グリフォンvs.竜の姫

 カティとリヴァイアサンは本来の姿に戻ったグリフォンの背に乗って、竜姫の住まう山の宮殿に向かっていた。フェンリルとフェニックスは『他に用が出来た』と言って別行動をとっている。フェンリルたちがカティとはなれて自分だけで行動するなどいままでになかったこと。どこに、なにをしに行くのかと尋ねたが答えようとはせず、ふたりそろってどこかに行ってしまった。

 「あいつら、もともと、世界の命運を懸けて戦う宿敵同士だぞ。そのことを思い出してどこかでやらかすつもりなんじゃないか?」

 かつての空と陸の大戦時、双方から仲間はずれにされたことをいまだ根にもっているグリフォンは、少なからぬ悪意と偏見をもってそう言ったものである。それに対し、カティは、

 「だいじょうぶ! お腹が空けば、おいしいチーズ目当てに帰ってきます」

 と、どうも飼い犬扱いである。

 そのカティの背負った保冷バッグのなかには、グリフォン製ミルクで作ったティラミスアイスが山と入っている。傷心の竜姫の心を癒やすための贈り物である。

 さすがにグリフォンの飛翔速度はものすごく、あっという間に竜姫の宮殿が見えてきた。 「手前に降りて、あとは歩いていくよ。このまま突っ込んだら攻撃しに来たと思われかねないからね」

 グリフォンにしてはめずらしく思慮深いことを言ったので、カティもリヴァイアサンも感心した。言葉通り、宮殿の手前に降り、そこからは歩いて向かう。ヘソを曲げた竜姫のせいでカラカラに渇ききったこの地域だが、このあたりだけはまだ緑が残り、わずかながら動物たちも生きて、動いている。

 「……このあたりは本当に雨が多くて、緑の多い場所だったんだけどなあ。いまじゃこの様か」

 グリフォンが悲しそうに呟いた。

 カティはそんな『妹分』を励ますために力強く断言した。

 「だいじょうぶです! そのためのティラミスアイス。女の子がムシャクシャしたらアイスクリーム! おいしいアイスクリームをどか食いしたらどんな悩みも吹っ飛びます! まして、このティラミスアイスはグリちゃんのおっぱいから作っているんです。絶対ぜったい気持ちは伝わります!」

 「うん、そうだよね、行こう、カティ姉ちゃん!」

 「はい!」

 そんなふたりの姿に――。

 リヴァイアサンは『あらあら』と微笑んだのだった。

 そして、一行は竜姫の宮殿へとやってきた。あたりはなにやらひんやりと冷え込み、陰鬱な空気に満ちている。このあたりにはまだ水分があるはずなのに、その重苦しい空気のせいか、まわりの草木はうなだれ、小動物ひとつ見あたらない。

 「うわあ」

 と、リヴァイアサンが声をあげた。

 「これは、あれね。ムチャクチャ怒ってダンマリを決め込んだ人を前にしたときのあのピリピリした空気」

 「はい。それそのものです」

 「早く行こう、カティ姉ちゃん! こんななかにひとりっきりでいるなんて良くないよ」

 ボッチのさびしさを知るだけに切実なグリフォンだった。

 宮殿の門はぴったりと閉ざされ、静まり返っていた。気の弱い人間ならそこから発せられる雰囲気だけで恐れおののき、逃げ帰っていたことだろう。もちろん『チーズのためなら例え火のなか、水のなか!』を地で行くチーズ令嬢カティに、そんな気の弱さは微塵みじんもない。雰囲気に負けない、と言うか、空気を読まない大胆さで声を限りに張りあげる。

 「竜姫さま、竜姫さま! 門を開けてください、竜姫さま!」

 返事はない。

 カティはかまわず叫びつづける。

 「おいしいおいしいティラミスアイスをもってきました! 一緒に食べて浮き世の憂さを晴らしましょう!」

 「……帰れ」

 ようやく、門の奥から声が響いた。

 まだ若い女性の声。しかし、一〇代特有の甘さや軽さは微塵みじんもない。凜々りりしく、重々しい、まさに『武家の娘』と言いたくなる声だった。

 「くどいぞ、人間。お前たちは、わたしを裏切った。神聖なる婚約を破棄し、その罪人を匿った。わたしにはずかしめを与えたのだ。その罪、許すわけには行かぬ」

 「あたしたちはこの地域の人間ではありません、旅のものです。 竜姫さまのお話を聞いて心を慰めるためにやってきたんです! 女の子がムシャクシャしたらアイスです、アイスクリームを食べて気分をかえるのが一番です! 一緒に食べましょう!」

 「くどい! いまさら、わたしの怒りがアイスなどで溶けるものか。去れ。去らねば我がいかずちでふたつに割ってくれるぞ、人間!」

 「人間じゃないよ!」

 グリフォンが叫んだ。

 「あたしだよ、わかるだろ? グリフォンだよ。空と陸の大戦争のときに会ったじゃないか。リヴァイアサンもいるよ」

 「グリフォン? リヴァイアサン?」

 扉の奥からいぶかしむ声が返ってきた。

 「あたしはあの大戦のとき、どっちの仲間にも入れてもらえなかった。それからずっとずっとそのことを恨みに思ってひとりで生きてきた。だから、わかるんだ! 恨みに凝り固まって引きこもってたりしちゃ駄目だよ! そんなの楽しくない、世の中にはもっと楽しいことがあるんだから……」

 「黙れ! きさまごとき合成魔獣が、四神たる身に説教しようなぞ永遠に早いわっ!」

 「それなら、同じ四神であるリヴァさんが説教するならいいのね?」

 と、リヴァイアサン。相変わらずいい感じに力の抜けたおっとり口調だが、その奥にはめずらしく怒りが込められている。

 「ねえ、竜ちゃん。あなた、いま、この地域がどうなってるか本当にわかってるの? 人間だけじゃなく、他の生き物たちまで死に絶えてるのよ? 人間への恨みのせいで他の生き物まで死なせちゃうなんてやりすぎでしょ。リヴァさん、納得いかないなあ」

 「黙れ! 四神たる身が人間ごときにそそのかされてのこのこやってきたか。海のものはおとなしく海に引っ込んでいろ!」

 あくまでも拒絶するそのかたくなな態度に――。

 グリフォンがキレた。

 「このわからず屋! こうなったら力ずくで……!」

 グリフォンが吠えた。

 翼が唸りをあげて突風を引き起こした。

 嘴が大きく開き、巨大な雷球らいきゅうが放たれた。

 風といかずち。そのふたつがひとつとなって宮殿を襲い、吹き飛ばした。落ち着いたたたずまいの宮殿はたちまち瓦礫がれきの山と化す。その瓦礫がれきのなかから――。

 「無礼者!」

 怒りの咆哮ほうこうと共に真っ白な竜が姿を現わした。

 まっすぐに飛びあがり、雲ひとつない空を背景にグリフォンを睨み付ける。

 「合成魔獣ごときが我が宮殿に手をかけるとは! その無礼、思い知らせてくれる!」

 「あたしのセリフだよ! こっちこそ思い知らせてやる!」

 グリフォンは叫び返した。得意の雷球らいきゅうを何発もまとめて放った。空からは竜の姫の呼んだいかずちが幾筋も地上目がけて落ちてくる。雷球らいきゅういかずち。共に、いかずちを操る二体の神獣のぶつかり合い。しかし――。

 「大変! グリちゃんが押されています!」

 カティがそう叫んだとおり、両者の力の差は歴然。どうにか打ちあっていたのは最初だけで、グリフォンはすぐに一方的にやられはじめた。

 リヴァイアサンが『あ~あ、やっぱり』と言いたげな様子で頬に片手をついた。溜め息交じりに説明した。

 「まあねえ。竜ちゃんはリヴァさんやフッちゃん、フニちゃんと同じ四神の一柱で最高位の神霊。対して、グリちゃんは単なる合成魔獣。霊的位階にしてふたつ、差があるんだもの。敵うわけないのよねえ」

 「それって、どれぐらいの差があるんですか⁉」

 「子猫とおとなの虎ぐらい。もっとかな?」

 「大変じゃないですか!」

 リヴァイアサンの呑気な解説の間にもグリフォンは竜のいかずちに打たれ、火傷を負い、転げまわっている。

 「わああああっ!」

 「グリちゃん!」

 グリフォンの叫びが轟き、カティの悲鳴があがる。

 「とどめだ、下賤げせんなるもの!

 」空に浮かぶ竜の姫。その真っ白な体がいかずちいろに輝き渡る。最大級のいかずちが落とされようとしていた。そのとき――。

 「だめです!」

 カティが叫んだ。

 グリフォンの巨体をかばうべくその前に飛び出した。

 「カティ姉ちゃん!」

 驚いたグリフォンがカティをかばって抱え込もうとする。それでも、カティはがんとしてゆずらずグリフォンの前に立ちつづける。

 互いにかばいあう人間とグリフォン。そこへ、竜の姫のいかずちが襲いかかった。

 轟音。

 閃光。

 爆発。

 そのすべてが同時に起こった。衝撃で突風が巻き起こり、土煙が舞った。それが収まったとき、そこには――。

 互いにかばいあう姿のままのカティとグリフォンがいた。

 「あ、あれ……?」

 「……変です。あたしたち、生きてます」

 グリフォンが戸惑った声をあげ、カティも不思議そうに呟いた。

 どう考えても生きていられるはずのない攻撃。それなのに、ふたりは生きていた。その理由はふたりを包む水の壁。リヴァイアサンが呼んだ、電気を通すことのない純水で作られた巨大な壁だった。

 リヴァイアサンが前に進み出た。脱力系セクシー美女のその顔に、はっきりと怒りの色が浮かんでいる。

 「ねえ、竜ちゃん。ここまでにしたら? あなたの言う下賤げせんな人間がここまで体を張ったのよ。カティがどれぐらい真剣かはわかったでしょう? 話ぐらい聞いてあげたら? でないと、さすがにリヴァさんも怒っちゃうなあ。リヴァさんとあなたが本気で戦ったらこの世がどうなるか。いくら、頭に血がのぼっていても、それぐらいはわかるでしょう?」

 その言葉に――。

 納得、あるいは、あきらめたのか、竜の姫は敵意を納めた。白く輝く竜体が静かに地上に降りてくる。その全身が光に包まれ、人の姿へとかわっていく。

 「……いいでしょう。互いにかばいあったその姿に免じ、話だけは聞くとしましょう」

 そこにいたのはまだ一〇代の、長い黒髪をアップにまとめ、鉢巻を締めた和装姿の美少女だった。

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