竜はお馬さん

 空はどこまでも青かった。

 雲ひとつない青空が広がり、鮮やかな太陽が世界を照らし出す。

 空気はあくまでも透明で、遙か彼方の風景までもくっきりと映し出す。

 物音ひとつしない落ち着いた風景。髪を揺らす風を遮るもののひとつもなく、平坦な大地がどこまでも広がっている……。

 「……なんて、気取っている場合じゃありません! なんなんですか、ここは⁉ あんまりです、ひどすぎます!」

 目の前に広がる光景に――。

 カティはキレた。

 雲ひとつないのも、空気が透明なのも、すべては大気中に水分がないから。カラカラに渇いた空気が世界を支配しているためだった。

 物音ひとつしないのも、風をさえぎるものがないのも、どこまでも平坦な大地が広がっているのも、すべては生きるものの姿ひとつありはしないから。大地はただただ太陽に焼かれ、大地そのものが日干しレンガと化している。

 地表には木どころか草一本、生えてはいない。当然、そんな状況で動物たちが生きていけるわけもなく、物音ひとつしない静かな世界が出来上がっているのだった。

 「本当になんなんですか、ここは こんなひどい場所があるなんて聞いてません!」

 と、カティはひたすらプリプリ怒っている。そして、『怒りすぎて喉が渇きました!』とばかりにミルクをたっぷり入れたガロンボトルを一気に煽る。まあ、この熱さと渇き具合では怒らなくても喉が渇いて当然なのだが。

 「本当に空気がカラカラだものねえ」

 フェンリルの影に隠れて、片手で顔のあたりをパタパタしているリヴァイアサンが言った。

 「リヴァさん、クジラだからお肌の乾燥には弱いのにぃ」

 「むう。確かにおかしいのじゃ」

 幼女の姿のフェニックスが首をかしげた。

 「この一帯は竜姫の治める地域。竜姫が雨を降らせるゆえ、水には困らぬ地域のはずなのじゃ」

 「うむ。確かに。いまの竜姫は先代から役割を譲られて、まだ間もないはずだが……」

 「ああ、あの竜ちゃんねえ」

 フェンリルの言葉にリヴァイアサンがうなずいた。

 「武芸好きで、清楚で、可愛い子なのよねえ。めちゃくちゃ真面目な良い子だから、こんな風に職務放棄するなんてあり得ないんだけど」

 「うむ。しかし、真面目なものは道を踏みはずときも真面目だからな。まだ若いだけに、なにかのきっかけで極端に走ることはあり得るが……」

 「のじゃのじゃ。あの竜姫はフェンリルめよりずっと若くてピチピチなのじゃ」

 「フェニックスよりはずっとおとなで、いい年頃の娘であったな」

 「のじゃ⁉」

 いつもの言い争いをはじめた空と陸の覇者は放っておいて、ギャル姿のグリフォンがカティに尋ねた。

 「それで、カティ姉ちゃん。どうするのさ。いつまでもこんなところにいたら、あたしだって干上がっちゃうよ」

 ずっと、雪山のてっぺんに住んでいたから暑いのは苦手なんだよ。

 グリフォンはそう付け加えた。

 カティはきっぱりと答えた。

 「決まっています! こんなところに長居は出来ません。さっさと通り過ぎましょう」

 「なんじゃ、カティ。らしくもない。いつもの『おっぱいおっぱい!』はどうしたのじゃ? 竜姫めの乳はいらんのじゃじゃ?」

 「はっ? なにを言っているんです、フニちゃん。竜はヘビでしょう。ヘビはおっぱいなんか出しませんよ」

 その言葉に――。

 四柱の神霊たちは顔を見合わせた。

 「そう言えば、人間はそのように誤解していたのだな」

 「のじゃのじゃ。まったくもって人間どもは無知なのじゃじゃ」

 「はっ? なんのことです? なにを言っているんです?」

 「あのねえ、カティちゃん。竜はヘビじゃないの。お馬さんなのよ」

 「馬⁉」

 カティは驚いて飛びあがったが、グリフォンは不思議そうに尋ねた。

 「いや、なんで竜がヘビだなんて思うのさ。竜は神さまの乗りものだよ? どこの誰がヘビに乗ろうなんて思うのさ。馬だから乗り物にするんじゃないか」

 「言われてみれば! でもでも、竜はヘビってずっと聞いていて……」

 「それはあれじゃ。ヘビの進化形であるドラゴンとたまたま姿が似ていたから一緒にされたのじゃ。竜の一族はそのことを迷惑がっているのじゃ。いつも怒っておるのじゃ」

 「そ、そうだったんですか……。それじゃ、竜はお馬さんなんですね?」

 「その通りだ。竜は翼のないペガサスの一種だ」と、フェンリル。

 「翼のない……翼がないのにお空を飛べちゃうんですか?」

 「え~、カティ。もしかして、ペガサスが翼で空を飛んでいると思ってたの?」

 「ちがうんですか⁉」

 「ちがうわよお。お馬さんの大きな体を、あの程度の翼で飛ばせるはずがないじゃない」

 「のじゃのじゃ。わらわも翼を羽ばたかせるのは嵐を起こして攻撃するためであって、飛ぶためではないのじゃ」

 「我ら、神霊は自らの念動力で空を飛ぶ。翼の有無は関係ない」

 「あたしだって、翼はただの飾りみたいなもんだしねえ」

 「翼は飾り……。なるほど。『偉い人にはわからんのですよ』ですね」

 「おぬしの言うことの方がわからんのじゃ」

 「とにかく! そうとわかれば行動です! すぐにその竜姫さまのところに向かいましょう。職務に励んでもらって、そして――」

 カティは揺るぎない決意を込めて言い放った。

 「おっぱいをわけてもらうんです!」

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