第八話 ツンデレイフーンユニコーン
ユニコーンの森
「ぐおッ!」
悲鳴とも、叫びともつかないその声と共に男は身をよじった。
その脇を白く、気高い獣が疾風となって通り過ぎる。
らせん状に伸びた長い一本角をもつ純白の馬。
ユニコーン。
そのユニコーンの角の一撃をかろうじてかわした男は自分を睨みつける聖なる獣をにらみ返した。
「く、くそっ……!」
男は脂汗を滲ませながら忌々しく吐き捨てた。
男は四〇を過ぎたところだろう。髪は短く刈りあげられ、顔も、体も、ゴツく、四角く、そして、たくましい。顔には大きな向こう傷がついている。
――まっとうな人生を歩んではいない。
一目見てそう思わせる男だった。
男の腕にはユニコーンの子供が抱かれていた。ユニコーンの子供はぐったりとうなだれ、呼吸しているかどうかすら怪しい。
癒しの力をもつ聖なる獣ユニコーン。
子供とは言え、そのユニコーンがこうもぐったりと力をなくしているのだ。自然な状態ではあり得なかった。
「くそっ……!」
男はもう一度吐き捨てた。
自分を狙うユニコーンの目。その目には執念とも呼ぶべき炎が燃えあがっている。
――絶対に逃がさない。
そう言っているのがはっきりとわかる目だ。
カッ、カッ、と、音を立ててユニコーンは前足で地面をかく。
再びの突撃の準備。男はユニコーンの子供を抱く腕にギュッと力を込めた。身を屈め、突進に備える。
「……渡さないぞ、この子供は絶対に連れて行く。絶対にだ。ここで、渡すわけにはいかんのだ」
そう言いながらユニコーンを刺激しないようジリジリと移動する。大きくて頑丈なオークの大木を背にする位置に移動した。そのとき――。
ガッ!
ユニコーンが地面を蹴って飛んだ。そうとしか言いようのない勢いで駆けた。頭をさげ、癒しの力をもつ、しかし、武器として用いれば騎士のもつランスにも勝る貫通力と殺傷力をもつ恐るべき凶器となる角をかざして。
「グッ……!」
男は首をひねった。そのすぐ脇をらせん状の長い角が通過した。
かすめた。
男の首を。
皮膚が裂け、鮮血が飛び散った。もう少し首をひねるのが遅ければ喉を貫かれていたところだ。
鈍い音を立ててユニコーンの角がオークの大木に突き刺さった。あまりの勢いで突進したために角は深々とオークの大木にめり込み、容易には抜けなくなってしまった。
ユニコーンはもがいた。四肢を踊らせ、引き抜こうとする。しかし、抜けない。もがけばもがくほど角はむしろ、オークの木の幹に食い込んでいく。それを見た男は――。
ユニコーンの子供を腕に抱いたまま全力で逃げ出した。
「ここがユニコーンの森ですか」
人呼んで『さすらいのチーズ令嬢』――自称という説あり――カティは、
いつも通りデイリーメイドの格好をして、両手を腰につけ、『ふんぬ!』とばかりに鼻息荒く森を見据えている。まわりにはいつも通り、
『デッカい犬』フェンリル。
幼女の姿になったフェニックス。
いい感じに力の抜けたセクシー美女姿のリヴァイアサン。
波打つ金髪と日に焼けた肌、胸元とヘソとを大胆に露出させた短い上衣に、やはり、短いスカートという南洋系ギャルに変じたグリフォンとがそろっている。
人類を遙かに超えた霊的位階に位置する神獣魔獣たちもカティと旅をする間は人の姿を取っている。ただし、フェンリルだけは『フッちゃんさんが人間の姿になったらうちのお店、R18指定になってしまいます!』という理由で、カティから人間になることを禁止されている。その理由については一同が等しく納得するところ。とくに、カティをのぞく一同のなかでは最年少で、見ためは派手でも根は純情なグリフォンなどは、試しに人間の姿になったフェンリルを見て怯えてしまったほど。
「……わ、わかった。フェンリルだけは人間の姿になっちゃいけない。お店の趣旨がかわる」と、震えながら納得したものだった。
ともあれ、チーズ令嬢カティとそのチーズ姉妹――カティ曰く『同じくチーズへの思いで熱く結ばれた女の子』――たちは、ユニコーンの住まうという森にやってきていた。
癒しの力をもつ聖獣が住まうと言うだけあって、その森は
森の奥からは清浄な気があふれ出しており、その場にいるだけて汚れた心まで浄化される思いがするほどだった。
カティはその森を前にうなずいた。
「そこの町で聞いてきたとおりです。大きくて、神秘的で、清らかな空気に満ちています。こんな森に住んでいる動物からはさぞかし素晴らしい味のおっぱいが得られるにちがいありません。まして、ユニコーンと言えば誰もが知る癒しの聖獣。そのおっぱいから作ったチーズなら栄養満点、
ガッ、と、拳を握りしめてそう決意を語るカティを見て、フェンリルがのんびりと言った。
「さしものユニコーンの森も、カティの邪念ばかりは浄化できぬか」
すると、幼女の姿のフェニックスが言い返した。
「カティのは邪念ではないのじゃ。純粋な思いがイキすぎて不純になっているだけなのじゃじゃ。そりより、フェンリル。おぬしこそそのえちえち振りを浄化してもらうべきなのじゃ」
「そうだな。そなたはその毒舌振りを浄化してもらうがいい」
「のじゃ⁉」
いつも通りの漫才をはじめた空と陸の覇者は放っておいて、海の覇者リヴァイアサンがカティに尋ねた。
「でも、カティ。どうやっておっぱいわけてもらうの? ユニちゃんって言ったら聖獣界でも有名な気むずかし屋よ。そう簡単にわけてくれるとは思えないけど」
「だいじょうぶ!」
と、カティはいつもながらの『根拠のない自信』を振りまわす。
「チーズ愛は世界の共通語! 必ず、絶対、まちがいなく、伝わります!」
――その自信はどこから来るんだ?
フェンリルたちがそうあきれたのも無理はない。
「……なんだよ、カティ姉ちゃん。さっきからユニコーン、ユニコーンって。あたしと
と、ギャル姿のグリフォンがふくれっ面でボヤいて見せた。
すると、カティは叫んだ。
「もちろんです! あたしとグリちゃんの絆は永遠です! でも、チーズの種類は無限です。絆も無限にあるんです!」
と、筋が通っているような、いないようなことを言って、カティは固く両拳を握りしめた。
「さあ、行きましょう!ユニちゃん捜しに出発です!」
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