▽残り二日と残り一日の狭間

 太陽が完全に昇りきる前に、あの町に戻れる。

 本当に、あの町に息子がいるのか――そんな疑問を抱くような心のスペースはなく、何を話そうかの頭しかなかった。つまり、俺の頭の中には息子があの町にいないと云う設定は存在していない。

――まずは謝って、次にありがとうを云う……いや、それじゃ不自然だな……。

 さっきからそんなことばかり考えている。

 さっきは少ししか降っていなかった雨が、ザアザア降りの雨に変わった。ワイパーを動かさないと、前が見えない程だ。下手をすれば、どこかにぶつかりかねない。それでも、アクセルを踏む足が上がることはない。逆に、徐々にスピードが上がってきている――そう思う程気持ちは高ぶってきている。

 あいつに喋れる言葉は少ない――いや、殆どないかも知れない。だが、俺が云いたいことを、伝えたいことを、あいつに嫌がられても最後に、本当の最後に伝えられたならそれでいい。

 それさえ出来れば、後は何だっていい。

 逆に、それが出来るまでは死ねない。終われない。

 そのために、俺は一度逃げ出した地に帰ろうとしているんだ。

 外は暗くてライトで照らせる部分しか見えない筈なのに、目にはあの町が見える。あの暗闇の奥に、俺が捨てた町が見える。

 それと同じように、あの歪みきった雰囲気も肌で感じていた。何か違った空気が、町に入っていないのに感じてくる。車を進める度に、その感覚が強くなってくる。

 鳥肌が立ち、体が町を拒絶する。町に入ってはいけない! と、心の中で何かが叫んでいる。しかし、それでも車は町に向かって一直線に進む。

 何があろうとも、車はあの町に一直線に進んでいく。心がなんと云おうと、体がどれだけあの町を拒絶しようと、引き返さない。ただただ進むだけだ。

 ワイパーが雨を飛ばし、雨を飛ばされたところに再び雨が落ちる。その鼬ごっこを見ながら車を走らせる。

 雨はまだザアザアと降り続いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る