17.水神の男

 きっと、極度のストレスだと思う。


 咳き込み、痰が絡む喉を潤わせるためのど飴を舐めた。




 火音も火光も戦闘状態から抜けるとぶっ倒れ、水月と玄智は搬送。まともに動けるのは月火と炎夏。それに稜稀と水哉だけ。




 そしてその中の月火が体温三十九度六分の体調不良。なんなんだろうな。




 とりあえず妖力枯渇で神通力は使えないのでメイクで顔色を隠し、九尾を支えに頭痛と吐き気と耳鳴りのする体のまま台所に向かった。




 稜稀は火光に付きっきりなので台所には炎夏がいて、慣れた手つきでお粥を作っている。



「あ、おはよ。……お前大丈夫かよ」

「ちょっ、と……調子悪いだけ……」

「ちょっとじゃねぇし……!」


 駆け寄って支えてくれた炎夏に寄りかかり、額に手を当てられた。



「うわッ熱ッ! 休んどけよ……!」

「火音さんの……つくらないと……」

「あぁ……! それ作ったら休めよ!?」

「……頑張る」





 炎夏と並んで火音や皆の食事を作り始め、月火は炎夏に色々と指示を貰いながらなんとかお粥を煮込むところまでできた。



 壁に背を付けしゃがみこみ、何度か咳き込む。



「無理しすぎだって……」

「……他は体調はいいんだよね」

「お前よりは。誰も熱出してねぇし……」


 ならいいのだが。










 しばらくして、月火を火音の部屋に置いて戻った炎夏が台所であくびをしていると襖が開いた。


 ケロッとした様子の火光が顔を出す。



「炎夏、僕学園帰るけど……月火は?」

「火音様のとこ」

「見に行こ」

「えー……」




 炎夏に引きずられた炎夏が火音の部屋に行くと、火音の話し声が聞こえてきた。



「寝ろよ」

「見て招待」

「お前芸能人じゃねぇじゃん……!」

「正式なメディア出演はしてないはずなんですけどねぇ」

「普通にニュースに使われてんのに」

「私生活撮られてますし」

「水月は度々炎上してんの知ってるけど」

「自分の行いで会社のイメージが落ちることを自覚して頂きたいんですが。まぁ裁判になってないのはいいんですが……」

「んなことより寝ろよ……」

「宣伝ついでに出ようかなー」



 二人が細く開けた襖から中を覗くと、火音が寝ていた布団に月火が入り、火音は月火のすぐ側でパソコンを叩いている。



 月火はうつ伏せでスマホをいじり、火音はそれを見下ろしている状態。



「馬鹿になってる状態で選んだら後々後悔する」

「重みのある言葉」

「俺が失敗したみたいに言うなよ」

「失礼。はたから見たら後悔がすごそうで」



 月火の頬を引きちぎらんばかりにつねる火音と妙に元気な月火はあーだこーだ言い合い、言い合っているうちに火音が火光の視線に気付いた。


 月火を乗り上げて襖を開けようとした火音を月火が止めて元の場所に押し返す。



「何の用ですか」

「楽しそうだなぁと思って」

「火光学園に帰るって」

「あまり動きすぎると晦先生に怒られますよ。さようなら」

「心配するか突き放すかのどっちかにしてやれよツンデレ」

「どうぞ学園の歯車に戻ってくださいさようなら」



 いらんことを言う炎夏の頭を押え、火光はもっと引き止めてと視線で訴えたが月火は背を向け、布団を顔半分まで被ってしまった。



「……ついでに玄智と水月の様子も見てくるよ。月火は……」

「部屋帰って休めよ。また稜稀様に怒られるぞ。人の布団取って」

「……炎夏さん適当に足止めしてくださいよ」

「やだよ怖ぇもん」

「大丈夫ですよ水明さんよりまだマシです」

「人の顔色伺って生きてんならおとなしく動け」

「じゃあ手伝ってください」




 さっきより熱が上がっている気がする月火を布団から出し、立ち上がったところで足を救って横抱きにした。


 火光は目を丸くし、火音はパソコンでそれをこっそり撮る。



「じゃ、俺こいつの体調戻ってから学園帰るから」

「青春だねぇ?」

「黙れシスコン」















 夏休みが明け、無事に目が覚めた玄智も揃って月火のいない始業式を済ませた。



「先生、月火は?」

「仕事が舞い込んで火音と水虎と食堂でパソコンにかじりついてるよ。水明も必死」

「僕の方に回したらもっと楽になるって言ってるのにさ」



 いつも通り現れた水月は右耳に補聴器を付け、こちらを見た皆に手を振った。



 戦いで右耳の鼓膜が破れ、後遺症でしばらく難聴が残るため補聴器を付けている。



「水月は会社の方任されたんでしょ」

「まーね? 二人とも、家督継いだら月火みたいになるからちゃんと勉強しとくんだよ」

「はぁい……」



 水月は窓辺に座ると火光に何かを投げた。


 火光はそれを受け止めると確認して、微かに目を細める。



「なんで僕」

「火神も水神も当主が血筋から外れたから月火が全部持ってる。火音の学園側は麗蘭りらと火光と晦、水虎の事業は社員にやらせて御三家仕事組の負担を少しでも軽くしようって話」

「母さんにやらせたらいいじゃん。僕どこの血筋でもないのに」

「月火が前当主に頼れると思う? 火音は火光の仕事まで抱えてるし水虎は水明の仕事まで抱えてる。火光のこっちはしばらく僕になるからいらないの」



 いつの間にか取られていた仕事データのUSBを見せられ、火光は顔をしかめた。



「まぁた激務に戻れと」

「本来一家十人単位でやる仕事を三、四人でカバーしてんだよ。加えて会社三つに学園高等部の主軸と双葉姉妹の仕事、今回の事件の処理。追い付くわけない」

「分かったから怒んないでよ」


 最後まで寝てたん誰だよ。


「悪かったな寝てて。起きてたくせに動かなかったどっかの誰かとは違って内臓潰れたままやってたんだよ」


 おっと心の声が。



 半ギレの水月にハイハイと返事をして、水月に渡されたカードをポケットに入れた。



「あぁあと僕しばらくいないから」

「は? どこ行く気」

「まー友達とデートかな? いーでしょ。じゃーねー!」

「死ねクソがッ!」



 逃げていく水月に向かって本気で怒鳴った火光に肩を震わせ、親の愚行に頭を抱えていた炎夏と玄智は顔を上げた。


 結月もおろおろして、火光は溜め息をつく。



「……ごめん三人とも、三年の教室行って晦に見てもらって。火音のところ行って月火に水月の醜態吹き込んでくる」

「先生目的が変わってる」

「……癒しが欲しい」



 兄弟揃ってメンタル豆腐の病みかけ火光はふらっと消えていき、三人は仕方なく三年の教室に向かった。










 パソコンにかじりついていた火音がハッと顔を上げ、水虎もそれに釣られて顔を上げた。



「火光が来る気がする」

「野生の勘……」

「あ?」

「すみません」

「ブラコンの勘と言った方があってますね。来ますよ」



 飛んできた火光は月火の隣に座っていた火音と水虎を押し退け月火に抱き着いた。



「あー腹立つ!」

「うるさッ……」

「クソ水月死ね!」

「見てください火音さん可愛い弟が怒ってますよ。貴重な怒り顔あげます」



 月火は火音に火光を押し付けると別の席に移っていった。



 火音に用事はない火光は立ち上がると月火を追い掛ける。



「……被害者誰だと思う?」

「殺害予告された水月様」

「火光が怒んのは水月がやらかしたからに決まってるだろ。被害者は俺」

「そうですか。葬式に出る暇はありませんよ」

「絶対やらせん……」


 八割女になって終わり。




 死んだ目で仕事に戻る二人を周囲が心配そうな顔で通り過ぎていると、その中に一人立ち止まる人がいた。



「こーゆー事してると癒しが欲しいよねぇ」


 二人して驚いた顔で見上げると、机と通り道を区切る垣に肘を突いた人物が一人。



 火音の顔がみるみるうちに無表情に戻っていき、逆に水虎は目を輝かせた。



「兄さん……!」

「出た不老不死」

「表情が増えたとは聞きましたがまさか失礼まで増えたとは」

「兄さん、癒しとは?」



 この水月と似た雰囲気を持つ四十路の男性、御三家の中では月火より切れる頭を持つ男。

 ちなみに武術の天才の水神を継ぐ予定だっただけあって調子がいい時は月火と火音が同時にかかっても軽くあしらわれる。


 唯一、虚弱体質を除けば確実に水神を継ぐに相応しい男。なお独身。



「ほら」


 水明のスマホには甥っ子炎夏の名前と、見せた途端すぐに画面が変わった。



『水明様! 体調大丈夫ですか!?』

「今日は絶好調だよ。食堂にいるから……」

『行く!』

『炎夏僕も』

『十秒で行く!』


 んな無茶な。


 高等部三年から食堂は三階離れてかつ棟も違うのにと思って、適当に返事をして切ると突然月火が小雨が降るのも気にせず窓を開けた。


 瞬間、玄智が飛び込んできてその首根っこを掴んだ炎夏が入ってくる。



 そう来たかとびっくりするのもすぐに、二人が着地した途端月火が二人の顔面に回し蹴りをした。



「食事処に飛び込まないでください」

「じゃあ開けんなよ……!」

「ぶつかるのも見たかったんですが蹴り破られると面倒かつ万が一破片が刺さると貴方の伯父様たちに殺されかねませんので。破片が誰かの食事に入るのも困りますし」

「蹴り破る前提で進めんなよなァ!?」

「え、だって玄智さん足から突っ込んで来ましたよ?」

「おい女」

「すみませんすみませんすみません」


 玄智は炎夏の攻撃に頭を抱え、炎夏は玄智の上に座った。



「仕事どお?」

「ある程度は。明日には戻れそうです」

「ねー次空いたら教えてよ。それまでは炎夏と結月と行っとくから」

「どうぞお好きに。また連絡します」

「えんかー!」



 大きく呼んできた声に反応した炎夏はそのまま走ると水虎に飛び付いた。


 水虎が炎夏を堪能する間、水明は火音に目を向ける。



「火音様はこの席は大丈夫なんですか?」

「ここでやるためだけに朝からなんも食ってない」

「吐き癖は相変わらずですか。お師匠様に心配されますよ」

「炎夏」

「ん?」

「お前の保護者ろくでなしだからお前がまとまに育つように課題増やしてやる。喜べ」

「は?」



 火音は荷物をまとめると席を立ち、炎夏は水明を見上げた。水明は頭を抱える。



「ちょっと火音さんどこ行くんですか」

「お前の部屋」

「でしょうね」

「お腹空いた。なんか作れ」

「作る前に人に物を頼む時の頼み方を教えてあげます」

「頭でも付けてやろうか」

「どうぞ? 頭蓋骨踏み割ってあげます」

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