11.不機嫌

 翌朝、早朝から稜稀いづきが帰ってくるまでというタイムリミット付きで家事を一通り終わらせた月火は部屋で二度寝する。


 六時にアラームを爆音で鳴るようにかけ、スマホを耳元に置いて朝の五時から二度寝した。







 ようやく深い眠りにという頃、屋敷に響き渡るほどの爆音でアラームが鳴り怒られないよう即止める。

 なんだろう、ものすごく体に悪いものを感じる。



 昨日の夜、寿司と焼き鳥の後に食べたお好み焼きが悪かったのか胃が重い。消化不良か。胃薬あったかな。




 何もない部屋で寝て、枕も布団もないので体が痛い。肩が打ち身になっているかもしれない。





 盛大に溜め息をつきながら台所に向かう。

 米は朝一で炊いたし掃除は今朝終わらせたし洗い物は朝食後、買い物は昨日の夜にしてきたので問題ない。

 朝食を作る間に軽く食べて皆が食べている間に乾燥機で回せない洗濯物を干して布団洗濯して洗濯物畳んで洗濯機掃除して、稜稀が帰ってくるまでには終わるか。




 初めに自分のおにぎりを作り、皿に乗せて時々かじりながら朝食を作る。


 睡眠不足のせいで指を切ることが増えているので気を付けないとなぁと思いながらまた指を切り、それを見下ろして溜め息をついた。



「お前不幸そうだな」


 いきなりそんなこと言われ、睨みながら振り返った。



「誰のために作ってると」

「それは悪いけど」


 着替えて着物姿の火音は袖に手を入れ、月火は少し乱暴な音を立てながら野菜を切っていく。



「惣菜混ぜていいならもっと楽なんですよ。味付き肉はいいとか加工肉は使えるとか誰かと協力できるとか」

「すみません」

「別にいいですけど」

「良くない声してるし……」



 黙ってろの意を込め火音を睨むと大人しく黙り、框に座って見学し始めた。




「何しに来たんですか」

「眠いと思って」

「どうぞ寝てください」

「十時間近く寝てんだけど」

「寝すぎじゃないですか。そのうち覚めますよ。寝てんなら」


 ちょっとかなり不機嫌すぎやしないか。



 火音は雑に朝食を作る月火の後ろ姿を写真に撮り、ネットを見始めた。



「そういや昨日の回転寿司話題になってたな」

「そうですか」

「水月がメール無視されるって拗ねてた」

「見てませんでした」

「嘘つけ」

「よく嘘と」

「炎夏から逐一報告入ってるからな。俺に」


 月火の手が止まり、火音は顔を引きつらせた。

 怒らせてはいけないのは分かっているか、ちょっと面白いと言うか楽しいんだよな。怖いけど。



 睨むと言うより殺意の篭った目で見てくる月火の傍から退散し、居間に逃げた。





『……主様、中が寒いわ。凍えそう』

『主様、どうしたの?』


 どうしたもこうしたも、裏切り者に与える制裁を考えているだけだ。屋敷に帰ると何故こうも毎回ストレスがかかるのか。実家だと言うのに、実家特有の安心感が微塵もない。安心感がない実家に長期休み以外で帰らないといけないなんて。



 なんでこんな実家嫌いになったのかな。



『主様、ストレスよ』

『喰う?』


 なんでも喰おうとするな。




 月火は呆れ、野菜を鍋に入れるとそのまま少し固まった。次は。


『主様、水とお出汁』

「そうそれ」


 ずっと傍で見ている妖心の方がしっかりしているな。




 というか今日、湖彗こすいは帰ってくるのだろうか。稜稀より早く帰ってきて義父との修羅場とか絶対嫌なのだが。


 昼までに帰ってこなかったら昼食作ったあとに炎夏と玄智と外食がてらショッピングに連れ回そう。カラオケでもいいかもしれない。




 そんなことを考えながら味噌汁と和え物と目玉焼きを作り、火音以外にはソーセージを焼いた。火音にはなし。





「皆さん朝食できましたよ」

「月火! 昨日の夜お寿司行ったの!?」

「冷めないうちに食べてくださいね」



 水月の言葉に返事をする前に襖を閉められ、すぐに開けたが今度は廊下側の襖が閉まった。



「……反抗期?」

「月火が?」

「兄の過干渉が鬱陶しいだけだろ」

「何過干渉って」

「過度な干渉」



 相変わらず仲がいいのか悪いのか、水月の伸びた手を見事かわした火音は先に席に着くと食べ始めた。

 火光もさっさと食べ始め、水哉すいやに宥められた水月もおとなしく席に着いた。














 十時頃に稜稀が帰ってきて、既に出かける気満々の月火は軽く化粧した状態で出迎えた。



「おかえりなさい。家事は一通りは終わらせているのでごゆっくり。荷物片付けておきます」

「ありがとう。……月火、出掛けるの?」

「お昼をすぎても父さんが帰ってこなかったら。母様はゆっくり休んでてください」



 入院中の荷物を受け取ると、そのまま稜稀の荷物を片付け始めた。




 湖彗から明日の昼に帰るから家事を終わらせておけという旨の連絡が入っているので話し合いは明日か明後日だ。

 さっさと学園に帰りたいが、まぁ平日の人が少ない時間に遊べるのはラッキーということで。



 そんなことを考えながら屋敷の中を歩き回っていると、火音と鉢合わせた。




「あ、俺もうすぐ学園帰るから」

「そうなんですか? お昼は?」

「火光のやつ含め仕事溜まってるからたぶん戻ってこない」

「……え食事は? 早くても帰るの明日の夜ですよ。私つごもり姉妹から般若の顔で栄養調整頼まれてるのに」

「般若って……」


 そんな大袈裟な。


「適当にサプリでも飲んどく」

「作り置きは食べれるんですよね? 私も出掛けるので作り置き作って冷蔵庫に入れておきましょうか。怒られたくないですし」

「行って帰ってになるだろ」

「三十分待っててください」



 月火は人の話を聞かず、いや返事をせず、そのままバタバタと台所に向かって行った。

 準備が終わっている火音は台所について行き、冷蔵庫の野菜室を漁る月火を眺める。



「昼の用意?」

「夏は楽ですよ。困ったらそうめんにできるので」

「お前テンション高いな」

「……分かります?」


 水月達には未だ不機嫌と思われているようだが。



 月火はナス味噌や薄焼き卵、オクラの和え物を作ると火を止めた熱湯に入れ五分放置したそうめんをお湯から上げた。



「そうめんって茹でるんじゃ」

「この火を止めて放置の方法だと時間が経ってもくっ付かないんですよ。おはぎにする予定もないのでこの方法でやってます」




 同時進行で夕食の用意もして、夕食はタッパーに入れて蓋をした。

 そうめんはザルに上げてラップをかけておく。そうめんの具と薬味の入った皿はセットの蓋をして、用意は終わり。



「先に車行っててください。声掛けてくるので」

「忙しなさすぎるだろ。ちょっとはゆっくりしてろよ」

「これからゆっくりするんですよ」




 そうめんを水に入れるのと夕食の温めは稜稀に任せ、月火は水月と火光の怒涛の質問を無視して屋敷を出た。テンション高い反抗期の妹がおとなしく返事すると思うなよ。




















 寮で掃除と料理が終わった月火が待ち合わせ場所に行くと、既に炎夏と玄智が女子に囲まれながら待っていた。

 公園の一角だが妙に女子が多いのを、二人で完全無視。



「お待たせしました」

「おそーい」

「おそーい」

「寮の掃除に行ってまして」

「寮? 帰ったの?」

「火音さんだけ」



 ざっと説明して、火音だけ寮にいることを伝えた。

 二人とも納得した様子。



「じゃあ明日から授業再開だね。月火はもう一日二日、休みでしょ」

「かな。さっさと帰りたいんだけど」

「ストレス発散にパフェ食べに行こう!」

「カラオケ行きたい!」

「行こうか!」

「ストレス溜まってんなぁ」



 月火が一人カラオケ以外に行きたがる時は非常に、それはもうストレスが溜まりに溜まっている証拠。これを無視して不満を残すと高熱または気絶。過去に実例がある。





















 その翌日の昼、月火は車の中でスマホをいじる。


 本来なら当主が参加すべき離婚の話し合いも、当主が子供となると話は別らしい。

 稜稀も戸惑っていたが水月と火光によって追い出され、だが行くところもなく車の中で待機と、そういう感じ。ちなみに水月の召使いの車。



 炎夏と玄智は転校生とともに授業を受けているだろうし他に会える人も皆学生だったり社会人で忙しい。

 さっさと仕事入ってこないかな。





 なんて思っていると、休み時間に入ったのか一年生のグループメールに転校生が追加された。


 炎夏と玄智のノリを一刀両断して現状に助けを求めると、哀れみ煽ってくる玄智とは裏腹に炎夏がじゃあさっさと戻ってこい、と。

 返信が途絶えたかと思えば、突然炎夏が玄智を強制退会させた。個人メールの文句を無視して、炎夏と話すが休み時間が終わったのかすぐにそれも途切れた。



 なんで子供ってだけで家族の話し合いにも弾かれるのか、少しの拗ねとかなりの不機嫌さで足を抱え苛立っていると車に召使いの娘天こてんが戻ってきた。



「月火様、学園までお送りします」

「……兄さんからですか」

「いえ、火音様から。暇人送ってこいと指示が」



 炎夏が伝えたか。



 月火はおとなしくシートベルトを締めると娘天にお願いして学園まで送ってもらった。










 水月と火光には勝手に帰ってこいと連絡し、娘天にお礼を言うと一人で寮に戻った。



 久しぶりの誰もいない寮で安心し、床にダイブすると妖心達が出てきて傍に座った。



『主様、お疲れ?』

『お疲れ様ね』

『ふわふわ』

『もふもふよもふもふ』



 普通の狐とは違う、月火が勝手に望むがままに作り出したふわふわの毛の二体に挟まれ、疲れもあったのかそのまま寝落ちた。









 ぐにっと頬が引っ張られ、目を覚ますと横目でそれを睨んだ。



「失礼だと思いませんか」

「思う。でも邪魔。せめてソファ作れ」



 そういや途中だったなぁ。


 月火はふわふわの妖心の体を撫で、少し横にズレた。




「はい」

「は?」

「どうぞ、作ってください」

「えやだぁ……」



 いきなり子供っぽい声になったかと思うと火音は白狐の隣、ソファと白狐の間に寝転がった。

 持っていたタブレットにタッチペンを滑らせる。


 それを、月火は狐の上に乗って覗き込んだ。




『主様、痛いわ……』



 痛がる白狐を乗り越え、白狐と火音の間に割り込むとタブレットを覗き込んだ。



 火音は見やすいようにか疲れからか、右手で持っていたペンを左に持ち替える。



「両利きですか」

「昔は右ばっか怪我してたからな」

「なんでそんな上手く描けるんですか」

「絵柄を極めろ」



 まだウトウトしている月火は火音の横に寝転がり、白狐が月火に飛び乗ったかと思えば吸い込まれるように消えた。



 黒狐は小さくなって月火の腕の中に入る。




「眠いなら寝てろ」

「……夕食作らないと……」

「あとでいい」

「いや……」



 意固地になる月火の頭を床に押さえ付け、そのまましばらくキープすると寝息が聞こえてきた。




 実家がストレスになるのはお互い様なのだろうが、 にしてもこの怯えようは普通じゃないよなぁ。


 根から腐った家はどこでも腐っているものか。

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