神さまに直談判です!

 「神にじか談判だんぱんだと?」

 「そうです!」

 カティは『ふんぬ!』とばかりに両手に腰をつけて言い放った。

 相手にものを頼む立場だというのに頭ひとつさげるでもなく、それどころか大きく胸をそらし、ふんぞり返っている。その態度の大きさが逆に、カティの決意の強さをはっきりと物語っていた。

 『頼みを聞いてくれるまで殺されても動かない!』

 顔どころか、その態度全体でそう主張している。

 虹色の雲をまとった神霊のおさ――麒麟きりんは、限りない時を重ねた英知あふれる瞳になんとも胡散うさんくさそうな色合いを浮かべ、ジロジロとカティを見た。

 失礼と言えば失礼な態度だったが、麒麟きりんともあろうものがこんなにも人間という『下賤げせんな存在』に興味を示したのは、悠久ゆうきゅうの歴史のなかでこれがはじめてのことだったかも知れない。

 そこは、麒麟きりんたる雲海うんかいの果て。

 虹色の雲が積み重なり、ひとつの幻想的な城を形作っている場所。

 ――神さまにじか談判だんぱんして世界を滅ぼすことをやめさせる。

 そのカティの思いをぶつけるべく、フェニックスの翼によってやってきたところだった。

 麒麟きりんはさすがに神霊のおさにして神の代行者と言うだけあって、突然の来訪にも喧嘩腰になるような野蛮な態度はとらなかった。あくまでも文明的に、理知的に出迎えてはくれた。とは言え、カティの正気を疑う態度はどうしようもない。

 「正気か、そなた。人間ごとき下賤げせんの身で神にじか談判だんぱんなどとは」

 「下賤げせんだろうがなんだろうが、あたしたちは生きているんです。勝手に滅ぼすかどうかを決められてはたまりません!」

 ふんぬ! と、カティは『威張り散らした』と言われても仕方ないほどの強気の姿勢でそう主張する。相手を怒らせてしまうのではないか、と、見ている側としてはハラハラしっぱなしの態度である。

 カティは構うことなく強気の姿勢のままつづけた。

 「生きて、この世界に存在している以上、この世界の存亡について口出しする権利はあります。自分だけで勝手に決めないよう、神さまに言いに行くんです。だから、神さまに会わせてください」

 『お願いする』ではなく『言いに行く』と表現するあたりが、いかにもカティらしい。

 天下無敵のチーズ令嬢は、神さま相手であろうとへりくだったりはしないのだ。

 「言っておくが、下賤げせんなる人間よ」

 麒麟きりんは静かに答えた。カティの態度にも腹を立てたり、気分を害したりする様子のないところはさすが、神霊のおさと言うべき鷹揚おうようさだった。

 「神は決して勝手にこの世界の滅びを決めているわけではない。そなたたち人間の行動が大きく関わっているのだ」

 「どういうことです?」

 「それは……」

 大胆にも――。

 神霊のおさにして神の代行者たる麒麟きりんの言葉をカティはさえぎった。

 「あなたに聞く気はありません。神さまに直接、聞きます」

 『どういうことです? とたったいま、麒麟きりんに聞いただろう!』と言うツッコみはさておき、神霊のおさ相手にこんな態度をとってのけた人間は有史以来カティがはじめてだったにちがいない。そもそも、『神さまにじか談判だんぱんする』などという人間自体、いなかったわけだが。

 ともかく、相手の言葉をさえぎったあげくに『お前など相手にする気はない。責任者を出せ』と言わんばかりの態度。人間相手でさえ立派に『失礼』と言っていい。それを神霊のおさ相手にやってのけたのだから大胆どころの話ではない。

 もし、麒麟きりんを怒らせれば、人間であるカティなど一瞬で消滅させられてしまう。いかに、フェンリルやフェニックスたちがいるとはいえ、かのたちにしても自分の上位者たる麒麟きりんの行いをそうそうとめられるものではない……。

 それを承知しているだけにカティのチーズ姉妹たちも皆、心配顔。とくに、グリフォンなどはハラハラしどおしで、一時もじっとしていられない様子だ。

 はあ、と、麒麟きりんは溜め息をついた。

 「下賤げせんなる人間の身でその態度。その大胆さにはいっそのこと、敬服けいふくする」

 麒麟きりんはそう言ってからカティのチーズ姉妹たちに視線を向けた。

 「フェンリル。フェニックス。リヴァイアサン。それに、合成魔獣……」

 「誰が合成魔獣だ! あたしはグリフォンだ」

 と、グリフォンはカティを真似たかのように両手に腰をつけた格好で、ふくれっ面をしてそう言ってのけた。麒麟きりんとの霊的位階の差を考えればこれもまた充分に大胆な行為。通常、グリフォン程度の霊的位階の存在では、麒麟きりんの前に出たらその霊威れいいに打たれて縮こまり、なにも言えなくなってしまうものなのだが。

 天下無敵のチーズ令嬢の影響力、まさに恐るべし、である。

 その度胸にめんじてか、麒麟きりん律儀りちぎにも言い直した。

 「……グリフォンよ。そなたたちはこの人間に付き合うつもりなのか?」

 「のじゃのじゃ。じゃからこそ、こうしておぬしのもとまで連れてきたのじゃ」

 「リヴァさんもカティの言い分には一理あると思うのよねえ。この世界にいるのは神さまと神霊だけじゃないんだから。他の生き物の言い分も聞くべきなんじゃないかなあ」

 「あたしはカティ姉ちゃんとげるって決めたんだ。カティ姉ちゃんの行くところならどこだって行くさ」

 フェニックスが、リヴァイアサンが、グリフォンが、口々に言った。フェンリルが最後を締めるかのように女王らしい重々しい口調で語りかけた。

 「麒麟きりんよ。われらがおさよ。われらはこれまでに一体幾度、この世界の存亡を決めてきた? だが、そのうちの一度として『自分の意思』を込めたことはない。ただただ神に与えられた役割のままに行動してきたに過ぎん。おぬしとてそうであろう」

 「むろんだ」

 と、麒麟きりんは答えた。そこには『神の代行者』としての限りない誇りがあった。

 「それが、われらが神によって生み出された理由、われらの存在意義そのものなのだからな」

 「その通りだ。われらは神の道具。これまで、そのことに疑問をいだくこともなく、ただひたすらに神に与えられた役割を全うしてきた。だが、神に生み出されてよりもうずいぶんと長い時間がたった。そろそろ、われらも『自分の意思』をもっていい頃ではないか?」

 「神に逆らうと言うのか?」

 「『逆らう』とまでは言わぬ。われらが神の道具であると言う事実はかわりようがないからな。神がどうあってもこの世界を滅ぼせというならわれは従う。だが、その前に、意見する程度のことはしても構うまい。カティの言うとおり、われらもまた生きて、この世界に存在しておる。世界の存亡について意見する権利はあるはずだ」

 フェンリルはそう言ってから、さらにつづけた。

 「そもそも、世界を滅ぼすものとしてわれを生みながら、その一方で世界を守るものとしてフェニックスを生む。そして、その両者を戦わせることで世界の存亡を決める。そんなことをすること自体、神にも迷いがあると言うことだろう。いままで気にもとめずにきたが……その真意を知りたくなった」

 「ふむ……」

 麒麟きりんは小首をかしげた。その全身が虹色の輝きに包まれた。それが収まったとき、そこには神々しい姿の若い女性が立っていた。

 「あ、天照あまてらすさまです」

 カティが反射的にそう言ったのも無理もない。

 そこにいたのは長い髪を大きく結いあげ、金と銀の髪飾りをつけ、袖と裾の大きく広がった和風の装束に身を包んだ巫女風の女性、一目見て『女神さま』と言いたくなるような女性だったのだ。

 「下賤げせんな人間だけならば、相手にもしないところだが……四神のうち三柱と合成魔獣までもが口をそろえるとなればちんとしても無下むげには出来ぬ。神に会わせてやってもよいが……」

 御子の姿となった麒麟きりんはじっとカティを見つめた。それから、告げた。

 「どうやって、神を説得する? そのための方法を見せてもらおうか」

 ちんを納得させることも出来ないようで神を説得するなど出来ぬぞ。

 巫女の姿となった麒麟きりんはそう付け加えた。

 カティは自信満々だった。その問いに対するカティの答えは常にひとつしかない。

 「あたしの説得方法。それはただひとつ。チーズです!」

 「チーズ?」

 「そうです! おいしいチーズを食べればみんな幸せ。フッちゃんさんも、フニちゃんも、おいしいチーズを食べるために戦いをやめてくれたんです。だから、神さまにもおいしいチーズを食べてもらいます。そうすればきっと、この世界を滅ぼそうなんて考えなくなります」

 麒麟きりんは大きく目を見開き、カティをマジマジと見つめた。やがて――。

 「ふ、ふははははっ。おもしろい! それほどまでに自信があると言うのならそのチーズとやらをちんに食べさせてみよ。言うだけのことがあるなら神のもとに連れて行こう」

 「受けて立ちます」

 と、カティは揺るぎない自信を込めて答えた。カティのチーズに対する自信と愛情、そして、誇りはなにがあろうと揺らぐことはない。

 やがて、カティはひとつのチーズを麒麟きりんに差し出した。それは黄金色に輝く芳醇ほうじゅんな香りのフレッシュチーズだった。

 「フッちゃんさん、フニちゃん、リヴァさん、グリちゃん。四人のおっぱいを混ぜ合わせて作りあげたブレンドチーズです」

 ふんぬ! と、胸を張ってカティは告げた。

 「四人のおっぱいから世界一のチーズを作る。それが、あたしの夢でした。そのために何度もなんども比率をかえ、試作し、ついにたどり着いた黄金の比率で作りあげた史上最強のチーズです。これを食べれば誰でも納得します。こんなおいしいものがある世界を滅ぼそうだなんて絶対に思わなくなります。そう断言できます」

 「ふっ。そこまで言うなら試してみるとしよう」

 麒麟きりんはチーズを一切れ、口に運んだ。そして――。

 「……うまい」

 たしかにそう言った。

 ふんぬ! と、カティはふんぞり返った。

 「当たり前です。あたしの愛するチーズ姉妹たちのおっぱいから作ったチーズなんですから!」

 「カティ姉ちゃん……」

 カティのその言葉に――。

 グリフォンがジ~ンとした様子で呟いた。

 「ふっ、ふはははははっ! おもしろい。このチーズであればたしかに、神も説得できるやも知れん。いいだろう。神のもとへの道を開くとしよう。見事、神を納得させてみせるがいい!」

                 完

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