15.イノシシ

 先に屋敷に帰り、あくびをしながら部屋に入った。

 パソコンで火光から回された仕事を始める。


 炎夏から火光の写真が送られてくるのでやる気は十分。





 寝ようかなぁと考えながら、寝て起きなかったら月火に写真を撮られそうで怖いと思いながら仕事を進めていると、いきなりスマホに電話がかかってきた。なんだと思えば、びっくりもう七時前。




「火音」

『火神さん、海の家水族館前に特級です』

「神々兄妹は?」

『全員にかけています。一般人が多いので』



 火光にかけてんなら火音は別にいいだろうよ。人の多いところに行くと足でまといになるというのに。



「断っていい?」

『罰則を下すのは人事統括部長なのでお好きにどうぞ』

「嫌味」




 通話を切り、ジャージの上からパーカーを羽織って外に出るといつの間にか月火たちは帰ってきていたらしい。玄関前で出くわした。


 一年三人が刀を一本ずつ。




「兄妹でじゃないんだ」

「兄さんたちが微塵も興味のないことを教えられると思いますか」

「それもそうか」

「ねぇちょっと酷い」


 膨れっ面になる火光の頭を火音が撫で、月火は小さく悪態をつきながら扉に手を掛けた。



 靴を履くのに苦戦している玄智に手を貸している間に稜稀が走ってくる。



「月火!」

「……何か」



 月火の雰囲気に少し圧が出て、ようやく靴を履けた玄智は代わりに扉を開けた。


 何を思うのか微かに目を細めた稜稀は小さく息を吸う。



「……気を付けて」

「当主に言う言葉じゃないでしょう」


 反抗期め。




 火音は月火の背を押して玄関を出て、月火は屋敷の前で玄智から刀を貰った。


「最速で」

「はーい」


 玄智の炎夏の返事を聞くと、月火は黒狐を出し風にさらわれるように消えた。



 残りの五人は赤城がいないので皆で同じ車に。



 助手席に水月、中列に火光、玄智、炎夏、後列に火音。


 気分の悪い火音は不機嫌、一年ペアは上機嫌。




「さてどうする」

「僕なんでも。悪くないよ」

「んじゃいつもので。水虎すいこ様は合わせてくれるし」

「僕回っとけばいい?」

「うん」

「もしかして君ら僕らの出番取ろうとしてる?」

「生徒成長の場を教師が取るなよ」



 二人はシートベルトを外し、火光は仕方なさそうに扉を開けた。



「直線一キロ。インフラ破壊はしないように」

「じゃ」



 炎夏と玄智は火光の前を通って出ていき、妖力で強化した身体能力を使いショートカットして行った。







 瞬く間に目的地に着いた月火は小さくなって擦り寄ってくる黒狐を撫で、既に到着していた水虎に声を掛ける。


 炎夏と似た容姿に、少しながら水月ともどこか面影の重なるこの男。まぁ御三家は全てどこかしらで血が繋がっているので仕方ないのかもしれないが。



 ちなみに一番最近で曾祖母の母、高祖母。双子の妹が水神に嫁いだ。



「水虎さん」

「……月火様。お疲れ様です」

「お疲れ様です。水虎さんが一級に上がったらここで遭遇もないんでしょうが」

「優先順位的に甥と兄と仕事と義兄で手一杯です。姉と怪異はどうでもいいとはなんですが私がやらなくてもどうにかなるかどうにもならないことなので」




 炎夏、生まれて三ヶ月、四ヶ月にならないほどで親のタバコ、アルコール依存とネグレクトで育児放棄されている。

 元々兄の暒夏せいかを張り切りすぎた反動で幼児期まで育てられず、リベンジと言うように炎夏を産んだが結果育児放棄、虐待まがいな体罰。


 伯父の水明すいめいと弟の水虎が二人を引き取り、二人で暒夏と炎夏をめちゃくちゃに甘やかして育てた。

 それでも弟がしっかり者なのでどろどろに甘やかす兄諸共ちゃんとしつけたが。



 優れた身体能力を受け継ぐ水神、炎夏も例外ではない。言ってしまえば妖力強化なしの月火を運動神経的には上回る。月火は強化を消すことがないので勝つことはないが。


 武術の天才と唄われる炎夏を育てたのは水虎だ。病弱な兄に運動音痴な暒夏を預け、炎夏を優先的に育てた。



 水明と月火には生粋のカリスマ性が、水月と水虎には天才的な補佐能力が、水虎と火光は教育能力が抜きん出ている。

 まぁ、つまりは旧水神兄弟はすごいってこと。




「水虎さんにはこっちやってもらおうと思って」

「……懐かしいものを持ってきましたね。紫水様の」

「面識ありですか」

「炎夏を連れて行った時によく話しました。月火様は妖楼紫刀ようろうのしとうを使うから炎夏に紅陽秘刀太こうようひとうたを使わせろ、と。子供の頃にもよく稽古をつけてもらっていましたよ」

「……私はあまり覚えていませんが」

「容姿で言えば稜稀様や花蓮かれん様より似ています。……目は蒼でもう少し背は高かったですが」

「刺しますよ」

「すみません」



 水虎は大太刀を受け取り、月火の頭に手を置いた。



「誰よりも月火様のことを可愛がっておられましたよ。とてもよく笑う方で……月火様が花蓮様や紫水様に育てられていたらそれはもう生き写しのようになったでしょうね」

「目の色が違う時点で無理ですね。妖楼紫刀は炎夏さんに使わせるので水虎様はそれでお願いします」

「え私避難誘導係で呼ばれたのですが?」



 月火は薄く笑いながら水虎の手を払い、唯一結べていた妖楼紫刀の縄を解いた。



 その時ちょうど、ビルの屋根の上から炎夏と玄智が飛び降りてきた。

 最短ルート、低層ビルや家のみの直線上まで車で行きそこから屋根を渡っての移動。

 兄らは置いてきたか。



「炎夏さんはこれどうぞ」

「死ぬんだが」

「大丈夫ですよ。どうせ死ぬなら殺されて死にますから」

「月火が傍にいるし大丈夫なんじゃない。水虎さん久しぶり〜」

「お久しぶりです」

「水虎様も?」

「いや……」

「共闘楽しみですか」

「夢の一個でもある」

「強欲ですね」



 玄智は月火と炎夏の間に立ち、月火は刀を抜いた。

 炎夏は暑くて開けていたパーカーの前を締め、気合いを入れる。




 相手は特級、イノシシのような見た目だが遥かに大きい。なんだろう、某国民的作品の呪いを受けたイノシシに見える。

 そう思ったらそうとしか見えなくなってきたぞ。



「撮れたら絶対映えるのに」

「それじゃいつも通りに」

「守れよ当主サマ」

「守られろよ下っ端」



 月火と炎夏が飛び出すと同時に玄智が飛び下がり、体の前で両手を合わせた。



──妖心術 遊勇鈴歌ユウユウリンカ──

──妖心術 雨ノ突童アメノツドウ──


──抜刀術 抜刀──


──妖刀術 流狐風楼リュウコフウロウ──



 玄智の人魚の歌で体が軽くなり、妖力強化した筋力で炎夏は抜刀、月火は通り切るよう刀を振った。


 軽く触れるだけで盗っ人の胴など軽く切断する妖楼紫刀でも切断できず、しかし全く刃がない白黒魅刀でも切れた。




 怪異の上を一回転して玄智を頂点に怪異を中心において二等辺三角形の位置を保つ。



 対角線上に移動しながら切り刻むが、全くと言っていいほど刃が通っていない。



「ねぇ水虎、僕の生徒強くない?」

「甥がかっこいい」

「妹可愛い」

「馬鹿言ってないでさっさと終わらせろ」



 到着した大人組を火音が一蹴し、三人は火音を睨んだ。水月以外、火音の睨みにふいっと顔を逸らす。



「水虎、やるんでしょ」

「火音様に渡せと」

「あいつがんなこと言うかな。炎夏が共闘楽しみにしてたのに」

「……事実です」

「じゃ、炎夏の凹む顔でも拝んでろ」



 笑って手を差し出した火音から一歩離れ、火音はそれを鼻で笑った。


 水虎は体を返した瞬間抜刀で構え、二人が離れた瞬間にイノシシの体を一刀両断にする。



「おぉさすが!」

「相変わらずですね」



 分厚い皮が破れたらこっちのもんだ。


 二人でイノシシの断面から刃を入れ、月火は頭を切り刻んだ。



──妖刀術 紫陽花百貫アジサイヒャッカン──



 炎夏が地面に伏せると同時に後ろ側にも歯を回し、両断された前後の肉を切り刻んだ。



 玄智がその肉を消し去り、炎夏は立ち上がる。



「……終わり?」

「特級と言うのでもうちょっと時間かかると思っていましたが」

「水虎様の手玉だな」

「玄智さんの妖心術なしであればさすがですね」

「私から推薦送りますかね」



 玄智も飛び降りてきて、月火と炎夏の間に割って入った。


 炎夏はその頭を撫でるついでに身長が潰れるよう上から体重をかける。



「月火、あとで水虎様の写真送ってあげる」

「どうも」

「俺もちょうだい」

「いやー!」



 げらげらと笑う玄智と本気の炎夏が遊んでいると、その首根っこを月火が掴んだ。

 危うく刀が刺さるところだった玄智は冷や汗を流す。



「ねぇ……」

「下がってください。死にますよ」

「こっちで死にかけた」

「ご愁傷さま」





 全員が中心から離れ、中心に立つその少女は狐の白い面を押さえながら首を傾げた。



「みぃつけた」




 さっきのイノシシより数段強い気配を放つキツネ。


 月火の首めがけて飛んできた刀を刃を立てて受け止めた。

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