森と悪人

 カティたちは森のなかへと足を踏み入れた。

 そこは、樹齢数千年の巨木たちが立ち並ぶ聖なる地。静謐せいひつな雰囲気と清浄な気に包まれ、どんなに信仰心をもたない俗物であろうとも心を打たれ、祈りたくなる。

 そんな場所。

 その森のなかをカティ一行はユニコーンを求めて歩きつづける。

 カティから人の姿になることを禁じられいるフェンリルだけは獣姿のままだが、いつも通りの象のように『デッカい犬』状態では木々の立ち並ぶ森のなかは進めない。かと言って、ユニコーンの住まう聖なる森をその巨大な足で踏みつぶして歩く、と言うわけにはいかない。なので、今回ばかりは普通の狼の大きさにまで小さくなっている。

 「でも、ユニコーンってお馬さんですよね?」

 カティがいまさらのことを言った。

 「それがなんで、森のなかに住んでいるんです? お馬さんって言ったら草原の生き物だと思っていましたけど?」

 「ユニコーンは普通の馬ではないからな」

 陸の覇者としてユニコーンを従える立場にあるフェンリルが言った。普通の狼サイズまで小さくなっているのでその頭もカティの腰ほどしかない。

 「木の実や果実も食べるが、主な栄養源は木々の放つ精気そのもの。ために、森に住む」

 「なるほど。ユニコーンさんは森林浴をして生きているのですね」

 と、カティはフェンリルたちには理解出来ない表現で納得した。

 ともあれ、カティたちは森のなかを歩きつづけた。どれぐらい歩いただろう。ふいに、激しい足音がした。

 「のじゃ? 人間の足音なのじゃ」

 フェニックスがそう言った。その途端――。

 人間の男が木の陰から飛び出してきた。カティたちには目もくれず、必死の形相で走り去っていく。

 「なんですか、あれ?」

 カティがキョトンとして呟いた。

 すると、今度は馬の姿の純白の神霊、ユニコーンが姿を現わした。

 「あ、ユニコーンさんです! ユニコーンさん、おっぱいください!」

 カティは叫んだ。しかし――。

 ユニコーンはカティの叫びになどかまいもせず、先ほどの男を追いかけて行ってしまった。後に残されたカティは『ふんぬ!』とばかりに腰に両手をあげ、不満いっぱいに口にした。

 「なんですか、あの態度⁉ 人が呼びかけているのに無視して通り過ぎるなんて失礼です!」

 「いきなり『おっぱいください!』なんて言われれば、たいがい逃げるのじゃじゃ」

 フェニックスはそうツッコんだが、もちろん、カティは聞いていない。

 「だいたい、ユニちゃんは男嫌いで、汚れなき乙女が大好きなはずでしょう。それなのになんで、乙女であるあたしを無視してあんなオッサンを追いかけるんです⁉」

 「オッサンって……」

 「そういうところが『汚れなき』と認められないのではないか?」

 グリフォンが呟き、フェンリルが冷静にツッコんだ。

 「男嫌いだからじゃないかなあ」

 リヴァイアサンが頬に片手をあてて言った。

 「ユニちゃんの種族って処女生殖でみんな女の子だから、種族を問わずに男にはキツいのよねえ。男の匂いのする女も嫌いだし。だから、男を知らない処女にだけ懐くんだけど……その大嫌いな男が森のなかにいるから追いまわしてるんじゃないかなな?」

 「のじゃのじゃ。それに、気付いたのじゃ? あの男、胸にユニコーンの子供を抱いておったのじゃじゃ」

 「ユニコーンの子供を?」

 人間と言うことでフェニックスのような視力をもたず、当然、そこまで見ることの出来なかったカティが首をかしげた。

 「ユニコーン狩りかも知れぬな」

 「ユニコーン狩り?」

 フェンリルの言葉に――。

 カティは目を光らせた。

 「いくら、ユニコーンが動きづらい木の立ち並ぶ森のなかとは言え、人間の足でユニコーンから逃れつづけるあの動き。相当に鍛えられている。その上、森での動きにきわめて慣れている。ただ者ではないぞ」

 フェンリルの言葉にリヴァイアサンもうなずいた。

 「そうねえ。カティも知っていると思うけど、ユニちゃん族の角ってあらゆる癒しをもたらす魔法具として有名だから。人間の間では高値で取り引きされているって。角目当てに子供をさらったのかも」

 「それだよ、それにちがいないよ!」

 と、ギャル姿のグリフォンが熱心に叫んだ。

 「あいつの顔、見ただろ? 絶対、悪人。悪いことしかしないって顔してた! ユニコーンの子供をさらって角を売り飛ばす気なんだ!」

 「角を売り飛ばす……角をとられるとユニちゃんってどうなっちゃうんですか?」

 「死ぬ」

 フェンリルの短い答えに――。

 カティは怒りを爆発させた。

 「死ぬ⁉ 死んじゃう⁉ ダメです! そんなの、絶対ダメです! ユニちゃんが一頭、死んだら貴重なおっぱいがその分、減ってしまいます!」

 ――そこかい!

 と、四柱の神霊たちはそろって心のなかでツッコんだ。

 カティはかまわず、つづけて叫んだ。

 「なんとしても助けましょう!」

 「その通りだ、カティ姉ちゃん! 金のために子供を殺すなんて許さない! なんとしても助けよう!」

 「もちろんです、行きましょう、グリちゃん! あのオッサンの後を追うんです!」

 「ああ!」

 カティとグリフォンは男の走り去った方角目指して走り出す。それを見たフェニックスが呟いた。

 「やれやれ。相変わらずかみ合っているようでかみ合っていない会話なのじゃじゃ」

 「まあ、よかろう。どうせ、やることは同じだ」

 「そうねえ。それじゃ、リヴァさんたちも追いかけましょうか。フッちゃん、あのオッサンの匂い、たどれる?」

 「われは犬ではないのだが……」

 フェンリルはそう言いながら鼻をふんふん鳴らして空気中の匂いをかぎはじめた。

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