14.水族館

 玄智提案の水族館に着き、わりと平気そうな顔をしている火音はマスクをしながら車を降りた。


 屋敷を出る直前までは着物だったくせに、いつの間にか肩空きの白いトップスと黒の膝丈スカートに着替えていた月火にも一枚渡す。


 一年三人はわざとかたまたまか、三人とも白黒で揃っている。



「火音先生はマスクしててもイケメンが分かるね」

「いい加減整形しようと思って」

「……二重?」

「鼻でも削ろうかな」

「やめていじったら殺せる自信ある」

「二人とも行きますよー」

「月火! 火音先生が整形するって!」

「整形より身長低くするべきだと思います」

「それはマジでそう」




 玄智は月火にバックハグのような形で飛び付き、二人で火音を睨んだ。火音はどこで覚えたのかピースをして嘲笑ってくる。



「ヤバい殺意が」

「丸呑みでもしますかね」

「それはただただ恐怖なんだけど」

「何丸呑みって?」



 不思議そうにする玄智を他所に顔色の悪い火音が月火を止めていると水月達がチケットを取ってきた。

 炎夏は月火にしがみつく玄智の額を弾き、玄智はけらけらと笑った。



「先生僕らのチケットだけちょうだい」

「はい」

「影入れよ」

「あのフィルター使いたい」

「あれの方が合う気がするけど」

「二種類使ったらいいんじゃないですか」



 邪魔にならなさそうな壁付近で太陽を背にし、三人でチケットを差し出す形の写真を撮った。

 玄智が真ん中で、右側の月火は影のピースを入れる。



「いぇーい」

「やば」

「君ら高校生だねー」



 火光の声に玄智は満面の笑みでピースし、月火はさっとスマホを構えると三人でスリーショットをした。

 月火と炎夏はキメ顔で、玄智だけ笑顔で。


 殴られた。



「さー行こ」

「痛い……」



 二人は頭を抱え、頭を抱える二人と肩を組んで館内に入った。


 涼しい館内は濃い青とほんのりとした紫に色付けられ、白い照明が足元に埋まっている。



「テンション上がる〜」

「下がったんだが」

「玄智さんアイライン終わってますよ」

「新しいのめっちゃ滲むの! マジ萎える」

「あ、あれ使う? 新作の」

「買ったの!? あとで貸して〜」

「メンタル終わらないうちにな」



 玄智は炎夏に抱き着き、炎夏はその玄智の頭に手を置き頭を掴んだ。


 一見撫でているように見えるそれを、月火は後ろから撮る。




「いてて」

「離れろ髪引きちぎるぞ」

「すみません」


 月火に気付いていない二人は他愛もない会話をし、月火は顔色が酷くなっている火音の手首を掴んで緩く振った。



「大丈夫なんですか? 吐かないでくださいよ」

「正直最悪」

「外出といたらいいじゃないですか。兄さんの隣で食べたせいでしょう」

「可愛かったー」

「殴りますよ」



 月火の腕を掴んでくる手を掴み返し、顔の方まで持っていくと目を丸くする月火の写真を撮った。



「よし」

「ふざけんな変態教師。ロリコン」

「ブラコンって言え。早く行くぞ」



 何気に火音が一番嫌いかも。







 月火は炎夏と玄智と腕を組み、二人で月火の頭を撫でた。

 火光は三人の楽しそうな顔を見て幸せそう。魚より三人見に来たなこいつ。



「あ、ねぇペンギン見に行こ」

「イルカ見たい」

「シャチしかいませんよ。なんで魚捕食する側が水族館にいるんでしょう。ペンギンに関しては鳥なのに」

「真理突かないでよめんどくさいなー」

「可愛けりゃなんでもいいんだよ」

「水っていうひとまとめなんだよ」



 玄智は月火の頬をふにふにと触り、炎夏は月火の頭に手を置いた。


 三人とも、周囲の視線に気付かぬまま。




「やっぱ子供たちだけで来させなくて良かった」

「何されるか分からないからねー」

「心配してついてきたんなら守ってやれよ」



 火音の言葉に二人がハッと見ると、大学生っぽい男女二人ずつの四人に絡まれていた。


 月火は興味無さそうに水槽を眺め、炎夏は完全不機嫌。

 炎夏の不機嫌はほんとに怖い。




「三人とも、あんまり離れないでよ」

「大人が付いてこいよ」

「そのために来たんでしょー?」

「ごめんごめん」



 火光は三人の後ろに立ち、月火中心に横に並ぶ二人の肩に手を置いた。

 二人ともその手を払い、火光は月火の頭に手を置くと四人を喧嘩にさせた水月に視線を向けてから、左側にいた玄智の肩を抱いて炎夏達の方へ寄せる。



「悪いけど君らが釣り合う子達じゃないよ」

「火光、火音は?」

「知らなーい。水月何したの」

「彼女の方にちょっとね」

「女たらしめ」

「助けたんだからいいでしょ」



 と話しているうちに月火もいなくなり、二人で目を丸くした。


「炎夏、月火どこ行った」

「火音様探しに。喋るのはいいけど情報収集できないなら喋んな」

「ん〜炎夏が玄智の頬つねってんのしか分かんなかった。ごめんね」




 二人が戻ってくるまで大水槽前のベンチで待機。





 というのを炎夏からのメールで見た月火は返事だけしておいた。




「その体質も厄介ですね」

「死ぬかと思った……」


 どうやら火光と水月が離れた瞬間女子たちに囲まれたようで、すぐトイレのある廊下へ逃げたのだ。

 今は廊下にしゃがんで頭を抱えている。


 月火は傍に立ってスマホをいじるだけ。



「やっぱり戻りましょう。送りますから」

「暇つぶし持ってきてないし……最悪」



 月火は火音を立たせ、少し跳ねた前髪を軽く整えた。何故だろう、うねっていたくせに二、三回手櫛で梳いただけで直るとは。


 最もアイロンを必要としない髪質。



「火音さんってシャンプー何使ってましたっけ」

「知らん」

「髪のまとまりよすぎません?」

「いや……これは昔っから」

「毎日何食べてます? 羨ましいんですが」

「月火が作ったもんしか食えねぇって」

「面倒臭いですね」

「聞いたんそっちじゃん……」



 月火はムスッとして嫌味のつもりで前髪を横に流した。

 何度か流すとかき上げ状態になったが、駄目だなこれは。女子が失血死してしまう。



「人の髪で遊ぶなよ……!」

「今度オールバックにしてあげます。それが似合ってたら横刈り上げ。それも駄目ならマッシュで」

「なんだよ……」



 火音は軽く頭を振って髪を整え、物凄く不満そうな目を向けてくる月火を見下ろした。



「水月にやってやれ。センター分け嫌がってるから」

「嫌ですよ触りたくない」


 辛辣すぎる。




 月火は火音の腕を爪を立てながら掴んで歩き出し、火音はその爪を我慢しながらついて行った。






 駐車場に出ると入口近くの車に赤城が待機しており、二人に気付くとすぐ鍵を開けてくれた。



「火音さん! やっぱり駄目でしたか!」

「人が多いところは無理」

「たぶん夜まで戻ってこないので暇なら屋敷に戻しといてください」

「どうしますか?」

「学園に帰りたい」

「無理ですね。じゃあお願いします」

「かしこまりました!」

「あ月火!」

「なんですか」

「か……」


 火音の声の途中で扉を閉め、踵を返す。




 月火はまたチケットを見せて中に入り、水槽には目もくれず大水槽前のベンチに向かった。


 炎夏と玄智が座り、火光は女子に手を振る水月の頭を殴っている。




「お待たせしました」

「火音は?」

「駐車場に。たぶん先に帰るかと」

「やっぱ無理かー」

「あ、兄さんはい」



 火光がピースしたのでスマホを構えると、水月も割り込んできた。


 もういいやと思って二人を撮る。



「火音行き?」

「しかありませんね。炎夏さん送るので火音さんに送っといてください」

「自分で送れよ」

「連絡先知らないので」

「……マジか」


 同居人の連絡先知らないとは。まぁ気遣う相手同士でも帰ってこなくて心配する仲でもないんだろうが。でもなぁ。



「別にいいけど……俺火光の写真いらない」

「適当に消しときますよ」

「ねぇ生徒酷くない」

「月火! あれどこ?」

「そこ」

「あここ撮影可なんだ」

「フラッシュだけ駄目みたいですね」

「イヤホンならいいみたい」


 月火は壁沿い二つのプリクラを指さし、炎夏は水槽前に立っていた看板に目を向けた。

 通りで写真撮影や動画撮っている人が多いと思った。



「あ、撮ろ」

「三分配持ってきてませんよ」

「月火のダブルペアいけるでしょ。炎夏のとも繋げよ」

「玄智自分のは」

「スマホの充電ないのにイヤホンの充電あると思うかい」


 そんな正論で返されても。




 三人で端のベンチに移動し、その間に月火と炎夏はイヤホンを繋げた。



「先生も入る?」

「話題になったら晦にバレるからやめとく」

「プライベートまでは踏み込んで来ないでしょうに。良識ある方ですよ」

「てことで入ろ」


 玄智と炎夏に引っ張られた火光と水月はベンチの後ろに膝を突いた。

 それで背もたれ付きのベンチから余裕で顔が見えるんだから腹立つよな。



「この音源知ってる?」

「あーこれ。水月誰かとやってたね」

「誰だっけな。やった気がする」

「じゃあ水月イヤホンなしでいけるか」

「えちょっとそれは無理」

「炎夏なしでいけるでしょ」

「仕方ねぇなぁ」


 水月はイヤホンを付けると軽く髪を押えた。



 五人で二、三回のリテイクを撮り、ある程度揃ったやつを玄智と月火が確認する。



「……良さそう」

「フィルターかけて明るくする?」

「ハイライト飛ばして明度上げたらナチュラルになるから……」



 月火の指示通り加工し、炎夏に許可を貰って予約投稿しておいた。



 さっき投稿した写真たちもいい反応だし、相変わらず便利な顔してる。



「じゃ、ペンギン見に行こ〜」

「いるかー」

「いませんて。カピバラで我慢してください」

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