第六話 グリフォンはコウモリさん
グリフォン起つ!
そこは北の果て。空高くそびえる山岳。雲さえも麓を飾るドレスに過ぎない。
その頂には翼をもつ鳥ですら近づけず、
果てしなくそびえるその山はまさに天と地とを繋ぐ柱。雪と氷に包まれた頂はもはや大地ではなく、空の一部。陸と空の出会う場所。
そこに『それ』はいた。
グリフォン。
いま、その空と陸の王者がたくましい翼を広げ、下界を見下ろしていた。
「……感じる。感じるぞ。フェンリル。そして、フェニックス。お前たちがいま再び、蘇ったことを。この日をどれだけまったことか。今度こそお前たちを倒し、私が空と陸を制する覇者となる!」
そして、グリフォンは飛び立った。
大いなる
狙うはふたつ。
フェンリル、そして、フェニックス。
大地と空の覇者を打ち倒し、おのれこそがふたつの世界を制する覇者なのだと証明する、そのために。
大いなる雷鳴と共に――。
いま、グリフォンは飛び立ったのだ。
「はあーい、よってらっしゃい、見てらっしゃい! 『カティの愛あるチーズ工房』、今日も明るく元気に営業中です!」
もはや『明るい』を通り越して『脳天気』と言った方がいい呼び込みの声が響く。
現代日本からの転生者、人呼んで『チーズ令嬢カティ』は今日も元気いっぱい、活力いっぱい、『チーズで世界を幸せにする』ために
そのための盛んな呼び込み。実のところ、呼び込みの必要もない。『カティの愛あるチーズ工房』の前には人々が長蛇の列を成し、今かいまかと自分の番をまっている。
それも当然。『カティの愛あるチーズ工房』には、それこそ『無数』と言ってもいいほどの数と種類のチースが並んでいる。
モッツァレラ、カマンベール、マスカルポーネ、パルミジャーノ・レッジャーノ……。
その他、ありとあらゆる種類のチーズが並んでいる。しかも、それらはいずれも神獣であるフェンリルとリヴァイアサンの乳から作られている。そこには神獣の生命力が込められており、一口食べれば活力満点、二口食べれば機関車のごとし。三口食べれば……『体力お化け、はじめました!』の世界。
日々、仕事や勉学にいそしむ人々にとってはまさにこの上ないスタミナ食。これさえ食べていれば二日や三日の徹夜ぐらいバンバン出来る! というのだから売れない方がどうかしている。そこに加えてカティとフェニックスとで丹精込めて育てた携帯農場製の作物の数々。自家製小麦で焼きあげたバゲット、トマトにナスにズッキーニ、色とりどりの果実にナッツ類まで。主役級の食材から口直しの名脇役に至るまでズラリ勢揃い。
それらの食材とチーズを組み合わせて作ったオープンサンドにチーズサラダ。グラタンまで。火にかけられたホーロー製の鍋のなかにはたっぷりのチーズスープ。鍋の縁について絶妙に焦げたチーズからは、思わず腹の虫がなるような香ばしい匂いがあたり一面に漂っている。
その匂いに引き寄せられて後からあとから客がやってくる。
カティの元気いっぱいな呼び込みに加え、愛らしい幼女の姿となったフェニックスと、いい感じに力の抜けた印象のセクシー美女であるリヴァイアサンが売り子をしているのだ。客が殺到して当たり前。
さらに、象ほどもある『デッカい犬』と化したフェンリルが守護神よろしく脇に鎮座ましましている。威厳ただようその姿が
――うん、まさにこれです!
カティは両手を腰につけ、満足げにうなずいた。
――チーズで世界を幸せにする。それが、あたしの生涯の目標。いままさにその目標が叶っています!
自分は正しかった!
その思いが胸のなかに爆発し、この上なく誇らしい気持ちになる。がっ――。
ふいに日が陰った。空が暗雲に包まれた。雷鳴が轟き、冷たい風が吹き荒れる。あまりにも突然な気象の変化に人々の間に不安とざわめきが走り抜ける。そこへ、降りかかる巨大な羽音。
一万羽の
グリフォン。
そのグリフォンがいま、空に浮かび、カティたちを見下ろしているのだ。
「フェンリル! フェニックス!」
グリフォンが叫んだ。その声はまさに天を裂く雷鳴。その一声だけて人間など、雷に打たれた木のごとくに真っ二つに裂けてしまうだろう。
「
「なんで、リヴァさんにだけ言わないの?」
と、リヴァイアサンがいい感じに気の抜けた口調で不満をもらす。
「さがれ!」
フェンリルが叫んだ。立ちあがった。全身から子供たちがこぼれ落ち、悲鳴が走る。
グリフォンの全身が光った。網の目のように稲妻が走り、つながり合い、ひとつの巨大な雷球と化した。
その稲妻の塊が地上目がけて放たれる。
ひとつの町を丸ごと壊滅させるほどのすさまじいエネルギー量。
対するは『太陽を呑むもの』魔狼フェンリル。口を大きく開き、息を吐く。喉の奥に広がる無限の空洞。そこから暗黒の冷気が放たれ、あたりを覆う。
一面を覆う屋根と化した暗黒冷気にグリフォンの稲妻がぶつかり、激しい火花を散らした。
いきなりのことに子供たちが泣き叫び、人々は慌てふためき逃げまわる。
カティの怒りの声が響いた。
「なんですか、いきなり……⁉」
「グリちゃんだけど……久しぶりねえ」
脱力系セクシー美女に変化しているリヴァイアサンが気の抜けたような声をあげた。
「グリちゃん? グリフォンですよね? なんで、こんなことをするんですか⁉」
「あ~、それがなのじゃ……」
幼女化フェニックスが困ったように頭をかきながら答えた。
「あやつは、なぜか昔からわらわとフェンリルとを敵視しているのじゃ。どうせ、わらわたちには敵わないというのに何度、負けても懲りずに向かってくるのじゃ。まったく、困ったものなのじゃじゃ」
「そんなこと聞いてません! あたしが聞いているのは、なんで営業妨害するのかって言うことです!」
――そこかい!
と、三界の覇者がそろってツッコんだ。
「いや、べつに営業妨害が目的ではないと思うのじゃが」
「それより、早くなんとかしないとお客さんたちが危ないんじゃない?」と、リヴァイアサン。
その言葉に――。
カティはハッとなった。
「ハッ、そうです! お客さんに怪我人を出すわけにはいきません! 食べる人みんなを幸せにしてこそチーズ! そのチーズを食べにきて怪我するなんてあってはなりません! フニちゃん、これを!」
「うむ、任せよなのじゃ!」
フェニックスはカティが差し出したものを受け取ると、本来の巨大な鳥の姿へと戻った。
炎をまとい、光に包まれ、七色の火の粉を残して飛翔する美しい鳥。フェンリルの暗黒冷気とグリフォンの稲妻がぶつかり合い、火花を散らすそのなかを、華麗と言うにはあまりにも優美に飛びあがる。
「グリフォンじゃじゃ!」
叫んだ。睨み付けた。グリフォンが地上からフェニックスへと視線を移した。その目には例えようもないほどの怒りと憎悪が浮いていた。
目が輝き、
だが、それより早く、
「これを食らうが良いのじゃ!」
フェニックスがカティから手渡されたものを投げつけた。それは――。
リヴァイアサンの乳から作られた濃厚な旨味と病みつきになるクセとが同居したブルーチーズ。青みがかったチーズの塊は狙いあやまたずにグリフォンの嘴に吸いこまれた。
「うっ……! うううううおおおおっ!」
いきなり、喉の奥にチーズの塊を叩きつけられ、さしものグリフォンがうめき声をあげた。
「お、おおおお……!」
グリフォンは叫んだ。
「おいしいー!」
その叫びと共に――。
グリフォンは地に落ちた。
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