13.日本刀

「水族館行きた〜い」

「賛成」



 月火の膝に寝転がった炎夏は隣に寝転ぶ玄智のスマホを覗き込み、玄智は月火に足を伸ばさせると炎夏の隣に寝転がった。


 当の月火は全く興味なさそう。




 夏休み、お盆前に神々にやってきた神々兄弟と火音、炎夏、玄智。

 水月と火光の性格のせいで神々家は実家に帰りたくない組の逃げ込み場となっている。

 この二人が来たら月火のストレスが少し減るので別にいいが。





「ねぇ月火! 優待券とかない? ないなら奢って?」

「あれに付き合ってくれるなら」

「えーあれマジやばいよ?」

「あれよりあっちの方がいいって絶対」

「あれがいいんですよ」

「僕それよりあっちの方がいい!」

「俺もあっち派。あれは二度とやりたくない」

「あれヤバくない? 絶対死ぬよね」

「マジ魂抜けるかと思った。アレ見ていくもんじゃねぇな」

「ほんとそれ」



 各々スマホを見ながら一体何の話やら、主語が全く出てこない会話を成立させる。

 親と兄はなんとも言えなさそう。



「じゃあどっちもで。今夜ですよ」

「今夜は水族館!」

「じゃあ明日の夜」

「それならいいよ。炎夏終わった?」

「まーったく。まぁ最悪アレで済ませるし」

「アレでやったとして残りヤバくなりますよ」

「あー僕あれも行きたい! 最新モデル出たんでしょ!?」

「水族館にありますよ。設置やったので」

「やった! ねーえんかー!」

「うるせぇ黙れ」

「えんかー!」

「ちょっ……」


 さらに大きな声で耳元で叫ぶ玄智の顔を突っぱね、月火は膝の上で遊ぶ二人に仕返しだと言うように片方の膝をがくがくと揺らした。



「ねぇヤバい」

「俺よゆー」



 月火はさらに激しく揺らし、さすがに頭が痛くなってきた二人は膝から退いた。



 月火が正座し直すと今度は玄智が場所を変え、片足ずつに寝転がってきた。

 月火はそれを上から撮る。



「うっわ」

「ねぇちょっと!?」

「没収」

「あ」

「見てこれ」

「わぁ仲良し」


 寝転がりながら足を組んだ玄智は炎夏に見せられた写真を見て、自分で画面を操作し自分に転送させた。


 水月が床で寝転がり、火光と水月が白狐に埋もれている写真。



「ねぇこのエフェ何? 送っといて」

「なんてやつ? 画角ひろ」

「いいでしょう。これ」

「あ僕それ知ってるー。あの人使ってて話題になってたよね」

「あそれそんな性能いいんだ」

「画角で言ったらこれですよ。であれ組み合わせて画質上げて」

「エフェそれ? 僕も入れよ」

「青系にあれで二ついじって彩度上げたらマジでエモくなる」

「マジかやろ」




 炎夏と玄智はアプリを入れ、月火はメールで優待券を頼み、二時からのチケットを取ってもらった。

 今が十一時なので昼作ってどっかで食べてから行くか。



「何食べます?」

「あれ食べに行こーよ」

「遠すぎ。絶対向こうの方が近い」

「トントンでしょ!」

「私ここがいいんですけど」

「賛成」

「隠れ家的な!? テンション上がる〜」

「じゃあ準備してください」

「レッツゴー!」



 炎夏と玄智は走って出ていき、月火がホームページを二人に送ろうとしたら水月が声を掛けてきた。



「ねぇ月火、今のでほんとに伝わってるの?」

「何がですか?」

「いや……あれそれって……」

「あれもそれも一つしか指してないんですから伝わりますよ? 普通でしょう?」

「いやっ……?」

「兄さん達だってあれそれこれで会話するじゃないですか」

「僕らの場合は主語出してからさ?」

「伝わってるからいいんですよ別に。そこまで重要でもありませんし」


 月火がスマホをいじって二人にホームページやフィルターを送ったり加工のスクショを送っていると、ふといきなり水哉が立ち上がってどこかへ行った。

 特に気にせず返信が来た炎夏の方だけ反応しておく。



「ねぇ月火、水族館行くなら僕らのチケットも取ってよ」

「嫌ですよ自分でどうぞ」

「えー」

「連絡先ぐらい……」

「月火」



 稜稀の鋭い制止に月火は黙り、黙って溜め息をつきながらチケットの連絡を入れた。

 毎年資金援助している会社は十二枚の優待券を貰える。

 本来なら会社で十二なのだが、月火は二つの会社から援助しているため個人で十二枚貰っている。その代わり、会社には十枚ということで。




「月火、火音のもね」

「はぁ俺?」


 月火のストレスの原因が分かった火音が横目で見ていると、いきなり話を振られ思わず顔をしかめた。


 久しぶりのこの反応に火光は少し嫌そうな顔をする。



「あ、いや……」

「火音さんいたらお昼食べに出れませんし」

「抜きでもいいんじゃない?」

「綾奈さんって怒ると晦先生より怖いんですよ」

知衣ちいの方がよっぽど怖い」

「綾奈さんの方が怖くないですか? 圧が」

「知衣のあの顔もまぁ怖い」

「健気に怒鳴ってくれる晦先生にちょっと癒されます」

「……確かにそれを考えたらマシかもしれない」


 火光と水月は顔を真っ青にし、稜稀は呆れた顔で二人を睨んだ。



 月火が炎夏と玄智に連絡を入れると、炎夏からはすぐにさっさとおにぎりでも作れと返信が来た。玄智は相変わらずの未読。


 かと思えば、けらけら笑った玄智が足音もなく走ってきた。




「月火ヤバい死んだ」

「中にありますよ」

「高速?」

「しか持ってません」

「さすが神々製品」



 スマホの充電が切れた玄智は月火の鞄から慣れた手つきで充電器を取り出し、スマホを充電した。

 離婚してから水月と火光の援助をやめて生活費は全て月火が出すようになったらしいので遠慮なし。


 ちなみに月火の給料内から出しているので本当に月火が賄っている状態。



「めっちゃ通知来てるし」

「全部私ですね」

「メンヘラみたぁい。僕前元カノから二分で三千件超えたの。全部違うメールだよヤバくない」

「完全依存ですね」

「玄智の元カノって中等部の子?」

「そうそう! メンヘラ製造機が作っちゃった子」

「……そう」



 ちゃんとメンヘラ製造機という自覚があるのになんで作るんだろうな。

 たまにヤンデレもできる。



 火光は俯いたままスマホをいじり、水月は火光の頭を撫でた。



「……えなに?」

「さぁ。アイライン滲んでますよ」

「死んだ」

「さよなら」



 玄智は慌ただしくどこかへ行き、月火は炎夏に玄智に伝えておくよう頼んだ。



「火音さんお昼おにぎりでいいでしょう?」

「なんでも」

「全員コンビニで買い食いですよ」

「月火! 僕のも!」

「腕が足りませんね。五分後には出ますよ」




 水月と火光は部屋を飛び出していき、火音は至極面倒くさそうに溜め息をついた。


 人と同じ車に乗りたくない。

 赤城あかぎ呼ぶにしてもお盆じゃなぁ。



 火音が俯き盛大な溜め息をついていると、いきなり耳に冷たい何かが当たった。

 気配もなくだったので肩を震わせ顔を上げる。


 振り返ると、炎夏が手をひらひらさせながら立っていた。



「玄智が赤城さんの車手配呼んでるんでそっち乗れますよ。玄智か俺も助手席同乗するかも知れませんけど」

「マジ?」

「九時から呼んだって」


 あいつ何見通してんだろうな。




 一番の懸念がなくなった火音が立ち上がって外に出ようとすると、ちょうど水哉と左右の襖を開けていたようで視線があった。が、火音はそんなことよりも水哉の手にある三本の日本刀に目を向けた。


 打刀、打刀、大太刀。

 紫、黒、赤。




「日本刀! 本物ですか?」

「あぁ。月火のだよ」


 炎夏は目を輝かせ、興味無い火音は何も言わず通り過ぎた。







 炎夏と玄智が日本刀の興味からアニメキャラへ、アニメキャラのイメージアニマルへ、そこから水族館で何が好きかと言う論争をしていると、月火は戻ってきた。


 机に置いてある刀を見下ろし、まず一枚。



「持ってたんですね」

「高校生になったら返す約束だったからね」

「倉庫の整理した時に捨てたのかと思ってました。私のですか?」

「……あぁ」

「炎夏さんやってましたよね?」

「じゃあ今日の夜に三人でやるか」

「火音先生と月火と炎夏ねおっけー応援してる。火音せんせー!」

「お前がやんだよ」

「死ぬ! これはマジで死ぬ!」




 月火は黒と金の鞘に入った刀を手に取る。柄が白と紫色。



 月火がそれを抜いた瞬間、白狐が飛び出してきた。



『主様、それ主様の? 私それできるわ』

「は?」

『妖刀よ。主様が使うべき妖刀』

『主様、それ食べたい』


 いや食ったら確実に腹を突き刺して出てくるだろう。これは無理。



 出てきて激しく尾を振る黒狐を落ち着かせ、白狐に三本の説明を聞いた。



 月火も前の持ち主、曾祖母の紫水しすいから受け継ぐ際に話は聞いているのである程度は分かるが、にしても詳しいな。やはり幼かったせいで記憶が抜けているのだろうか。




「紫が妖楼紫刀ようろうのしとう黒が白黒魅刀はっこくみとう、赤が紅陽秘刀太こうようひとうたです。三歳の頃に聞いたので不確かですが」

「黒刀? こっちは不思議な刃してるね」

「重いな」

「使うべき人じゃない人が使ったら必ず刺さるか切られて死ぬんですって。殺した人数一、二、三位」


 妖楼紫刀、紅陽秘刀太、白黒魅刀。



 妖楼紫刀は黒刀、紅陽秘刀太は大太刀、白黒魅刀は刃がない。研いでも研いでも刃ができない、不思議な鉄らしい。



「お前知ってて俺にやらせようとしたわけ?」

「私確認しただけですし」

「誤解される方が悪いんだろ」

「今の今まで頭からすてーんと」



 炎夏が月火の耳を引っ張って月火がけらけら笑っていると、大人三人組が戻ってきた。




「あ、懐かしいの出てるねー。まだあったんだ」

「あぁ水月が腕切り落としたやつ」

「何言ってんの?」


 炎夏と玄智は目を丸くし、そんな事実は本当にない水月は火光を睨んだ。ちゃんと両腕ある。



「じゃ、行きましょうか。玄智さんスマホ充電できました?」

「えーとねぇ……二十一! この短時間で二十いくんだ」

「僕のモバイルバッテリー貸そうか?」

「炎夏貸して」

「持ってきたっけなー」



 玄智に無視された水月は火光の肩に顔を埋め、火光はその頭を撫でた。

 月火は刀を持つと鞘から抜けないよう向きに気を付けながら自室に置きに行った。



 妖刀なら帰ってきてから鞘と鍔を結ぶ縄を編もう。

 妖刀や妖心、怪異を捕縛する縄は神々の中でも特別妖力が多くて扱いが上手い人しか編めない。


 稜稀は無理なので月火は曾祖母から教わった。

 稜稀は仕事を終わらせたら家事の後は兄二人に付きっきり、二人が寝たら湖彗といたので月火はずっと紫水に見てもらっていた。

 刀や長物の稽古も動きや妖心術の基礎、妖心を自立させる方法も全て紫水から教えてもらった。


 この刀は神々初代当主から代々伝わり、紫水の兄から紫水が受け継ぎ月火が受け継いだ。





 月火が刀を壁に立て掛けていると、襖が開いて火音が声をかけてきた。


「お前車こっちな」

「声掛けは?」

「返事しなかったのお前だろ」

「……分かってますよ。途中でコンビニ寄りますから休憩も挟みましょう」



 最近、ぼんやりだが月火の状態が分かるようになってきた。

 いわゆる第六感と言うやつなのかもしれないが、あぁ今こう思ってんだろうなぁとか静かに怒ってるとか凹んでるとか。


 今嘘ついてバレなかったのもそれが直感で分かったから。

 火音は生まれて今まで感覚で生きてきた。




「火光兄さんと玄智さんの感情が一番駄目なんでしょう」

「……言ってない」

「見てれば分かりますよ。まぁ火神の血なので仕方ないんでしょうが。水月兄さんとは昔から馬が合いませんし炎夏さんはクソ真面目すぎて面倒臭いんでしょう。火音さんほどではないにしろ」

「そんな顔に出てるか……?」

「先にどこのコンビニに止まるか相談しといてください。火音さんのは持っていくので」

「助かります」

「感謝より贖罪を」

「今度寮で一人にしてやるよ」

「えやった」



 目を輝かせる月火の頭に手を置き、鼻で笑ってからさっさと逃げた。

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