この世界のどこかで
夜ト。
プロローグ
三ヶ月後、地球が滅びます。
そんな話はマンガの中だけの話だろうと思っていた僕達に突きつけられた事実。隕石が三ヶ月後、地球に衝突するらしい。規模としては、六五〇〇年前、地球に隕石が衝突して恐竜達が滅んだ際よりも少し小さいくらいらしい。
軌道から推測するに、隕石が落ちるのはユーラシア大陸のど真ん中――カザフスタン辺りだそうだ。
NASAが発表した調査書によれば、隕石の直径は八キロ。大気圏で削られたとしても最高で七・五キロ程までしか削られないそうだ。
そこまでの大きさの隕石が地球に衝突した場合、直径八〇キロ、深さ三〇キロ程の巨大な水溜まりが出来ることになる。そして、水溜まりが出来る際に生じた土砂などは、爆発によって起こる爆風によって巻き上げられ、地球全体を覆うことになる。
そうなると地球は暗黒と化し、日光が届かない世界になる。
さらに、爆風によって日本の福島の原発やアメリカ、ロシア、北朝鮮の核などが爆発、地球上にまき散らされることになる。
つまり、地球は徹底的に壊れ、人間は確実に死ぬ。
だが、人間は諦めなかった。
ロケットをミサイルに変え、爆弾をミサイルの燃料にし、とにかくミサイルを作った。ぶつかった際に核爆発程の威力が出るロケットも開発されたようだった。
そしてそれらが隕石に向かって乱射された。
だが、成果は見られなかった。
全てを撃ち終わって隕石の状態を確認すると、軌道が東の方向に〇・〇二㎜ズレただけだった。
そして、それが分かると各国はミサイル開発をやめて何もしなくなった。
それから世界は荒れ始めた。法律なんてものは死ぬ恐怖で世界から消え去っていた。
殺人、強盗、強姦……皆やりたい放題やった。警察は機能せず、警官が銃を乱射したと云う情報まで飛んできた。
僕は何度も見た。人が殺される瞬間、リンチされている瞬間、女性が集団レイプされた瞬間、腕が道路に落ちているところ、眼球が落ちているところ、死体が車によって踏み潰されてぐしゃぐしゃになっているところ。
僕はいつも、何もせずにその行為、その事実を眺めていた。いつでもただの傍観者でいた。
だが、そんなことも気が付くとなくなっていた。
人間は意味のないことをしたがる。
隕石が落ちるとされている地域の反対側――つまりカザフスタンの反対側の北アメリカ大陸のメキシコ辺り――に逃げた。
最初にも云ったが、反対側に逃げたところで地球全体は暗黒と化す訳だし、世界にある核がほぼ全て爆発すれば人間は放射能の餌食となる。
そんな意味のないことでも、人間は可能性と云う名の妄想を追いかけて無駄な行動をする。
だが、僕はそんなことはしなかった。当然だろう、意味がないのだから。
だから、僕はここ――日本にとどまった。僕の他にも日本に残っている人はいるらしいが、僕の町にはもう誰もいない――。
そう思っていた。
この町には誰もいない筈だった。
地球最後の日まで後一週間となった日、僕は食材を求めてスーパーに行った。当然店員はいないし、在庫が補充されている訳でもないので、ある物を取るだけだ。
もう作動しなくなった自動ドアは半開きになっていて、そこに体を滑り込ませるようにして中に入る。そのまま、まっすぐ進むと一人の女性が倒れていた。最初は死体だと思った。
そのまま通り過ぎよう思ったその時、「ぐううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」と云う音がその女性から鳴った。
死体だと思っていたので、相当びっくりして飛び上がってしまった。今のはおそらく、空腹の音なのだろう。しゃがんでその女性を見る。
相変わらずうつ伏せで倒れたままだ。
「あの……」声をかけてみた。だが、女性は動かない。寝ているのか?
「あの……すいません」肩を掴んで回転させて仰向けにした。顔を見ると血の気があるため、やはり生きている。が、まだ反応はない。
「あの……生きてますか?」放っておけばよかったのかも知れないが、このときの僕は何故かこの女性を放っておけなかった。
肩を揺さぶる。女性の長くて綺麗な髪がさらさらと揺れる。
「う……ううん?」
初めて女性が声を発した。
「あ、生きてます?」声を発しているのだから生きているに決まっているのに、僕は緊張か何かのせいでそれしか云えなかった。
「う……あれ? ここどこ?」
意識がはっきりしたのか、しっかりと喋るようになった。
「え? 君誰?」
「え、あの、えっと」
本名を云ってもよかった。だが、もう終わる世界なんだから好きな自分で付けた名前を名乗った。
「夜ト」
「よ……ると?」
この名前は僕がゲームで使っていた名前だった。なんとなく思いついた名前だったが、なかなかに気に入っていた。
「それ、本名じゃないでしょ」
「ええ、違いますけど。いいじゃないですか、もう終わる世界なんですから」
「終わる……? ああ、そうか。すっかり忘れてた」
よく忘れられるな、と感心した。感心してはいけないところなのだが。
「では、あなたの名前は?」
「君が偽名を使うなら、私も偽名を使った方がいいんだろうね」
女性はしばらく考えてから「白狐」と名乗った。
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