誘惑のスイーツパーティー

 「グリフォンさん!」

 カティが地に落ちたグリフォンのもとに駆けつける。直前で立ちどまり、両手を腰につけて睨みつける。

 「なんで、営業妨害なんてしたんですか⁉ 理由によってはお仕置きです!」

 牛ほどもあるわし獅子ししの融合魔獣。人間など足元に及ばない霊性をもった高次生物。そんな相手をいきなり怒鳴りつける。勇敢と言うより無謀。人が見ればそう思うだろう。しかし――。

 フェンリル。

 フェニックス。

 リヴァイアサン。

 カティと共に旅する三界の覇者たちは全員そろって、

 ――カティらしい。

 と、うなずいていた。

 チーズのためなら例え火のなか、水のなか。

 その言葉を実践じっせんするべくフェニックスの炎のなかに飛び込もうとして、あのリヴァイアサンがあわててとめたというチーズ令嬢に怖れるものなどなにもない!

 「お、おおおお……」

 グリフォンがうめき声をあげながら立ちあがった。

 その目はカティを見てはいなかった。その目が見据えるものはただふたつ、陸の覇者フェンリルと空の覇者フェニックスだけ。そして、その口から出た言葉は――。

 「ズルい!」

 「はっ?」

 さしものカティが目を点にした。声といい、口調といい、思いっきりギャルな叫びだった。

 「また、あたしを仲間はずれにして、自分たちだけこんなおいしいものを食べて、仲良くして……絶対ぜったい許さないんだからね!」

 その叫びと共に――。

 グリフォンは空に舞いあがり、去っていった。

 「あらあら、グリちゃん、泣いて帰ちゃったわねえ」

 リヴァイアサンがとくに気にしている様子もなく、呑気な口調でそう言った。

 「その横ではカティが小首をかしげている。

 「『仲間はずれにして』って、そう言ってましたよね? どういう意味でしょう?」

 「さてな」と、フェニックス。

 「そもそも、あやつは付き合いが悪いのじゃ。頭がわしなのじゃから、わらわたち鳥類の仲間だというのに、鳥類の王たるわらわに敬意ひとつ払おうとせんのじゃ。それどころか、なにかと言うと突っかかってくる始末。他の鳥とも関わろうとしないのじゃじゃ」

 「確かに」と、フェンリルも言った。

 「全身の大部分を占める胴体が獅子ししなのだから、我ら陸のものの仲間。なのに、北の果ての頂にひとりで住み着いて関わろうとせん。自分から孤立しておるのだから『仲間はずれにして』などと非難されるいわれはない」

 「のじゃのじゃ」

 「まあ、あやつはまだまだ若い娘だからな。いろいろと難しいこともあるのだろう」

 「若い娘?」

 フェンリルの言葉に――。

 キラリ、と、カティは目を光らせた。

 「のじゃのじゃ。あやつめはフェンリルに比べれば、ずっとずっとずっ~と若いからのう」

 「なぜ、そこでわれを引き合いに出す必要がある? そもそも、その言い方だとわれがずいぶんと年かさのように聞こえるぞ」

 「単なる事実なのじゃ」

 「なるほど。事実か。では、こう言い代えよう。あやつはまだ若いが、そなたに比べればずっとおとなだ」

 「のじゃ⁉」

 「フェンリルさん、フニちゃん!」

 不毛な言い争いをはじめた陸と空の覇者を前に、カティは叫んだ。

 「グリちゃんは、おっぱい出せますか⁉」

 ――やっぱり、それか。

 と、心から納得する三界の覇者たちであった。

 「あやつは鳥と獣の融合だからな」と、フェンリル。

 「卵で産んで、乳で育てる。乳で育てるのだかられっきとした獣だというのに、なにを好きこのんであのような頂に住んでおるのか」

 「のじゃのじゃ。卵を産むのだからまちがいなく鳥。なのに、鳥の王たるわらわに敬意ひとつ払わないとは、なっておらんのじゃ」

 「卵を産むのは鳥類だけではあるまい。その点、乳で子を育てるのは獣だけだ」

 「翼があるのは鳥だけなのじゃじゃ!」

 「あらあら、グリちゃんの取り合い? 大人気ねえ、うらやましいわ」

 と、なぜか嬉しそうに語るリヴァイアサンであった。

 「フェンリルさん、フニちゃん、リヴァさん! グリちゃんにもう一度、会いましょう! そして、おっぱいをわけてもらうんです!」

 『仲間はずれにして』という言葉の意味も気になりますし。

 カティはそう付け加えた。

 「これは、驚いた」

 フェンリルがめずらしく目を丸くしている。

 「カティちゃん、頭、だいじょうぶ?」

 「おぬし、チーズ以外に気に懸けることがあったのじゃじゃ⁉」

 「失礼な。あたしはチーズで世界を幸せにするんです。若い女の子が一緒にチーズを食べる相手もなく、ひとりさびしく暮らしているなんていけません。ここはなんとしてもみんなでチーズを食べる楽しさを知ってもらい、幸せになってもらうしかありません! その楽しさを知ればきっと、チーズの原料となるおっぱいだっていっぱい出してくれるはずです!」

 ――あ、結局、そこか。

 と、心から納得するフェンリルたちだった。

 「でも、どうやってグリちゃんに会うの? グリちゃん、北の果ての頂に住んでいるんでしょう? さすがに、こっちから会いに行くのは無理なんじゃないかなあ?」

 リヴァイアサンのもっともな疑問にカティは自信満々で答えた。

 「だいじょうぶ! スイーツパーティーを開けばいいんです!」

 「スイーツパーティー?」

 「そうです! 若い女の子ならスイーツの魅力に逆らえるはずがありません! みんなで楽しくパーティーを開いていれば絶対、必ず、まちがいなく、向こうからやってきます!」

 「ふむ。確かにパーティーと聞いてはわれも黙ってはおれんからな」

 「のじゃのじゃ。もう若くもない年増女でも楽しみと言うほどなのじゃ。若い娘ならやってこないはずがないのじゃじゃ」

 「年端もいかない幼女でさえ、このはしゃぎ振り。年頃の娘ならまちがいなくやってくるな」

 「はいはい。二柱とも、漫才はそこまでにしてパーティーの準備しよ」

 リヴァイアサンの仲裁でスイーツパーティーの準備ははじまった。

 「スイーツと言えばケーキ、スイーツパーティーの主役と来ればケーキ以外にはあり得ません! とっておきのベイクドチーズケーキを作りましょう!」

 「じゃあ、リヴァさんはレアチーズケーキを作るわねえ」

 「のじゃのじゃ。わらわはあっさり風味のマスカルポーネを使って、ガトー・マスカルポーネを作るのじゃじゃ」

 カティはもとより、意外な料理上手であったリヴァイアサンと、カティからチーズ料理を習っているフェニックスがそれぞれにケーキ作りに取りかかる。その間、カティから人間形態になることを禁止されているフェンリルは、準備が出来るまでのんびりまとうと寝そべってあくびをしている。

 ほどなくして、携帯農場にチーズの焼ける匂いが漂いはじめた。たちまち、あたり一面、なんともお腹の空く匂いに覆われる。

 「さあ、出来ました!」

 「リヴァさんも出来たわよお」

 「わらわもなのじゃ!」

 三種類のケーキが並び、さらにチーズサンドにチーズクッキー、色とりどりの果実に口直しのナッツ類、さらには数種類のワインにシードルリンゴ酒、紅茶にハーブティーとまさにパーティーならではの『無駄な贅沢』が存分に振る舞われた席ができあがる。

 「リヴァさんのレアチーズケーキ、とってもとってもおいしいです! とろっとろの優しい味わいで、もうほっぺたが落ちちゃいそうです!」

 「フニちゃんのガトー・マスカルポーネもおいしいわあ。ポニョポニョっとした柔らかい生地にマスカルポーネのあっさりした甘味が効いていて。ときおりのぞくレーズンが素敵なアクセントになってるわあ」

 「カティのベイクドチーズケーキこそ、さすがなのじゃ! パサつきがなく、夢のようにふんわりした口当たり。口のなかに広がるまろやかなチーズの味わい。これこそスイーツ! フォークがついつい進んでしまうのじゃじゃ」

 「うむ。いずれのケーキも素晴らしい。柔らかく優しい口当たり。決して甘すぎず、チーズらしいほのかな酸味の効いた味わい。口のなかがケーキの甘さと柔らかさに慣れた頃にナッツをかじれば、カリッとした固い食感が心地よく、ほのかな渋みが余分な甘さを消してくれる。そこへ、上質のシードルを流し込めばまさに至高。そして、究極。ケーキと、ナッツと、シードルの無限循環のできあがりだ」

 「むっ……」

 『ソレ』に気付いたフェニックスが小さく声をあげた。

 「見よ、カティ。あやつめが来たのじゃ」

 フェニックスの言うとおり、その視線の先にグリフォンがいた。その巨体を地に伏せて、まるで犬が警戒しながらもご馳走をうかがうときのように鼻をクンクン言わせている。

 カティはすかさず声をあげた。

 「ああ~、おいしいです、最高です、こんなにおいしいものが食べられて幸せです!」

 「リヴァさんも納得! の、おいしさだわあ。こんなにおいしいものをあれこれ食べられることなんて、二度とないんじゃないかなあ」

 「しかり。これほどの贅沢。二度とは出来まい。此度こたびを逃しては一生の損失というもの」

 「うまいのじゃ、素晴らしいのじゃ、いくらでも食べられるのじゃ。これ、おぬしたち。はよう食べんと、わらわがすべて食べ尽くしてしまうのじゃじゃ」

 「う、ううううう……」

 カティたちのこれ見よがしな言葉の数々に――。

 隠れて――いるつもりで――様子をうかがっているグリフォンがうめき声をあげている。

 そこへ、カティがすかさずとどめの一言を発した。

 「ああ、さすがにもうお腹がいっぱいです。もう食べられません。でも、お菓子はまだまだたくさんあります。仕方ありません。もったいないけど捨てちゃいましょう」

 「うわああん、捨てるくらいならあたしに食べさせろおっ!」

 ついに――。

 我慢しきれなくなったグリフォンは飛び出したのだった。

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