第七話 傷心の竜姫に美味しいアイスを

竜姫の治める地にて

 その地方は滅び去ろうとしていた。

 もう一年もの間、一滴の雨も降っていない。畑の土はカラカラに乾き、ひび割れ、すべての作物は枯れ果てた。ひび割れは地の底までつづき、すべての作物を枯らし果てる地獄の瘴気しょうきが立ちのぼってきているかのよう。

 野山に向かってももはや、草や木の実の一粒もない。野の草はことごとく立ったいま干し草となり、山にはもはや緑の葉をつけた木などない。

 鳥も動物も姿を消した。滔々とうとうたる流れをもっていた山からの川さえいまでは干上がり、川の跡があるばかり。はじめのうちは干上がった底で魚たちがぴちぴち跳ねていたが、いまやそんな光景すらも失われた。魚たちは死に絶え、容赦なく太陽の熱に炙られ、ことごとくミイラとなってしまった。

 いまや、地面から湧き出る泉だけが命の綱。この水と、枯れ草を食べる牛たちの乳だけを糧に人々はなんとか生き延びていた。だが、それもいつまでもつことか……。

 「……もう一年にもなるのだなあ」

 「竜姫さまのお怒りはいつになったら解けるんじゃろうなあ」

 「神官たちがあれこれ手を尽くしておなだめしてはいるが……効果もないようだなあ」

 「このままでは本当に我らは……いや、この地方そのものが滅んでしまうぞ」

 「そもそもの原因となった領主の馬鹿息子はどうしたんだ?」

 「とっくに領主夫妻共々よそに逃げ出したさ」

 「くそっ、腹の立つ。目の前にいりゃあ四つにたたんで竜姫さまに差し出してやるってのによお」

 「おれだってそうしたいさ。けど、おれたちには連中が逃げた先まで追いかけるだけの旅費もねえ……」

 「このまま、滅びるしかないんかのお」

 人々は毎日まいにち、この地方の守護者『雨をもたらすもの』竜姫の住まう山の頂を見つめ、同じことを話しあうのだった。


 「……ん、カティ姉ちゃん」

 切なげな少女のあえぎ声が漏れ聞こえる。

 そして、そんな少女をもてあそぶかのような楽しげな声。

 「……ふふ。グリちゃんのおっぱい、素敵です。とっても、おいしそう」

 「……あ、ダメ!」

 切羽詰まったそのあえぎ声と共に――。

 鷲と獅子の合成魔獣の乳房から勢いよく白い乳がほとばしった。

 「わあっー、いいおっぱいがいっぱいとれましたあっ! さっそく、おいしいチーズを作りましょう!」

 乳のいっぱいたまった桶を抱え、チーズ令嬢カティのなんとも嬉しそうな声が響く。

 フェンリル。

 リヴァイアサン。

 グリフォン。

 いまや欠かすことの出来ない日課となっている、共に旅をする仲間たちからの乳搾ちちしぼりが終わったところだった。

 チーズを愛し、チーズと共に生きるチーズ令嬢カティ。そのかのにとって『おっぱい』と言えば正しく母乳のことを差す。それ以外の意味で『おっぱい』という言葉を使うなど、カティにとってはおっぱいへの冒涜ぼうとくでしかない。

 仲間内でただひとり、鳥類と言うことで乳を出せないフェニックスは人間の幼女の姿のまま、携帯農場の加工場で器具の用意をしてチーズ作りの準備をしている。

 「はあ~、今日もすごかったあ。カティ姉ちゃん、乳搾ちちしぼり、うますぎ」

 日に焼けた肌に波打つ金髪。胸元とヘソを大胆に露出させた短い上衣に、かがめば下着が見えそうなぐらい短いスカート。そんなきわどい格好のギャル姿となったグリフォンがどこか気だるい声をあげた。

 「本当よねえ。カティの手さばきって芸術品だわ」

 と、こちらも、いい感じに脱力したセクシー美女姿になっているリヴァイアサンが口をそろえる。

 「うむ。毎日のことながらなんとも心地よい一時。これだけでもカティと共に旅をする価値はある」

 ただひとり、カティから人間の姿になることを禁止されていることもあって、象ほどもある『デッカい犬』姿のままのフェンリルがうなずいた。

 「むぅ~。気にいらんのじゃ。なにゆえ、わらわだけがその心地よさを味わえんのじゃ」

 鳥類と言うことで乳房をもたないフェニックスが幼女姿のままボヤいた。いかにも不満そうに頬をふくらませた表情が可愛らしい。

 「は~い、出来ましたあっ!」

 そんなことを言っている間にカティの明るい声が響いた。デイリーメイドの制服に大きなトレイ。エプロンをヒラヒラさせながらトレイの上に山と乗せたチーズを運んでくる。

 本来ならば作るのに時間のかかるチーズでも、カティ固有のチートスキル『携帯農場』のチート加工場をもってすれば思いのまま。あらゆる時間を短縮し、あっという間に完成させてしまう。

 携帯農場の一角にシートを敷き、その上に座ってのモーニング。何種類もの山のようなチーズに、携帯農場でとれた小麦から作ったバゲット。色とりどりの野菜。口直しのナッツ類。そして、チーズとバゲットには欠かせない芳醇なワイン。

 チーズとバゲットを口に運び、ワインを飲めば、口のなかいっぱいに、互いにたがいを引き立てあう至福の味と浪漫が広がる。思わず、目を閉じ、天を仰ぐその感動。『マリアージュ』と呼ばれるのが納得のおいしさ。

 「うん。やっぱり、グリちゃんのおっぱいはマスカルポーネにぴったりです!」

 「あたしも信じられないよ。まさか、あたしのおっぱいからこんなにおいしいチーズが作れるなんて」

 「グリちゃんのおっぱいは、グリちゃんの性格そのままにまっすぐで純粋、さわやかななかにほのかな甘味が感じられ、くどさのないさっぱりした味わい。それでいて深みのある上品さ。それが特徴ですからね。ミルク感を活かしたいフレッシュチーズにぴったりなんです」

 「じゅ、純粋で、上品……そ、そうかな?」

 グリフォンは日に焼けた頬を赤く染め、モジモジしはじめた。カティは力強く断言した。

 「まちがいありません! グリちゃん(のおっぱい)はまっすくで、純粋で、上品なんです! このあたしが保証します」

 「う、うん……。ね、ねえ、カティ姉ちゃん。カティ姉ちゃんには毎日おっぱいさわられてるわけだし……責任、とってくれるんだよね?」

 グリフォンは頬を赤く染めたままそう尋ねた。リヴァイアサンが微笑ましそうに答えた。

 「だいじょうぶよお、グリちゃん。カティならちゃんと責任とってくれるから」

 「はい、もちろんです! このカッテージ・カマンベール、一生、グリちゃんと添い遂げます!」

 力強くそう断言されて、グリフォンは顔中を真っ赤にして縮こまる。

 「やれやれ。例によって『添い遂げる』の言葉の意味をまちがえて使っておるのじゃ」

 と、口いっぱいにチーズとベリーとハチミツのサラダを頬張っているフェニックスが冷めた視線で指摘した。ちなみに、このチーズはリヴァイアサン製。濃厚すぎるほど濃厚な味わいをベリーの酸味が中和し、ハチミツがくどさを消して旨味のみを引き立てている。そうすることで、それはそれは豊かで奥深い味わいを生み出している。

 「いまさらだな」

 と、こちらは大量のチーズとバゲットを一呑みにしては、合間あいまにナッツをかじり、ワインをたしなんでいるフェンリルが答えた。

 「ああも真に受けるあたり、グリフォンはやはり若いな」

 「な、なんだよ、フェンリル⁉ いいだろ、別に……。あたしはお前たちのせいでずっとボッチだったんだ。夢見るぐらい……てか、なんで、あんただけ『デッカい犬』のままなんだよ⁉ 他はみんな人間の姿になって畑仕事を手伝ったり、売り子をしたりしてるのに」

 照れ隠しなんだか、本気で喧嘩を売っているんだかわからないグリフォンの言葉に答えたのは、意外なことにカティその人だった。

 「フッちゃんさんはダメです! フッちゃんさんが人間の姿になったらうちのお店、R18指定になってしまいます!」

 「のじゃのじゃ。こやつはあらゆる意味で『女王さま』なのじゃ。危険すぎるのじゃじゃ」

 「お店に来るお客の層が絶対、かわっちゃうわよねえ」

 口々に語られるその言葉に――。

 グリフォンは怯えたような視線でフェンリルを見た。

 「なんか……ものすごく納得」

 その言葉にもフェンリルは『我関せず』とばかりに大量のチーズとバゲットを呑み込み、ワインを飲んでいる。それはまさに『女王の風格』だった。

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