愛は勝つ!

 「……おいしい」

 カティの差し出したティラミスアイスを一口食べて――。

 凜々りりしい武家姿の美少女となった竜の姫は目を丸くして呟いた。

 確かに、カティの差し出したティラミスアイスは絶品だった。ひんやりと冷えたクリームを口のなかに入れるとさあっと解け、なめらかな舌触りが口のなかいっぱいに広がる。次いで、マスカルポーネチーズの上品な甘さが舌を包み込み、エスプレッソのほのかな苦みがその甘さをさらに引き立てる。

 「こんなおいしいものは、はじめて食べました」

 「そうだろう、そうだろう。なにしろ、このあたしのおっぱいから作ったアイスクリームなんだからな。おいしくないわけがないって」

 グリフォンは得意そうに言った。竜の姫に散々にやられて全身、傷だらけだったが、さすがに魔獣。この程度の傷ではへこたれない。それどころか、カティに優しく治療してもらえて上機嫌である。

 「貴方あなたのおっぱい? まさか、貴方あなたの母乳から作ったというのですか?」

 「そうです。グリちゃんのおっぱいはとても上品な甘味でさっぱりしているから、マスカルポーネチーズにぴったりなんです」

 と、カティは我がことのように自慢している。。『おいしいでしょう?』と尋ねるのではなく『おいしいでしょう』と断言するところが、かのらしい。あふれるチーズ愛の表れである。

 「……信じられません。グリフォンの母乳からこれほどおいしい食品が作れるなんて」

 「なんだよ、失礼なやつだなあ。あたしのおっぱいから作ったんだからおいしいに決まってるっての」

 と、グリフォンは頬をふくらませながらも嬉しそうに言った。

 「……なるほど。これは確かに、わたしの認識不足でした」

 「そうだろ、そうだろ。まだまだあるからな。いくらでも食べていいぞ」

 と、グリフォンは大量のティラミスアイスをもちだした。それはまさに『山のような』と言うのがふさわしい量で、さしもの竜の姫が目を丸くしたほどだった。

 「そ、そんなにあるのですか?」

 「グリちゃんが竜姫さまのためだって、張り切っていっぱい、おっぱい出してくれましたからね。たくさん作れました」

 えっへん、と、とばかりに胸を張るカティであった。

 「わたしのために……その気持ちは嬉しいのですが、さすがにこれは多すぎかと」

 「あれ? この程度も食べられないの? 最上位の神霊さまのくせに。あたしなら余裕だけどなお」

 グリフォンのその挑発に――。

 武家姿の美少女は『ムッ』とした顔になった。

 「侮らないでください! いいでしょう、わたしは武家の娘。勝負を挑まれて引くわけには参りません。受けて立ちましょう」

 「そうこなくっちゃ!」

 というわけで、いきなりグリフォンvs.竜の姫のアイス大食い競争がはじまった。さすが、本気を出せば巨体の両者。山のようなアイスがたちまちふたりの胃のなかに消えていく。その結果――。

 ふたりそろって、めでたく腹を壊したのであった。


 「……うう、苦しい。腹が痛い」

 「わ、わたしとしたことがこのような失態を……」

 ふたり並んで布団にくるまれながら、うめき声をあげるグリフォンと竜の姫だった。

 「あらあら、ふたりともオイタしちゃって。若いからって食べ過ぎはだめよねえ」

 と、リヴァイアサン。看病しながらも明らかに面白がっている。

 「いいんです。ムシャクシャしたら思いっきり食べて忘れることです。いやなことはみんなまとめて流し出してしまえばいいんです」

 と、カティ。力強く断言する。

 「と言うわけで、竜姫さま。いやな思いを流し出したところでお願いがあります」

 「お願い?」

 ギラリ、と、カティの目が光った。

 「あなたのおっぱい、わけてください!」

 「えっ、えっ、えっ? ちょ、ま、いや、あの、あっ、あっ、駄目えっ~!」


 結局、ふたりの体調が戻るまでの間、カティたちは竜の姫の宮殿で過ごすことになった。

 「……はああ~。ひどい目に遭った。今回ばかりはさすがに反省」

 下痢と腹痛、発熱のセットに、気の強いギャルであるグリフォンもさすがにうなだれている。

 「……でも、思いきり馬鹿をやったせいでしょうか。スッキリした気分です。こうなってしまうと、なにをあんなに怒っていたのか不思議なほどです。確かに、自棄食いの効果は凄いですね」

 「そうです。ムシャクシャしたらアイスです。おいしいアイスクリームをどか食いすれば悩みなんて吹っ飛びます!」

 断言するカティに見つめられ――。

 ポッ、と、頬を赤らめ、顔をうつむける竜の姫だった。

 その姿がやたらとしおらしく、可愛らしい。そんな竜の姫にグリフォンが不満げに言った。

 「なんだよ、その態度は。言っとくけど、カティ姉ちゃんはあたしと一生、添い遂げるって約束してるんだからな。お前なんて出る幕ないぞ」

 「なにを言っているのです。カティさまはわたしと契りを結んだのです。あなたこそ引っ込んでなさい」

 「なんだ⁉」

 「なんです⁉」

 またしても――文字通りに――いかずちの応酬になりそうなふたりの上から大量の水がぶちまけられた。ずぶ濡れになったふたりはたまらずくしゃみを連発する。

 「はいはい、ふたりともそこまでね」

 いい感じに力の抜けた顔をして、ふたりに大量の海水をぶっかけるという荒っぽい真似わしたリヴァイアサンが、年長者として若いふたりをたしなめた。

 「これ以上、暴れたらカティに迷惑がかかっちゃうわよ。それはいやでしょ?」

 「もちろん!」

 「もちろんです!」

 たちまち声をそろえてそう叫ぶグリフォンと竜の姫だった。そんなふたりを、カティは手にしたタオルで優しく拭いてやるのだった。

 「それでね、竜ちゃん。宮殿もこんなありさまでしょ。あなたもカティと一緒に旅に出ない?」

 「それは……」

 リヴァイアサンの誘いに竜の姫はチラリとカティを見た。頬を赤く染め、うつむいた。それから、残念そうに言った。

 「そうしたいのは山々なのですが……わたしにはこの地域を守る責務があります。はなれるわけには……」

 「あらあら? 男にフられたからって職務放棄して散々、迷惑かけたくせに、いまさら、そんなこと言うんだ?」

 「言わないでください! 頭に血がのぼっていたのです。いまでは反省しています」

 「なんじゃ? ずいぶんと騒がしいのじゃ。宮殿もバラバラなのじゃじゃ」

 「ふむ。どうやら、ちょうどいいところに来たようだな」

 フェニックスとフェンリルの声がした。幼女の姿のフェニックスを背に乗せたフェンリルがカティたちの前に姿を現わした。その口には三人の人間がくわえられていた。

 「きさま……!」

 竜の姫がその人間を見て怒りの声をあげた。それは、竜の姫を裏切った領主の息子とその両親、つまり、領主夫妻だった。

 「フッちゃんさん、フニちゃん!」

 カティが目を丸くして叫んだ。

 「やることが出来たって、その人たちを連れてくることだったんですか?」

 「のじゃのじゃ。同じ四神の仲間として裏切り者の人間を放置してはおけんのじゃ。それなりの目に遭わせてやらなくてはなのじゃ」

 「竜の姫よ。こやつらはそなたの気のすむようにするがよい。不実な裏切りものとそれを匿った愚かな親。どんな目に遭わせようと誰も文句は言わん」

 フェンリルのその言葉と自分たちを睨み付ける竜の姫の怒りの目に――。

 三人の人間は震えあがった。そのとき――。

 「みなさん!」

 カティが声を限りに叫んだ。

 「あたしに良い考えがあります!」


 その地域には一年ぶりの雨が降っていた。

 雨がひび割れた大地をうるおし、土のなかでじっと耐えていた卵たちがかえり、水のなかに踊り出した。姿を消していた鳥たちが雨に呼ばれるように舞い戻り、泣き声を響かせた。その光景に――。

 死をまつばかりだった人間たちは歓声をあげた。喜び勇んで雨に打たれ、踊り、空を向きながら大きく口を開けて、腹がはち切れんばかりに雨を飲む。

 一年に及ぶ日照りの与えた被害はあまりにも大きく、この地域が元の姿を取り戻すためには何年もの時がかかるだろう。それでも――。

 それはまちがいなく、再生のための第一歩だった。

 そして――。

 竜の姫の住まう山には一軒の店が出来ていた。それは、竜の姫の宮殿を改装した、立派な門構えの店だった。

 『カティの愛あるチーズ工房 第二支店』

 その看板がかかっている。

 店長を務めるのは竜の姫。そして、カティに徹底的にチーズ作りを仕込まれたもと領主一家が従業員として住み込みで働くことになっていた。

 「あやつら、だいじょうぶなのじゃじゃ? 目が死んでいるのじゃ。まるで、チーズを作るだけの人形なのじゃじゃ」

 「あれだけ厳しく仕込まれては無理もないな」

 フェニックスがそう心配し、フェンリルもうなずくようなありさまではあったけれど。

 「でもさあ、竜姫。いいのかい? あの男、あんたを裏切ったんだろ。そんなやつを住み込みの従業員として使うなんてさ」

 グリフォンの問いに竜の姫は答えた。

 「もう良いのです、あんな男のことは。なにしろ、わたしは……」

 竜の姫はカティを見た。白い頬がたちまち薔薇ばらいろに染まる。

 「……カティさまにみさおを捧げた身。そして、わたしにはこのお店があります。このお店はカティさまの愛そのもの。わたしはカティさまの愛と共に生きていきます」

 「そうです、竜ちゃん! このお店はあたしの愛、あたしの限りない愛をあなたに委ねます!」

 「カティさま。任せてください。このお店は必ずわたしが守っていきます。ですから……必ず帰ってきてください。わたしはあなたの愛に包まれて、いつまでもお待ちしております」

 「もちろんです。竜ちゃんのおっぱいの素敵さは忘れません。必ず、戻ってきます」

 「カティさま……」

 「竜ちゃん」

 そして、ふたりは見つめあう。

 そのありさまを見てフェニックスが言った。

 「相変わらず、かみあっているようでかみあっていない会話なのじゃじゃ」

 「愛は勝つ。本人が幸せならそれで良い。そういうことだな」

 フェンリルのその言葉に締められて――。

カティの今回の冒険は終わったのだった。

                  完

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