▽残り一週間
白狐と名乗った女性は素晴らしい程に綺麗な人だった。もしかして、こんな世界になる前は女優をやっていたのではないだろうか、と疑う程に。だが、白狐と云う名前だけでは情報が少なすぎた。この女性は何歳で、何をしていて、どんな人だったのか。そう云った情報がまるでないため、ひとまず自己紹介をしようと云うことになった。
「僕は、さっき云ったけど夜ト。中学生。趣味は……読書かな。特技は走ること。勉強はそこそこ出来る――つもり。人付き合いは上手い方だと思う」
白狐が手を上げた。
「何?」
「質問だよ」
「ああ、どうぞ?」
白狐はスカートなのにあぐらと云う、なんとも複雑な姿勢をしている。
「好きな作家さんは?」
何を聞かれるのかと身構えていたが、聞かれたことは好きな作家だった。
「……綾辻行人さん」
「ふぅん。どんな人?」
オタクとも取れるミステリー情報を喋った。
「島田荘司さんの推薦を受けて登場した本格推理小説の作家さん達を〝新本格〟って云うんですけど。例えは法月倫太郎さんとか、歌野晶午さんとか、我孫子武丸さんとか。その人達の中の嚆矢と呼ばれるのが綾辻行人さんなんです。
一九六〇年生まれで、京都教育学部卒業、同学院修了。そして一九八七年に『十角館の殺人』でデビューしました。それを初めとする館シリーズは、累計五百万部を超える人気シリーズと――」
白狐が手を振って話を止めた。
「なるほどなるほど。つまり推理小説――日本のミステリーの第一人者ってことでいいかな?」
コクコクと首を縦に何度も振る。「はい、僕の中ではそう云うことです」
「もう一つ質問」
「……どうぞ」
「君、彼女っていた?」
「……は?」
一体、急に何を聞いてくるのだろうか。
「いや、答えたくなければ答えなくてもいいけどさ」
答えなくてもよかったが、答えないとなんとなく気まずい雰囲気になりそうだったので答えた。「いや……いません」
「今までに付き合った回数は?」
「彼女いなかったんだから、〇に決まってるでしょ?」
白狐はあぐらのまま首を縦に振った。ふんふん、と云っているが、何を考えているのか全く分からない。
「つまり、君は童貞って訳だ」
「……はぁ?」
慥かにそうだが。女性という物はここまでデリカシーのない生き物だっただろうか。まだ、男性がそう云うことで女性をいじるなら分かる。セクハラだが。
だが、女性が男性をそう云うことでいじるか? いや、それが偏見であることは分かっているが、どうも考えにくい。
「何なんですか?」
「おっと、気分を損ねたかい? 悪かった。悪気があって云った訳じゃないんだ。興味と云うか……ね」
どうやら僕は、白狐とはいい関係になれそうにない。よき話し相手になれるかどうかさえ分からない。
「じゃあ、私の番かな。私は白狐。高校生だ。ええと、何を云おうかな。君が云ったことをまねようか。趣味は、君と同じく読書かな。特技は楽器の演奏だ。特にピアノ。勉強は苦手だな。人付き合いは恐ろしい程上手いと思うよ」
僕も白狐とまねて手を上げる。
「どうぞ?」
「好きな作家さんは?」
白狐はクスッと笑って話し始めた。「私は宮部みゆきさんが好きだ」
知っていたが、白狐と同じ質問を返す。
「どんな人ですか?」
「生まれは君の云ってた綾辻行人さんと同じく一九六〇年だな。都立墨田川高校卒業。法律事務所勤務を経て『我らが隣人の犯罪』でデビューした。
時代小説をよく書いているね。私が好きなのはやっぱり、直木賞を受賞した『理由』だな」
「もう一つ質問」
「はは、完璧にまねるのか。どうぞ」
「白狐さん、彼氏いた?」
「ここもまねた方がいいのかな。……は?」
「いや、答えたくなければ答えなくてもいいですけど」
「いや……いたよ」
「今までに付き合った回数は?」
「一回だけだね」
「つまり……」そこで言葉が詰まった。「いや、僕には分からない」
「ははは、分からないか。大丈夫、私も君と同じく処女だ」
大人びた性格から、もう経験済みだろうと思っていたが未経験らしい。
「へ、え。そうなんですか」
「あれ、そんなに興味ない?」
「知ったところで、って感じですね」
「ひどいなぁ、乙女の処女は大切なんだぞ」
「え⁉ 乙女なんですか⁉」あえて大げさなリアクションをする。
「じゃあ君はどう見ていたのかな?」
「変態なJK」
「随分とドストレートな回答だね」
口癖を云う。「急がば回れ、急がないなら直進」
「なるほど。君らしいね」
その時、白狐の腹が再びぐうううううううぅぅぅぅぅぅぅと鳴った。
「どうやら私は男を欲しているようだ」
「食物でしょ?」
「ははは、今の会話の流れからのジョークだよ」
店内を歩き回り、食べられそうな物を探す。しかし、缶の飲み物類なら見つかるが食べられそうなものは見つからない。
カップ麺はあるのだが、当然ガス会社も仕事を放棄しているのでお湯を沸かせない。そのせいか、僕が今まで見てきた店では必ずライターが全てなくなっていた。
一応僕もライターは持っているのだが、本当の万が一に備えて使わずに取っておいてある。
「ここにはなさそうじゃないか?」
「いや、店の奥にもいっぱいありますから」
普段は入れない『関係者以外立ち入り禁止』の扉を開け、奥に入る。
店にならべる前の商品なんかが積んである、倉庫みたいなところだ。奥に巨大な冷蔵庫があるが、もう稼働していないだろう。
今まで色々な店の倉庫を見てきたが、殆どが荒らされていた。が、珍しくここの店の倉庫は殆ど荒らされていなかった。
「ふぅん、随分綺麗だね」
段ボールを開けながら答える。「ええ、そうですね――あ。これ食べられる」
段ボールから取り出したのはベビースターラーメンだ。段ボールをどんどん開封し、食べられそうなものを後ろに放っていく。
「ふんふん、おいしいな」
「ちょ、何食べてるんですか⁉」
「君は信長か秀吉。私は家康だ」そう云ってグッドポーズをしてくる。
「……変態怠け者JK……」
白狐が手に持っていたベビースターラーメンを置いた。「うん? 何か云ったかい?」
「いいえ? 別に何も」
白狐のせいで何だか馬鹿馬鹿しく思えてきたので、段ボールの開封を止めて放った物を食べる。
「……いただきます」
「随分と礼儀正しいね」
「白狐さんの礼儀がなってないだけでしょ」
白狐は笑いながら、卵ボーロをを食べ始めた。自分もベビースターラーメンを食べる。
視線を感じて顔を上げると、白狐がこっちを見て笑っていた。
「何なんですか?」
白狐は卵ボーロをゴクリと飲み込んだ。「いや、子供だなぁって」
「自虐してるんですか?」
「いやいや、君のことだよ」
僕からすれば人に何かをさせて自分は何もしない、と云うことをした白狐の方が十分子供だと思う。が、口にはしなかった。
僕は首をひねった。「どこが、ですか?」
白狐は何故か正座をした。「いや、顔が幼いからさ。人間性の方は私よりも大人だろう」
「当たり前じゃないですか。精神年齢、僕が二十で白狐さんは十二くらいでしょ」
「ええと、八も離れているのか」
「それくらい優にあるんじゃないですか?」
「変態怠け者JKだからかい?」
「聞こえてたんですか」
白狐はケラケラ笑いながら卵ボーロを口に放る。自分も卵ボーロに手を伸ばし、開ける。一粒取り出して口に入れる。が、いつものサクッと云う感覚がない。もしや、どこかに穴が開いていたのか? だが、どこかに穴が開いていたような跡はない。もしや、相当放置されていたものなのだろうか。
「凄い湿気ってますね」
「ん? そうなのかい。食べたことがないから知らなかった」
え……? と云いそうになったのを堪えた。卵ボーロと云えば、誰でも一度は食べたことがあると思っていたからだ。だが、人それぞれだ。食べたことがない人がいたって可笑しくはない。
僕は白狐を見つめた。やはり綺麗な人だ。こんなに綺麗なら、付き合った回数が一回と云っていたが付き合った回数が二桁に届いても可笑しくはないだろうと、未知の領域のことについて考えていた。それに、白狐からはなんとなくお嬢様と云う感じが漂っている。もしかしたら、お金持ちの家庭で育ったのかも知れない。それなら可哀想に。今の世界じゃ金は何の役にも立たない、ただの紙と一緒だ。
視線に気付いたのか、白狐が「……ん? どうしたんだい、そんなに私を見つめて」
「いや、綺麗な人だなぁって」
「口説こうって云うのかい?」
「いや、そう云う訳じゃないですけど」
白狐は話を面倒な方に引っ張って行きたがる。これでは心置きなく話しかけることが出来ない。
腹を満たすと、白狐は倉庫から出て表の方に歩いて行った。
「ありがとう。おかげで空腹から逃げ出せたようだ」
どうやら白狐とはここでお別れらしい。
いつもなら「ああ、さよなら」で終わっていただろう。しかし、僕は何故だが白狐と離れたくなかった。考えた。何で離れたくない?
答えは簡単だった。僕はこの短時間で白狐を好きになっていた。しばらく人に会っていなかったと云うこともあるかも知れないが、とにかく僕は白狐のことが好きになっていた。ついさっきたまたま出会い、自己紹介をして一緒にお菓子を食べただけなのに。
白狐はもう既に倉庫を出ていて、もう見えなくなっていた。おそらく、もう少しすれば店を出てしまうだろう。
左手に持ったままだったベビースターラーメンを投げ、立ち上がると急いで倉庫を出た。白狐はもう、店の入口の動かなくなった自動ドアを通り抜けようとしていた。
「あ、あの!」
白狐が自動ドアから手を離して振り返った。
「うん? どうしたんだい?」
「あの! 僕と一緒に行きませんか?」
白狐はぽかんとした表情をした。「どこに?」
「白狐さんには行く当てがあるんですか?」
「いや、ないよ」
覚悟を決めて云う。「この、この世界が終わるまで、僕と一緒にいてくれませんか?」
云い方はもっと沢山あった筈だ。だが、僕はあえて告白のような云い方をした。別に、この言葉に告白の意味があることに気が付いてほしかった訳じゃない。でも、ただただ片思いだけで終わるのが嫌だったし、その気持ちを隠しておくのが嫌だった。
白狐は僕の気持ちに気が付かなかったのかも知れない。もしかしたら気が付いても知らないふりをしていたのかも知れないが、白狐は、「いいよ、一緒にいてあげるよ」と云った。
白狐のところまで駆けていき、一緒に動かない自動ドアを通り抜ける。
外には無音の世界が広がっている。誰もいないため、音がない。人間につられてか鳥なんかもいなくなってしまったため、音があるとしたら風か僕か白狐が出した音だ。
空を見ると、赤い物が見える。
――ああ、近づいてきてるな。
あの赤い物は日に日に大きさを増している。確実に隕石は地球に近づいてきている。
空は異様な量の雲に覆われ、真っ白だ。青空を見たのはいつの頃だったか。それぐらい青空を見ていない――気がする。もしかしたら空なんか見ていなかっただけかも知れないが。
白狐は深呼吸をしている。
この町に人間がいなくなったから、当然車も走らないしガスも使わない。そのため、空気は綺麗になった。
僕も思いっきり空気を吸ってみる。森の中に入って吸った空気はこんな感じだったかな、と昔森に行った記憶を呼び覚ます。
いや、森の中では緑の匂いがした。
では、ここは何の匂いがする?
もう一度空気を吸う。ここの空気は、死んだ町の匂いがする。何がそう思わせるのかは分からない。第一、死んだ町の匂いなんて云う物がどんな匂いなのか知らない。だが、慥かにそう云う匂いがする。僕の脳はそう捉えた。
「ああ、死んだ町の匂いがするな」
不意に白狐がそんなことを口にした。どうやら白狐は僕と同じ事を考えているらしい。
「死んだ町の匂いって云うのは?」自分が何故そう思ったのかの答えを探すために聞いた。
「金持ちが支配する町の匂い、弱者が集まった町の匂い、自然現象と云う悪魔によって壊された町の匂い、人間が生み出した何かによって壊された町の匂い、深淵に落ちた町の匂い、全員が幸福な町の匂い、人間がいなくなった町の匂い、かな」
一つ、疑問に思った物がある。何故全員が幸福な町が死んだ町の匂いがするのだろうか。
僕は問うた。「何で全員が幸福な町は駄目なんですか?」
白狐は、はぁっと息を吐いた。「全員が幸福なんて云う町は殆ど存在しない、が、たまにある。慥かに、聞いた感じではいいように聞こえるかも知れない。うん、その町の人間はいいだろうね。
でも、この世界は全員が幸福になれるようには作られていない。幸福があるなら、必ず不幸がどこかしらで生まれるように作られているのさ。
つまり、全員が幸福な町があるなら全員が不幸な町があると云うこと。
そして、次が決定的な理由だ。
幸福になった人間は、不幸な人間を軽蔑する。必ずどこかで『俺ら、私たちはこいつらとは違う』と思っている。そして、その思いは町を支配する。
だから、そう云う思いが支配した町は死んだ町の匂いがするのさ」
暴論だ、と云う人間も出てきそうな内容だったが、僕は納得した。共感した。一番共感したところはやはり『この世界は全員が幸福になれるようには作られていない』と云うところだ。
全くその通りだ。どこかの町が発展すると、どこかの町は過疎化する。金持ちがいると云うことは、貧困人がいる。
生まれながらに人は平等じゃない。
恵まれた環境で生まれた人間はその恵まれた環境を当たり前だと思って生き、その環境のおかげで報われる。
恵まれなかった環境で生まれた人間は、どれだけ努力しても報われるのは表面だけで、誰一人として内側まで報われる人間はいない。
何故そんなに云えるのか、と思われるかの知れないが、僕自身が経験者だからだ。恵まれない側の人々の。
白狐に僕の人生を聞いてほしかった。恵まれなかった人間の話を聞いてほしかった。
「白狐さん。僕の話、聞いてくれますか」
白狐は少しびっくりしたような顔をしたが、「うん、どうぞ」と云った。
僕は僕を取り囲んでいた環境について話した。
「僕はこの町で生まれたんですけど、はっきり云ってこの町は深淵に落ちてました。この町で、この町に住んでいる人間が産み、この町で育てられ、僕はその時点で人生が決まりました。僕は一生深淵から逃れられない。
深淵と云う糊みたいな物が体にくっついていて、どんなに金持ちと親しくなっても、どれだけ遠くに逃げてもその糊が離れない。深淵から出られたとしても、纏わり付いている糊が再び深淵へと引きずり込む。
実は僕、思いを寄せていた女の子がいたんです。ですが、その子は家の借金を返すために売春をしていました。それをある日耳に挟んで、その子に云ったんです。『君の力になりたい』と。
ですが、その子は云いました。笑いながら云いました。『大丈夫。これが私の人生だから』と。
僕は分からなかった。何で彼女が笑っているのかが。でも、分かったんです。彼女はもう認めていたんでしょう、周りの環境を。でも、僕は認めていなかった。だから、僕は彼女の心が分からなかった。だから、僕は彼女を諦めました。僕には分からないから。
そんな中、僕の母が自殺しました。その時、彼女の家と同じく僕の家にも借金があることを知りました。そして彼女と同じように、母は売春をしていました。
ですが、母はお金を稼ぐために売春をしている訳じゃありませんでした。借金をしたのは母の母が、母の進学費……分かりにくいですね。おばあちゃんが、母の進学費のためにした借金でした。
おばあちゃんはどうにか借金を少しずつ返していたらしいんですが、早死にしてしまってその借金は母が返すことになりました。ですが、うちにそんなお金はなく、返済が出来なくなってしまいました。すると借金取りは金の代わりに母の体を求めるようになったんです。
それで母は我慢しながらやってきたんですが、借金取りがまた主張を変えて体はいいから金を返せと云ってきたんです。そこで母は死を選んだんだと思います。
遺書にはこう書いてありました。
『私に出来ることはない。私は用済みだ』
母は決して用済みなんかじゃなかった。大切な母だった。でも、僕の環境はそんなことを思えるような環境じゃなかった。
そして、それから二ヶ月後。父が逃げました。通帳や印鑑、口座のパスワードなどは置いていってくれて、毎月何万かの振り込みがありました。
捨てられた、までは行きませんが見放されたんでしょう。金はやるから一人で生きろ、と。
父が逃げたのは二年前でした。なんとかここまで生きてきましたけど、もう限界だと思ったときにこの隕石騒ぎが起きて……」
白狐は首を縦に振りながら真面目に話を聞いてくれた。
「君にとって、この隕石騒ぎはよかった訳だ」
「そうです。もし、隕石騒ぎがなかったら僕は今頃自殺していたかも知れません」
白狐は一旦空を見、再び僕を見ると喋り始めた。
「私は、君と真反対な人生だった。
代々お金持ちの家系に生まれてね、幸福者だった。私も最初は楽しんだ、自分の立場を利用して。金、金、金。欲しいものなんていくらでも手に入った。私はそれを当然だと思った。
でも、違うことを知ったんだ。簡単に云えば、君の云う深淵を見たんだ。そこで私は変わった。この金に溺れたら私の人生は終わりだと思った。
第一、私は勉強が得意じゃなかった。でもうちは代々秀才の家庭だった。父、母は当然のように私の歩む道を決めつけた。『あなたなら出来る』って云ってね。
高校は秀才が集まる私立高校を受けろと云われた。県立の方も受けたけどね。でも、私は知っていた。私立の方は、学力が平均ぐらいあれば後は金でどうにかなることを。そして、金を積んで卒業すれば優秀な学歴がもらえることを。私は嫌だった。その汚れた金で生きることが。
私は私立の入試テストを真面目に受けずに、県立の方を優先的にやった。私立の方の成績は当然悲惨で、金を積んでも受け入れて貰えない程の点数だった。一方県立の方は県二位の点数で合格した。
父母は怒ったよ。〝何で一般市民に混じる?〟ってね。
私は云った。私も一般市民も人間だ、混ざって何が悪い? ってね。父はさらに怒り、母は泣いた。もううんざりだった。
私は最後に云ってやった。『私の人生は私の人生だ。自分で決める。あんたらのもんじゃない』
それから私は父母に見捨てられた。そして、隕石騒ぎになったときに『お前はいらない』と云われてこの町に捨てられた訳さ」
白狐が天使に見えた。地上から、深淵に降りてきた天使のように。白狐なら、僕を導いてくれると思った。白狐なら、僕を救ってくれると思った。白狐なら僕を包んでくれると思った。白狐なら、深淵を壊してくれると思った。白狐なら、僕に光を当ててくれると思った。白狐なら、僕を認めてくれると思った。白狐なら、僕を幸せにしてくれると思った。
何でそう思ったのかは分からない。ただただ自分が『そうであってほしい』と願ったために、そう思っただけかも知れない。だが、慥かに白狐の話を聞いて思った。天使だ、と。
「白狐さんは、捨てられて悲しくなかったんですか?」
「うん? 悲しいなんて思わなかったさ。自分の嫌っていた場所から逃げられた訳だからね。……とは云っても親は親だからいい気分はしなかったけどね」
白狐は立ち疲れたのか座った。僕も隣で体育座りをする。
「君はどうだったんだい? ええと……母親が死んで父親に見捨てられて」
「母が死んだときは悲しすぎて涙も出ませんでした。ですが、父が逃げることは薄々気付いていたので、そんなに何も感じませんでした」
白狐が僕の頭をポンポンと優しく叩いた。子供扱いされているように思えたが、悪い気分ではなかった。
「君は強いね」
「弱いですよ。僕は、何にも気付かずに母を死なせてしまった……」
「いや、君は強いさ。私は父母のことを嫌っていたから、捨てられたときは何も感じなかった。でも、君は母のことが好きだったんだろう? 何にも変えられない大切な母だったんだろう?」
頷いた。母のことを思い出して、目に涙が浮かんできた。
「君は大切な人を失ってもなお生き続けた。もし私が君の立場だったら、私はおそらく駄目になっているだろう」
白狐が僕の頭を撫でると、耳元で囁いた。「よく生きた。よく耐えた。偉いぞ、夜ト」
目から涙があふれ出た。母のことを思い出したこともあるだろうが、白狐に褒められたこと――今までしてきたことが、白狐に認められたことが大きかった。僕は、初めて心の底から嬉しいと思ったかも知れない。
白狐が僕を守るように抱きしめてくれた。僕は白狐の腕の中で思いっきり泣いた。幼稚園生のように泣いた。涙はなかなか止まらない。
涙が服に染みこんで、白狐は相当嫌だっただろう。でも、ずっと抱きしめたままでいてくれた。
白狐の腕の中で云った。「白狐さん」
「うん?」
「ありがとう」
白狐は僕の頭を撫でながら云った。「どういたしまして」
もう十分なのに、涙の量が増えた。もう止めるすべはなかった。止まるまで待つしかなかった。
涙がやっと止まった。もぞもぞと動くと、白狐が腕をどけてくれた。
「ありがとうございます、白狐さん。スッキリしました」
「そうか、それはよかった」
不意に白狐がニヤニヤし出した。
「ところでさ」
「え?」
「私のは、どうだった?」
そう云って白狐は自分の胸を指さした。
「……台無しですよ。いい雰囲気だったのに」
「ははは。でも夜ト、今自分が笑っているの気が付いてるか?」
「え?」
慥かに僕は笑っていた。どうやら白狐は僕を笑わせたかったらしい。
「笑わせたいなら、もっと上品な笑わせ方をしてくださいよ」
「ははは。反省します」
そうは云ったものの、僕はそう云う白狐が好きだった。優しい白狐が好きだった。雰囲気を壊しても、僕を笑わせてくれる白狐が好きだった。白狐の全てが好きだった。
「でも……柔らかかったです」
白狐は面食らったような顔をした。
「あ、うん。初めてノってくれたね」
僕なりのお礼だった。ツッコミ担当がたまにボケてもいいだろう理論だ。現に、白狐は笑ってくれた。その笑顔が僕の心に刺さった。
僕は、どうしようもなく白狐を好きになっていた。『愛』なんて云う言葉では表せない程に好きになっていた。皮肉にも、もうすぐ終わるこの世界で。
だが、こんな世界にならなかったら白狐とは出会えていなかったかも知れない。もしかしたら、どうせ終わる世界だから、と云うことで神が僕に〝幸福〟を授けてくれたのかも知れない。どうやら、いいことは最後の最後に来るらしい。
覚悟を決めて、思いを伝えることにした。今日出会い、一時間程しか経っていない白狐に。
「白狐さん」
「うん?」
「好きです」
白狐はニコッと笑って云った。「知ってる」
二人で車に乗り込んだ。
「夜ト、車運転できるの? 中学生でしょ?」
「こんな世界になってから練習したんです」
それに、最近の物は自動運転なんて云う素晴らしいものがある。オートの車なんて誰が考えたのだろうか。
何故か置いてある車の殆どはロックがされていなかった。もしかしたら、車の大移動中に皆が揃って捨てたのかも知れない。当然ガソリンスタンドも動かないので、ガソリンが切れたら他の車に乗り換えることになる。そんな〝乗り捨て〟が富豪みたいで、一種の楽しみになっていた。
車を出す。もうこの道路を走る車はいないから、電柱何かにぶつかったりしない限り事故らない。
「白狐さん、行きたいところあります?」
「ええと……」白狐は車から見える山を指さした。「あの山に登りたい」
「え、山、ですか?」そんなところに行きたいと云われるとは予想していなかった。
「ああ。実は山に登ったことがなくてね。登ってみたいんだ」
ガソリンが持つか分からないが、行ってみることにした。
山の麓まで行き、覚悟を決めて山道に入る。道があるとは云え、コンクリートで整備されている訳でもなく、カーブが多いので気をつけて運転しないと終わる。
人が手入れしなくなり、綺麗だった山は雑草の遊園地になっていた。気をつけながらゆっくりと登っていく。窓から見える景色は今のところ、まだ木だけだ。
「綺麗だね」
白狐を見ると、頬杖をついて窓の外を見ていた。
「こう云う、自然が自然らしく生きているところが見てみたかったんだ。もう整備され尽くした自然は見飽きた」
「……どう云うことですか?」
「丸く整えられた木、剪定された木、薬品によって色を変えられた花、道に沿うように植えられた花、生きる場所を奪われる雑草。そんな物はいらない。全てが自由に、生き生きと、のびのびとしている自然がいい」
自分からすれば荒れた山だが、お金持ちからの視点だとこれが美しいと感じるらしい。人間は所詮ない物ねだりなのだ。
不意に車体が傾いた。右前の車輪が道から外れて落ちたのだ。
「やべ!」
急いでバックして、車輪を無理矢理道の上に戻す。
「あ、危ねぇ……」
もしかしたら死んでいたかも知れないのに、白狐はケラケラと笑っている。「あはは! 危なかったね!」
「死ぬかも知れなかったんですよ……?」
「あー、そうだね」
その言葉の裏には『どうせ死ぬんだし』と云う言葉が隠れているのではないかと思えてならなかった。
中頃を超え、いよいよ山らしい景色になってくる。頂上にある展望台のような建物がうっすらと見えてきた。
「あ、そうだ。白狐さん、一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「卵ボーロ食べたことがなかったって云ってたじゃないですか。それは……家柄のせいですか?」
白狐は頷いた。「そうさ。うちの家のルール。『一般市民の食べるような食べ物を口にするな』一体どう云うルールなんだか」
「じゃあ、いつもどんな食べ物食べてたんですか?」
自分でも色々考えてみたが、無駄だと分かった。僕が思いつく物は一般市民の食べる物なんだから、僕が思いつかない物を白狐は食べていたんだろう。
「一流レストランなんかで出てくる物ばかりさ。食べ飽きてくる」
外の木が風で揺れ、ざわざわと唸っている。
フロントガラスに液体が落ちてきた。最初は鳥の糞かと思ったが、透明なので雨だと分かった――と思った頃には既に土砂降りになっていた。
「降ってきたね」
「これ急いで上がんないと危ないですよね」
「そうなのかい?」
「雨で崩れでもしたら死にますよ」
「上がって崩れたら降りれないね」
「人用の山道があるので、車を捨てれば大丈夫です」
「……富豪みたいだな。簡単に車を捨てるなんて」
富豪はあなたでしょう? と云おうとして止めた。白狐はその汚れた金から逃げたんだ。だから、富豪と云われるのも嫌に違いない。
急いで――と云いつつもゆっくり丁寧に上がって行き、どうにか山頂に辿り着いた。
山頂は綺麗に整備されていて、駐車場もあった。そこに車を止めて、車内で雨が止むのを待つ。
「密閉された空間の中で二人きりだからって、変なことを考えちゃ駄目だぞ」
「それは僕の台詞です」
雨は容赦なく車体に打ち付ける。ワイパーを動かしても前が見えない程降っている。そう云えば、こんなに雨が降ったのは何日ぶりだろうか。随分前だったような気がする。いや、もしかしたら忘れているだけかも知れない。
そんな大量の雨が降ってもなお、雨で見えにくくとも空の赤い物はそこにある。雲を通してでもその光は見える。
ふと、太陽はどこに行ったんだろうか、と思った。太陽を探す。だが、太陽らしき物は見えない。完全に雲に隠れてしまってる。そのため今は、まるで赤い物が太陽のように見える。
雨はなかなかやまない。今日の僕の涙のように。
カザフスタン辺りは雨が降っているのだろうか。いや、多分降っていないだろう。もしかしたら、太陽が集まる人々を苦しめているかも知れない。
やっとのことで雨が降り止んだ。そして雨とともに雲も去って行き、青空になった。
「いやぁ、晴れたね」
「そうですね、晴天です」
車から降り、景色を一望する。
さっき見えなかった太陽も仕事をしている。木の葉に溜まった雨水に日光が反射してキラキラと輝いている。
「でも、あんまり『景色を一望!』って訳じゃないね」
後ろの建物――展望台のような物を指さす。「登ります?」
「ああ、そうしよう」
ガスと同様、電気会社も仕事を放棄している――と云うより今仕事をしている人はおそらくいない――のでエレベーターは動いていない。白狐がいやだなぁ、と云うのを無理矢理押して階段を上らせる。金属製の階段で、登るとカンッカンッと音がする。
雨で濡れたせいで滑りやすくなっていたのか、白狐がぎゃっ、と云って後ろにいた僕に倒れてきた。
「うわっ!」
自分も落ちないように重心を前に出し、白狐を支える。そして押して立たせる。
「うわぁ、危な。夜ト、ナイスだ」
「はぁ、本当に気をつけてくださいよ」
反省しない白狐は、わざとスキップのような上がり方をし出した。
「また転けますよ?」
「そうしたら夜トが助けてくれるさ!」
「巻き添え食らって二人ともここで死ぬなんて洒落になりませんよ」
「ははは、そうだな」
だが白狐はスキップのような上がり方を止めなかった。でも、白狐が楽しそうなのでよしとした。
「三、二、一、着いたー! って凄!」
何やら白狐が騒いでいる。僕もすこし駆け足気味で階段を上がり、頂上に着いた。
そこから見えたのは、町だった。人間がいなくなり、死んだ町。元々深淵に落ちて死んでいた町。その町が見えた。
見える建物全てが、雨で光って見えた。
「綺麗だ……」と呟いた。同じ高さからしか見たことがなかったので、初めて自分の町の美しさに気が付いた。もちろん見た目の。
所々に水溜まりが出来ていて、湖のように光り輝いている。手入れされなくなった庭に雑草が生い茂っているため、自然に溢れた町のように見えた。
「これが夜トの町か」
「初めてです。町が美しく思えたのは」
白狐が笑った。「じゃあよかったな。いい経験になっただろう」
「ええ、凄くいい経験になりました」
すると白狐が「……あ」と云った。
「え?」
白狐が空を指さした。指先の方を見ると……虹が出ていた。大きくて、色が濃い素晴らしい虹が。小学生の頃に虹を見たことがあったが、こんなに大きい物でも、こんなに色が濃い物でもなかった。小さくて、見えるか見えないか程の色の濃さだったと思う。
「虹って、こんなに綺麗に出来るんですね」
「条件次第だろうね」
しばらく虹を眺めていると、次第に色が薄くなって消えていった。
だが、消えてもなお虹があるかのように脳裏にくっきりと焼き付いていた。
気が付くと日は暮れていて、白かった光がオレンジ色に変わっていた。少しある雲がオレンジ色を取り込んで赤くなっていて、例えが悪いが血のような色をしている。
「白狐さん、帰りましょうか」
白狐は首を振った。
「え、まだ帰んないんですか? 暗くなると降りれなくなりますけど」
白狐は空を指さした。それも真上を。そして「夜」と云った。
「え、あ、ああ。星空、ですか?」
「もちろんだ。こんなに空が広く見えるのはここだけだろう。下に降りたら、家が邪魔になって見れない」
「でも、帰りどうするんですか? 降りるの凄い危険ですよ」
「あの車で寝ればいいじゃないか」
僕は呆れた。「はぁ?」
だが、そんな僕のことを気にせず白狐は空を見ていた。オレンジ色で赤い雲がある空を。
――白狐には、この空がどんな風に見えているんだろうか。
ふとそんなことが気になった。僕はこの空が――赤い雲の色から血を連想したからかも知れないが――地獄に見えた。では、幸福者だった白狐にはこの空がどう見えているのだろうか。
「白狐さん。この空、何に見えます?」
「え?」
「僕は地獄のように見えます」
空はだんだんと暗くなっていた。鮮やかなオレンジ色が黒に変わっていく。
「私は、オレンジシロップをかけたかき氷のように見える」
「……お腹空いてるんですか?」
「失礼な! 乙女にそんなことを云うんじゃない!」
「え⁉ 乙女なんですか⁉」
「……前も同じことを云っていたな」
突然肩を揺さぶられた。「夜ト! 起きろ! 君の時間だぞ!」
「……え? 僕の時間って何ですか?」
「君は夜トだろう? つまり夜とともに、夜と一心同体ってことさ」
「だから僕の時間なんですね」
そう云い何も考えずに空を見上げると星、星、星。スパンコールをばらまいたように、星が空に浮かんでいる。僕は座ってうたた寝をしていたから全く気が付かなかったのだが、空はいよいよ黒さを増し、完全に黒になっていたらしい。
「凄い……」
「これが自然のプラネタリウムだ。ここにいてよかったろう?」
「ええ、凄いです……」
全ての星座が見えるのではないか、と思う程の数の星が見えた。
その中に一つ、赤い物がある。忌々しい程に存在圧がある赤い物が。
だが僕は、新しい考えを生み出した。この隕石は深淵を壊すために、腐ったこの世界をリセットするための物ではないか、と云う考えだ。
神は、世界がここまで巫山戯たものになるとは予想していなかったに違いない。誰かが幸福になれば誰かが不幸になる、なんて世界を作りたかった訳がない。多分、本当に全員が幸福に生きられるようにしたかったに違いない。
だが、人間という動物はそうしなかった。人間は最初から間違っていた。
旧石器時代、縄文時代。人間は団結し、獲物を狩って生きていた。だが、獲物が多くいる――多く取れる場所を独占しようと人間はぶつかった。手を組めばいい物を。
そして弥生時代、古墳時代。大陸から伝わった稲作により、稲作に適した土地を奪い合う争いが起きた。さらには権力者――卑弥呼などの今で云う王――が現れたのが理由で土地の奪い合いがさらに加速した。権力者同士の話し合いで上手くやればいい物を。
そして飛鳥時代から江戸時代。この長い間、人間は権力、地位を守る、奪うために争いをした。それに、幕府なんて物が出来てからは幕府に対する不満により争いが起きた。この時点で、もう既に取り返しの付かない深淵が生まれていたに違いない。
そして明治時代から平成。国の中での殺し合いがなくなったと思えば、今度は世界での戦争になった。貧困や少子高齢化も問題になった。深淵は極限まで膨れ上がった。
そして今。膨れ上がった深淵に次々と人が落ちて行っている。
何故争い、上下を決め、身分を分け、それによって生まれた深淵に落ちた人間を軽蔑する? 人間自体が作り上げた物なのに。人間という動物が作り上げたなら、人間という動物が壊さなければいけないのに。
しかし、深淵はもう壊せないところまで成長してしまった。壊すには、リセットするしかないのだ。
だから、神は隕石によってリセットをしようとしているのではないか。そう考えたのだ。
「夜ト? どうした急に黙り込んで。大丈夫か?」
どうやらそんなことを考えていたから、黙り込んでいたらしい。
「ええ、大丈夫です。少し考え事をしてました」
白狐が僕の顔を覗き込んできた。
「どうしたんですか?」
「敬語使うの止めないか?」
「え?」
「何か堅苦しいじゃないか」
白狐の云うことは尤もだったが、僕は中学生で白狐は高校生。敬語を使うのは当たり前だろう。
「それはそうですけど」
急に風が吹いてきて、手をポケットに突っ込んだ。
「何か問題でも?」
「年齢差があるんだから敬語を使うのは当然でしょう?」
白狐は暗くても分かる程ふてくされた顔をした。
「君モテないだろ」
「何なんですか?」と少し怒りめの口調で云った。
「年上の人からこうしよう、と云われているんだから従いなさい」
別に何が何でも敬語を使いたいという訳ではなかった。さっきも云ったとおり、年齢のことを考えてそうしているだけだった。だが、もう一つ理由があった。白狐がお嬢様だからだ。白狐のお嬢様のような口調には、なんとなく敬語を使ってしまう。
でも白狐がそうしてくれと云うなら。
僕は敬語を捨てた。「分かったよ、白狐」
「そうそう、それでいいんだ」
じゃあ僕からもお願いですが――と云おうと思って止めた。さっきから何度も思っているが、白狐は自分を取り囲んでいる環境が嫌いだった。つまり、お嬢様であることが嫌だったに違いない。ここで、その口調変えてください、と云って何でだい? と聞かれたらなんと答えればいいのかが分からなかった。
でも、云うことにした。白狐のことが好きだから云うことにした。
「白狐」
「うん?」
「悪いんだけどさ、その口調止めてもらえないかな」
「その口調って、どんな口調だい?」白狐は不思議そうな顔をした。
「云っちゃ悪いんだけど、お嬢様っぽいんだよね。今のだって『どんな口調?』って云えばいいのに『どんな口調だい?』って云ったじゃん」
傷つくか、と思ったが白狐は笑った。
「ははは、そうか。そう云うことか。でもね、これが染みついちゃってるから外すのは難しいんだよ」
「JKっぽく喋ればいいんだよ」
「りょうかーい。こう云うことかい?」
「ほら、こう云うことかい? じゃなくて?」
「こういう……こと?」首をひねりながらそう云う白狐。
「そうそう。あれだね、語尾を変えればいいんだ」
「じゃあ、なるほどね、じゃなくてなるほど、ってこと?」
僕はグッドサインを作る。「そう云うこと」
すると、白狐は急に変なことを云ってきた。
「これで、私は夜トの好みの女の子になれた?」
そんなこと云われると思っていなかったので、「はぁ?」と変な声を出してしまった。
「どうやら――」首を振って云い直す白狐。「多分、私は夜トのことを好きになっちゃったみたい」
どう答えるか迷った。が、僕が白狐に告白したとき、白狐が云ったことをそのまま云った。
「知ってる」
二人で足下に気をつけながら階段を降り、車に戻った。この車には運良く毛布が積んであったので、それを白狐に一個手渡した。
僕が前の席で、白狐が後ろの席で寝ることにした。寝にくいかな、と思ったが、以外にも寝心地はよかった。
「おやすみ、白狐」
「おやすみ、夜ト」
そう云って目を閉じると、白狐が、あ! と云った。
「両思いの関係の女の子が密閉された空間の後ろで寝てるからって変な気、起こさないでよ!」
「だから、それは僕の台詞」
ははは、と云う白狐の笑い声を聞きながら目を閉じた。世界は静かだった。
残りわずかの世界。僕はこの世界をどう生きればいいのだろうか。
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