争うなんてさせません!

 「……麒麟きりん。いずれはくると思っておったが」

 「のじゃのじゃ。こんなに早く来るとは思っていなかったのじゃ。しかし、来てしまったものは仕方がないのじゃじゃ」

 麒麟きりんの去って行った方を見ながらフェンリルとフェニックスが言葉を交わしている。あれほど押し寄せていた客たちは麒麟きりんのあまりにも神々しい姿を見せつけられて『おいしいものを食べたい』という欲望まで浄化されてしまったらしい。ほうけたように立ち尽くしている。あまりにも偉大な芸術を見て魂をうばわれた人間特有の表情、それを何百倍も強くした様子だった。

 「そう。こんなに早いとは思わなかった。しかし、しょせん、これがわれらの役割。はじめるとするか」

 「のじゃのじゃ。わらわの日記によればこれが一八二一回目の戦いなのじゃ。いままでに二度、わらわの方が勝ち越しているのじゃ。わらわの方が強いのじゃ。だから、今回もわらわが勝つのじゃ」

 「ちょ、ちょっとまってください!」

 フェンリルとフェニックス。陸と空の覇者の会話に――。

 カティがあわてて止めに入った。

 「いきなり、なにを不穏ふおんな話をしているんですか⁉」

 「そ、そうだよ、戦うとかなんとか。なんで、あんたたちが戦わなきゃならないのさ」

 グリフォンもあわてて口を挟んだ。かつて、両方から仲間はずれにされたことがあるとあって、両者を恨んでいたグリフォンだが、もともとが情にあつい娘。いまでは大切なチーズ姉妹となっているフェンリルたちが戦うとなれば心配せずにはいられない。

 「仕方ないのじゃ。麒麟きりんがやってきて最後通告をしていったのじゃじゃ」

 「麒麟きりんは神霊のおさわれらとしても麒麟きりんの言葉を無視するわけには行かぬ」

 「な、なんですか、それ⁉ なんで、麒麟きりんさんの言うことを聞かなきゃいけないんですか⁉ 女王さまなフッちゃんさんや、ワガママ幼女なフニちゃんらしくないです!」

 「誰が女王さまだ⁉」

 「ワガママ幼女はよけいなのじゃ!」

 すっかりクセになっていた証だろうか。世界の命運を懸けた戦いをはじめようとしていたというのに、カティに向かってそろってツッコむフェンリルとフェニックスだった。

 漫才モードに突入した陸と空の覇者にかわって、海の覇者たるリヴァイアサンが――かのにしては――緊張した声で説明した。

 「仕方ないのよねえ。リヴァさんたち四神はそれぞれの役割をもたされているから」

 「役割?」

 「そう。フニちゃんは世界を守り、竜ちゃんはその世界を育て、フッちゃんが滅ぼす。そして、リヴァさんがその滅びのなかから新しい世界を生み出す。そうやって、この世界は滅びと再生をつづけてきたの。とくに、フッちゃんとフニちゃんは特別で、この二柱の戦いの結果によっていまある世界の命運が決まるの。フッちゃんが勝てば世界は滅び、新しく再生し、フニちゃんが勝てばそのまま維持される。そういうこと」

 「そんな! 世界が滅んだらチーズが食べられなくなっちゃいます! フッちゃんさんも、フニちゃんも、おいしいチーズが食べられなくなってもいいんですか⁉」

 「よくはない」

 「のじゃのじゃ。カティの作るチーズが食べられなくなるのは悲しいのじゃ」

 フェンリルが言うと、フェニックスも愛らしい幼女の顔を沈痛ちんつうに沈ませながらうなずいた。

 「だったら! 麒麟きりんさんの言うことなんて無視して、いままで通り暮らせばいいじゃないですか! なんでわざわざ世界を滅ぼすかどうかを決める戦いなんてしなくちゃいけないんですか⁉」

 「そうだよ、そんな必要ないだろ! もし、どうしても戦うって言うなら、力ずくでもとめてみせるからな!」

 カティの叫びにグリフォンの声が重なった。そんなグリフォンにフェニックスがあきれたように答えた。

 「のじゃのじゃ。いままで一〇〇回以上わらわたちと戦って一度も勝てていないおぬしが、どうやってわらわたちを力ずくでとめると言うのじゃ?」

 「う、うるさい! とにかく、とめるって言ったら絶対ぜったいとめるんだ!」

 もはや単なる駄々だだと化してグリフォンが叫ぶ。幼児の主張ではあるが、それだけにまっすぐで純粋な思いだった。

 「仕方がないのだ」

 フェンリルが『女王さま』と言われるにふさわしい貫禄かんろくのある声で答えた。

 「麒麟きりんわれら神霊のおさにして、神の代行者。麒麟きりんの言葉は正しく神の言葉であり、麒麟きりんの意思はそのまま神の意志。われらも神に創られし存在。神の意志には逆らえぬ」

 「あたしは逆らいます!」

 キッパリと――。

 なんの迷いもなくカティは断言した。

 「神さまだがなんだか知りませんが、あたしの大切なチーズ姉妹を戦わせるなんて、そんなの許しません! 神さまにじか談判だんぱんです!」

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