姫巫女の決意
森のなかに描かれた魔方陣。
汗ばみ、うっすらと体の線が透けて見える薄物をまとった姫巫女アユミが一心不乱に祈るなか、魔方陣はついに輝きを発した。天へと立ちのぼる光の柱。そのなかに学生服を着たひとりの少年が現れた。
――おおっ。
召喚の儀を見守っていた人々が感嘆の声をあげる。
姫巫女アユミが高らかに宣告した。
「見よ! いまこそ召喚の儀は成された。魔王を倒す運命の勇者は現れたのです!」
人々のすがるような視線を浴びながら、
その運命の勇者はいま、森の宮殿の一室から外を見下ろしていた。
一面に広がる美しい森。しかし、それも、目の届く範囲のこと。少し先を見れば、そこにすでにねじくれた枯れ木が覆い、魔族が
――なんてことだ。
――こんなに美しい森が、あんなありさまにされてしまっているなんて。
異世界から連れてこられた自分でさえ、こんなにも胸が締め付けられる思いなのだ。まして、この世界の人々にとっては――。
「勇者さま」
後ろから声がかけられた。
振り向くとそこには薄物をまとった姫巫女アユミと三人の側近の女性たちが
可憐なる女神官リィナ。
美しき女魔導士マユラ。
癒し。
魔法。
剣技。
そのそれぞれにおいて、大陸の最高峰に位置する使い手たちである。
「勇者さま」
アユミは重ねて声をかけた。
「われらの勝手な理由であなたさまを召喚しましたこと、お詫び申しあげます。ですが、我々にはもはや他に手がないのです。お願いです。どうか、われらを、この世界を魔王の手からお救いください。あなたさまに報いるためにこの大陸を統べる皇帝たる地位、あらん限りの財宝、そして、われら四人の身命。そのすべてを捧げます」
「頭をあげてください、姫巫女さま。あなたたちがどんなにつらい思いをしておられるかはわかっています。頼まれるまでもなく、こんな理不尽を放っておくことなどできません」
「それでは……」
「はい。この僕に魔王を倒す力があるというのなら必ずやり遂げてみせます。この世界を救ってみせます」
「勇者さま……!」
「勇者さま。この剣を」
女神官リィナが一振りの剣を差しだした。
「それは……」
「この剣こそは我が王国の聖なる泉に生まれ、聖なる泉の加護を受けた宝剣。魔王の力を封じ、魔界とこの世界を繋ぐ異界の門を封じる力をもつ封印の剣。どうか、この剣をもって魔王を倒してくださいますよう」
魔王を倒し、人々を、この世界を救うために。
ねじくれた枯れ木が覆い、魔族が
カティたちはその森にやってきていた。森に入ったときからカティはプリプリ怒っていた。
「なんですか、この森はl⁉ 鹿さんたちがみんな、腐っちゃってます! あんなんではおいしいおっぱいは出せません! おいしいおっぱいがなければ、おいしいチーズは作れません! おいしいチーズを作れなくするなんて、魔王という人はなにを考えているんですか⁉」
「魔王は人ではないのだが」
「あやつが考えているのはこの世界を滅ぼすことなのじゃじゃ」
「魔王にしてみれば、これが普通なんじゃないかなあ」
フェンリル、フェニックス、リヴァイアサンが口々に言う。
「とにかく! せっかくの森をこんなありさまにしてしまうようでは、例え魔王さんがおっぱいを出せたとしてもおいしいかどうか怪しいものです。まずは、手頃な魔族さんからおっぱいをもらって、味を確かめたいところですが……」
「魔族ならちょうど、そこにいるのじゃじゃ」
幼女化フェニックスが指さした。
そこには確かに一体の異形の存在がいた。ボディビルダーの皮膚という皮膚をはぎ取って筋肉をむき出しにして、コウモリの翼をつけて、全身を汚らしい黒に塗りたくったようなその姿。
「驚きました。あたしの世界で言われていたとおりの悪魔の姿です」
「おぬしの世界? どういう意味なのじゃじゃ」
「こっちの話です。それより、あの胸。ちゃんとふくらんでいます。あれはまちがいなく女性の胸です。さっそく、おっぱいをもらいましょう」
カティはそう言うと迷いなく魔族の前に進み出た。
「そこの魔族さん、おっぱいください!」
おっぱいください!
魔族相手にこの呼びかけ。おそらく、史上初の偉業であったろう。だから、というわけではないだろうが、魔族は『シャー』と音を立てて牙をむき、カティに襲いかかる。しかし、相手が悪い。
ペシッ。
フェンリルが前足の一撃でたたき伏せ、気絶させる。
「さあ、いまのうちです。おっぱいを
カティは言うなり手慣れた仕種で魔族の乳を
「また、気を失った相手の乳を勝手に
「あら。でも、カティっておっぱい
「うむ。それは否定できんな。あの一時は非常に心地よいものだ」
リヴァイアサンの言葉にフェンリルもうなずいた。
「むうぅ、そうなのか? それは残念なのじゃ。わらわは鳥ゆえ乳房はないのじゃ。体験できんのじゃじゃ」
「あら、でも、いまの姿ならおっぱい、あるでしょう?」
リヴァイアサンに言われ――。
幼女化フェニックスは自分の胸を両手で押さえた。
「……ふくらみがなければ
そうこう言っている間にカティは魔族の乳を
「……なんだ、この匂いは」
「さ、さすがに魔族の乳。すさまじいのじゃ」
「……ねえ、カティ。これはさすがに無理なんじゃない?」
さしもの三界の覇者たちがそろって鼻をつまんでいる。
しかし、カティは叫んだ。
「だ、だいじょうぶです……! 匂いのキツさもチーズの醍醐味のひとつ。匂いがどうあれ、食べればおいしいに決まっています!」
カティはそう言って鼻をマスクで覆い、チーズ作りを進める。
「……この執念には感心すればよいのか、呆れればよいのか、どちらなのじゃ?」
「チーズバカの一言じゃない?」
「だな」
やがて、チーズが完成した。なんとも言えぬおぞましい色合いで、辺り一面にすさまじい匂いをまき散らしている。それでも――。
「食べてみなければわかりません!」
いや、わかるだろっ!
と言う全世界からのツッコみを無視して、カティはフェンリルたちとともに試食を敢行した。そして――。
「こ、これは……!」
「むりじゃ! この味はいくらなんでもむりなのじゃ!」
「さすが魔族……。リヴァさんたちとは味覚がちがうわ」
やはり、世界の意見は正しかった。匂い以上にすさまじいその味に、さしもの三界の覇者たちがもだえ苦しんだ。カティでさえ転げまわって口に入れたチーズを吐き出している。
「な、なんですか、この味は……! ひどいです、ひどすぎます、こんなのチーズじゃありません!」
食べる前にわかれ!
と言う世界からのツッコみは無視しておいて、カティは怒り心頭である。
「こんなおっぱいを出すなんてやっぱり、魔族は邪悪です! 悪魔です! こんな
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