐々岡にも優理香にも待ってくれって言ったような気がしないでもないような?」

「それ、まだ言うわけ」

「こういう時は真面目にしてください」

「すいません」

 こうなるよね。

 現実はいつだって残酷だ。


「どうやらはっきり言ってやる必要があるようですね。曲がりなりにも長年の付き合いがある幼馴染に引導を渡すのは心苦しいかもしれませんが、下手に期待させるよりずっと良いでしょう。さあ先輩、どっちを選んだのか宣言してください」

「勘違いちゃんの目を覚めさせるには、まーくんの口からどっちが恋人なのか言うしかないみたいだね。哀れな妄想の連鎖を断ち切ってあげるのも優しさだよ、まーくん」

 優理香と佐々岡は前と後ろからそれぞれ俺に迫り、鬼気迫る視線を投げかけてくる。

 だが、どっちを選んでも、選ばなかった側から悲惨な制裁が課せられるのは必至。

 ついでに、唯一二人を上手く仲裁出来そうな妹のあかねは先に家を出てしまっている。

 よって、残された手段はただ一つ。


「そういえば今日は朝から生徒会の手伝いがあったな! あー、これは走らないと間に合いそうにない。悪いけど、先行くわ!」

 逃げる!

 そう、三十六計逃げるに如かずこそ最善の解決策!

 もちろんこれで終わりのわけはなく、第二ラウンドは昼休みに起こった。

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