16.狐ノ面

 センスのない人間がいくら努力したとてそれは育つものではない。


 増えるのは知識だけ。生まれ持ったセンスには到底敵わないし、再現する技術があっても再現するものがなければ意味がない。


 それは物心ついた時には理解していた。





 圧倒的体術センスを持った火光、大人よりも上手く立ち回る水月、言われてやったら大抵はできる炎夏、どっかの一級よりも遥か強い妖心術を使う玄智。



 知っているか。神々の次期当主は火光と言われていたのを。

 知っているか。神々唯一の女児は落ちこぼれだと言われていたのを。



 勉強から逃げ出し、当主教育から逃げ出し、好き勝手遊び回ってばかり。

 なけなしの取り柄は顔とその妖力量。しかし遊べば顔に傷を作り、妖心術はてんで駄目。唯一まともに作れる妖心ですら、人の言葉を話さぬ狐。



 歳を重ねるごとに消える笑み、背丈が伸びる度に失われる人間らしさ、日が経つにつれ忘れていくあの頃の無邪気さ。




 人は勝手だ。

 何もできなければ落ちこぼれ、なんでもできれば可愛げがない、全て平均なら凡人。

 ちょっと上にしてみても、天才になりきれない可哀想な子だと。

 少し下げてみれば平均にもいけない出来損ないだと。



 でも笑って愛想を振りまいて、勉強も仕事も性格も趣味も生活も、全て完璧にこなせば人は彼女こそ天才だと言う。



 その仮面の下が、どれほど醜いかなど疑いもせず。









 突然襲ってきた狐の面の少女の肩に刀を突き刺し、少し上がった息を整えた。



 仰向けのまま地面と固定された少女は痛いともがき、月火はその腹を蹴り飛ばす。



「おとなしくしてろ。なんでいきなり襲ってきた」



 炎夏も玄智も水虎も火光も水月も火音も全員気絶している。

 月火のサポートに回っていた玄智と水月は心拍音が弱り始めている。こいつを殺してでもさっさと済ませたい。



「きょ、共鳴を……!」

「あ? なんだそれ」

「共鳴しないと帰れないんだよ……!」



 刀の刃を掴むと無理やり引き抜いて下がった相手に警戒し、月火も少し下がった。と同時に肩を誰かに掴まれ、ハッと見上げると至極不機嫌そうな火音に刀、妖楼紫刀を渡された。



「さっさと済ませるぞ。火光が弱ってる」

「それより玄智さんがヤバいんですが」

「どうでもいい」




 二人で背を合わせ、月火は刀の先を狐に向けた。



「耳落として殺す」

「好きにしろ」


 こいつストレス溜まると仮面割れるな。





 二人で狐一匹を殺す勢いで戦うが、全くと言っていいほど歯が立たない。型を決める前に崩されるし崩さないと殺されかける状況に落とされる。



 これは非常にまずい状態。



 なんとか火音が押さえ、月火はたぶん折れている肩を片腕で押しながら無理やり刀を振った。



──妖刀術 日音月光ヒオンゲッコウ──


「無駄」


──妖刀術 日音月光──


──妖刀術 流虎風楼リュウコフウロウ──


──妖刀術 流虎風楼──



 二人とも同じ技でぶつかり、折れた肩とアキレス腱の切れた足では受け止めきれずに弾き飛ばされた。






 数秒か数時間か、気絶からハッと目が覚めると少し汗をかいて妙に色っぽくなっている火音の顔が見えた。



 全身が熱く、耳に膜が張ったような感覚に陥り、自分の鼓動、火音の血の流れる音、皆の息の上がる声や足音が嫌というほど耳についた。



 とりあえず火音の顔を押し返し、体を起こす。

 たぶん四十度近い熱が出ているんだろうが、にしても心地良い。体がまるで疲れていない。これならいけるかも。




「火音さんもやります?」

「お前一人じゃさっきの二の舞になる」

「私今絶好調ですよ」

「奇遇だな。俺も」



 刀を持って笑った二人の背後から妖心だろう。異常なほど殺気を放った気配が現れ、座って休憩していた狐の子供はビクッと体を震わせた。




 月火は刀を抜き、火音は抜刀で構えて不敵に笑う。



「合わせる」

「どうも」





 天才に相応しい動きと才能で子供を圧巻する二人を眺め、無意識に溜め息をついた。



 昔から神々兄妹に負けないよう動けた体だけを死ぬ気で鍛えてきたが、それでも二人には敵わない。


 主戦力として身を削りながら近場を素早く動く月火、援護として遠距離で近距離と同じ速さで動く水月。

 加え妖心術、体術、剣術、武術全てを完璧にこなす火音ときた。


 神々の実子とされていても養子縁組だと言うことは全員知っている。


 三人ともが火光を守るため一級のまま、火光だけを特級に上げ蔑む皆から自分を守ってくれている。それが情けなくて恥ずかしくて、死ぬ気で努力したがやはり違う人間だ。同じ血のはずの火音には追い付けず、同じ環境で育ったはずの二人には守られ、生徒にはいつも越されそうになる。





 駄目だな、負けるといつも通りブルーな思考になる。




 額を抑え、また溜め息をついていると晦が走ってきた。



「火光先生……!」

「……隠れてた方がいいよ」

「それより手当しないと!」

「それよりって……」

「早くこっちに!」



 唯一まともに動ける火光は晦に引っ張られ、綾奈や他の医療コース生がそっぽ向いたので他の妖輩が守る救急場所で上半身の服を脱いだ。



 どうやら右腹がえぐれていたらしい。晦はこれを心配してたのか。




 火光の背中は傷だらけだ。これは二年前のあの事件の傷もあるが、多くは幼い頃の虐待の傷が治っていない。


 だいぶん薄くなった方だがそれでも同じところに何度も受けているため完全には消えない。

 左の腰にはタバコの火傷跡が何重にも重なっているし右肩はアザが消えない。



 自分ではほとんど見えないしなんなら記憶がまともにないので全く気にしていないが、人に見せて気分のいいものでもないだろうし水月と晦にしか見せていない。

 水月はもう慣れたと言い、晦は手当の都合上仕方なく。



「腕上げてください」

「ねむ……」

「寝るのは後です」

「分かってんだけどさぁ」

「気抜きすぎないでください。特級ですよ特級」

「僕も特級だし」



 基本的に同じ級の怪異を二人以下、または一つ下の級の怪異三体を一人で余裕で倒せるぐらいの実力がないとその級にはなれない。が、特級に関しては三十分以内に一級十体無傷でとか当たり前のように言われる。


 ただ強いだけの一体なんて苦でもない。



 ただ、今回は殺せないし重傷も駄目と言われたので手こずっただけ。






「火光」



 火音に呼ばれ、ハッとして振り返ると失神した月火を片腕で抱き上げもう片手には刀を二本持った火音が立っていた。


 晦は火光の肩にジャージをかけると綾奈と手伝いを呼び、左肩を脱臼して出血性ショックを起こしかけている月火の治療に当らせた。




 同じく重傷で首や足が削れるように切れている火音を晦が手当しようとするが、火音は黒狐を撫でるとふらっとどこかへ行ってしまった。



 火光はくわえた狐の面の子供を食べようとする黒狐から子供を離し、手足を罪人縛りにすると月火の元へ戻った。











 吐きそうな感覚に襲われて目を覚まし、回復体位を解くと直後嘔吐で血が混ざった何かを吐き出した。

 何も食べてないので胃液か何か。



 火光に肩をさすられ、まだ気持ち悪い口を押えて亀のように丸まった。


 火光が解かれた髪をまとめて吐瀉物に付かないようにまとめてくれる。




 五分ほどして吐き気が少し収まり、ふっと顔を上げると火光から火音に変わっていた。いや、元から火音だったのかも。入れ替わった気配はなかったし。



「なんだよその嫌そうな顔は」

「別に……」

「文句があるなら言ってみろ」

「晦先生が良かったです」

「俺に言うなよ」



 誰も火光を手当する晦達に近付かないのに、声かけられるわけないだろ。



「私的にはぜひ声をかけて雰囲気をぶち壊してもらいたかったんですが」

「嘘だろ……」

「これ以上唯一居心地のいい学園を住みにくい場所にしないでください」



 兄に兄に兄の兄に兄の彼女に。気使わないわけない。



「まぁ仕事の関係だけだろうしそんな気使うこともないか」

「火音さん酔ってます?」

「一口も飲んでねぇ」

「おかしいですよ。全体的に」

「……ちょっと気が上がってるのはある」



 肩に違和感があるのか肩を回す月火を向こうへ向かせ、腕を後ろに引っ張った。


 バキッという音とともに月火が絶句して肩を抑える。



「治ったろ」

「悪化したんですが……!?」

「そのうち治るって」

「ねぇ……!?」



 月火は火音を睨み、テンションが上がっている火音はけらけらと笑った。


 月火は不機嫌そうな顔でムスッとして肩をさする。



「……そんな顔するなよ」

「誰のせいだと……」

「治ったって」

「痛いんですが」

「肩の違和感はなくなったろ。脱臼がハマりきってなかった」

「脱臼……」




 肩を押えながら睨んでくる月火に文句あるかと言うように睨み返すと、ふと月火が顔を上に向けた。


 いきなり首を絞められ、後ろにバランスを崩しかける。



「か、火光……」

「いい雰囲気じゃない火音。僕の妹に自分の生徒に手出そうってか」

「いや、興味ないし……」

「あ?」

「よしよし」



 輪に外れて寂しかったのか撫でられるとおとなしくなった火光は傍に座り、火音は火光をこれでもかというほど愛でる。


 それに興味が尽きたのか、月火はさっさといなくなった。

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