4月の言の葉に乗せて

うたた寝

第1話



「私実は宇宙人なんだよね~」

 彼の隣の席で彼女が友人に囲われながら、突如そんなことを言い出した。周囲の反応は様々で、困ったような笑顔を浮かべている人も居れば、『へー』と明らか興味が無い反応をしている人も居れば、スマホを見て完全無視している人も居る。

「翼生えて、空飛べるの」

 それ宇宙人か? 隣の席に居る関係で隣の会話が聞こえてくるが、聞いていると悟られるわけにもいかない彼は読んでもいない本を広げながら思う。彼女の友人たちも一人は無視しちゃ悪いなという善意からずっと愛想笑いを浮かべて相槌を打っているが、残りの二人はほとんど無視である。

 端から見るとやや冷たい反応のように見えなくもないが、まぁ無理も無いだろう。

 朝からずっと、彼女の変な発言に付き合わされているのだから。飽きてきた、というのが正直なところなのだろう。

 彼女の奇抜な発言は朝から始まっていた。

 ガラガラガラ~、とドアを開けて教室に入って来るなり教壇の前に立ち、『おはよう諸君!』と挨拶した後、『今日の授業は全部自習だそうだよ!』と高らかに宣言した後、タイミング悪く入って来た教師に『遅刻した挙句人の授業を勝手に自習にするな』と頭を叩かれていた。

 次の授業では、出席確認で名前を呼ばれた際、『欠席です!』と返事をしていた。いや、居るじゃん、と彼なんかは思ったが、教師は欠席のくせに返事をした彼女の方をじーっと3秒ほど見つめた後、『欠席なのな? 了解』と言って本当に欠席にしようとしたため、『嘘です! 嘘です! ごめんなさいっ!! 私ここに居ますっ!!』と慌てて謝っていた。

 その次の授業では、宿題を集める際、『私宿題やってきましたっ!』と言いつつ宿題を出さない彼女に対し、教師が『宿題は?』と聞くと、『えっと……、本当はやってませんっ!!』と自白。教師は有無を言わさず『廊下に立ってろ』と命令。廊下へと向かう道すがら彼女は『え~ん、今日はエイプリルフールなのに~』と教師に向かって文句を言うが、教師は『嘘を吐いた罰で立たすんじゃねー。宿題やってない罰で立たせるんだ』と反論。『え~ん、体罰だ~』と彼女は泣き真似をしながら廊下へと出て行った。

 全員、廊下に立たされる彼女を教室から見ながら、朝からの彼女の奇行をこのタイミングでやっと理解した。

 そう。今日はエイプリルフールなのである。それで彼女はずっと嘘を吐いている、ということなのだろう。

 そんな感じで、彼女は朝から今の昼休みに至るまで、ずーっと変な発言を続けている。それを聞かされ続けている友人たちの反応が鈍くなってきても責められまい。明らかに聞いていないのも居るとはいえ、文句を言わないだけまだ優しいかもしれない。

「ねーねー」

 友人たちのリアクションが薄くなってきたためか、新鮮なリアクションを求めるため標的変更と言わんばかりに彼女は隣の席の彼に話し掛けてきた。いや、本読んでいるの見えません?(読んでないが)とは思いつつ、話し掛けられたので本を閉じて彼が彼女の方を見ると、彼女は自分の胸を触ってみせ、

「私、実はFカップなんだ」

「………………」

 固まる彼。いやらしい意味でなく、強調された胸をじっと見つめる。いや、明らかに無いだろ、と彼は思ったのだが、下手にツッコむとセクハラか? と彼が返事に困って固まっていると、

「もー、ちゃんとツッコんでよねーっ!」

 プンプンとご立腹の彼女。いや、だったらもうちょっと男性もツッコミやすいこと言ってくれ、と彼は思った。

 欲しかったツッコミは貰えなかった彼女であるが、まだ遊び足りないとばかりに彼の席にとどまり次のエイプリルフールネタを探している様子の彼女。ちょっと目を離した隙にそんな蛮行に走っている彼女を見た友人たちは一斉に立ち上がると、

「ちょっ、ちょっとお前こっち来い」

「うちの者が失礼しました~」

「悪気は無いんですよ、悪気は」

 一人が後ろから彼女を羽交い絞め。もう二人が彼に頭を下げながら彼女を彼から引きはがしていく。羽交い絞めされている彼女はなおも抵抗し、

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、何だよー? まだ話してる途中なんだぞー?」

「あー、はいはい。アタシたちが付き合ってやるから、よそ様に迷惑かけるな」

「そうそう。堅気に迷惑かけない」

「被害者増やしちゃダメですよー?」

「何だその言い方っ!? 私が堅気じゃなくて善良な市民を困らせてるみたいじゃないかっ!!」

「「「うん」」」

「ちょいっ!?」

 彼としては新発見である。どうやら彼女は堅気ではなかったらしい。友人たち三人がかりで捕縛されどこかへと連行されていった。

 彼は連行されていく彼女を見送りながら、別にもうちょっと話してても良かったんだけどな、とは言えず、読みもしない本を再度開くことにした。



 放課後。ようやく長い一日が終わり、掃除当番でもない彼はさっさと帰ろうと席を立ち、教室のドアへと向かっていたところ、ドーン! と背後から突撃を受けた。ぶつかって来た衝撃自体は結構大きかったが、ぶつかってきたもの自体は何か柔らかいもので痛みは無かった。とはいえ、背後からの突然の襲撃に彼がよろめいていると、

「ぎゃーっ!!」

 と、ぶつかってきた方が悲鳴を上げた。何と理不尽な話であろうか。どこ突っ立ってんのよっ! と罵声が飛んでくるものかと彼は危惧したが、ぶつかってきた彼女は慌てた様子で彼の前に出て謝って来る。

「ごめん! ごめん! ごめん! わざとでは決してなくっ!」

 そんな謝らんでも、と彼は思ったが、彼女が手に持っている物を見てちょっと固まった。ぶつかってきた柔らかい感触はこれか、と彼は彼女が手に持っている黒板消しを見つめる。どうやら掃除をしようと教室の外へと持ち出そうとしたところ、彼の背中へと突っ込んだらしい。

 あれ? って、ことは、背中酷いことになってね? と彼が制服を脱いで背中を確認しようとすると、

「ああっ! 私めに叩かせてくださいっ!!」

 彼が手に持った制服の背中を確認する前に彼女に横からかっさわれ、そのまま彼女は窓際まで移動すると、人の制服だということをいいことにバッサ! バッサ! と豪快に窓の外の壁に叩き付け始める。もうちょっと丁寧に扱えませんか? というのが彼の本音だが、まぁ一生懸命汚れを落とそうとしてくれているのだろう、と好意的に受け取ることにした。



 彼女に綺麗にしてもらった(痛めつけられた?)制服を羽織り、少し帰る前にトラブルはあったものの、彼は無事に駅へと辿り着いた。

 駅構内は普段では考えられないくらいに空いている。それもそのハズで、他所の学校は今絶賛春休み中。彼と同年代の生徒たちは受験前最後の春休み、ということもあり、新学期になったら頑張ると自由を謳歌しているか、既に受験戦争を見据えて準備しているかのどちらかだろう。

 彼の学校にも『春休み』という制度が無いわけではないが、彼の学校は自主的に補講を設けており、今日彼はそれに参加していた。受験前、ということもあり、今までの内容を総復習しよう、みたいな企画である。

 強制参加ではないため、塾に行っている者や普通に遊びたい者などは参加していない。彼も本音を言えば遊びたいわけだが、塾に行ってない身としては総復習の場を無償で設けてくれるのはありがたくもあるため、自主的に参加している。

 受験勉強が本格的に始まりそうな空気を感じ、彼の中で軽めの現実逃避が始まっているのか、一年前は気にも留めなかった駅から見える桜を見て、あー、花見したいなー、なんて今まで思ったこともないようなことを思い、電車を待つ間手持ち無沙汰で手を制服のポケットへとしまうと、

「ん?」

 何かが手に触れた。何だ? 何か入れてたっけな? とポケットから取り出して確認してみると、ノートの切れ端らしきものが二つ折りになって入っていた。

 ゴミ? とさえ一瞬思ったが、二つ折りになっている、というのがちょっと気になり、クシャッ! と手で丸める前に一応開いて確認してみると、

『屋上で待ってます』

 という、綺麗、とはちょっと言いづらい字で書いてあった。というのも、ちょっと急いで書いたらしいことが伺える、殴り書き一歩手前という感じの字体になっていた。

 いつから入っていたんだろう? と彼は自分の記憶を漁ってみる。自慢では無いが、自分の制服のポケットなど頻繁に確認はしない。いつから入っていたのかが分からないと、いつ待っていてくれたのかも分からない。

 が、ふと彼は思い出す。制服のポケットをひっくり返してまで中身を確認したことは無いが、ポケットに手を突っ込むこと自体はある。今朝も同様に駅でポケットに手を突っ込んだりしたハズだ。その時、こんな紙は入っていなかった。だからこれは今日、どこかで入れられた紙だ。待っているのも今日、ということになる。

 いつ、どこで入れられた? 小さい紙とはいえ、ずっと身に着けている制服のポケットに滑り込ませるとなると、大分近くに近付かなければ無理だろう。それであれば気付きそうなものだが、と彼は考えたが、

「あ……」

 一個。それかどうかは分からないが、思い当たる節がある。彼は今日、一度だけ制服を脱ぎ、自分の手元から離したことがある。

 まさか……、彼は慌てて駅の改札へと向かった。



 いつまで待ってくれているのかも分からないから彼は走って学校の屋上へと戻った。よくよく思い返すと、『学校の』という指定も無かったわけなのだが、まぁきっと学校だろうと学校の屋上へと向かった。というか、それ以外の場所を指定されては辿り着きようがない。

 彼が屋上のドアを開けると、予想通りの人物がそこには居た。どれくらいの時間待ってくれていたのかは分からないが、校内の人気の無さを見た限りでは、掃除が終わってから人が居なくなるまでの間、結構な時間待ってくれていたものと思われる。

 ずっと立っていたのか、気分転換に立っていたのか分からないが、彼女は屋上のドアを見つめる形で立っていた。自然と、屋上に入って来た彼と目が合う。

 彼女は彼を見るとニコッと笑い、挨拶でもするかのような気軽さで、

「好きです」

 サラッとそう言い放った。予想していなかった、とまでは彼も言わないが、それでもあまりにフランクに言われたもので、彼は拍子抜けしたように固まる。彼が彼女の発言で固まるのは今日二度目だ。

「ねぇ? 知ってる?」

 固まっている彼の元へ彼女は一歩ずつゆっくりと近付く。そして、手が触れるほどの距離に近付いてから、

「今日、エイプリルフールだよ?」

 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

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