10.実家
屋敷に父の
兄二人は
御三家の仕事は御三家当主がやるのが筋なのだが、
元は次期当主として育てられたのだ。今は姉の夫が継いでいるが、仕事のやり方ぐらい分かる。
月火と相談しながらやった方が早いなと思って、いつも月火がいる部屋に向かった。
机もクローゼット等もないのでたぶん自室ではないと思う。
「月火」
声をかけながら襖を開けると、部屋には人を優に超える狐が二匹。白と黒。
月火は大きく欠伸をしてそれを真似するように黒狐もあくびをしている。
火音に気付くと口を開けたまま唖然とし、我に返ったのかハッと口を閉じた。
「声ぐらいかけてください」
「かけたろ」
「返事を待ってください」
「注文が多い。仕事の予定合わせたいんだけど」
「しばらく空いてませんよ」
「いつならいける?」
月火はムスッとした顔で口角を下げながらパソコンのタッチパネルに触れた。
机も椅子も家具が何もない部屋に九尾の狐が二匹、白狐にもたれながらパソコンを触っている。
黒狐は眠そうにあくびをしたまま、白狐の尾から顔を逸らした。白狐が執拗に責めるのを噛んで追い払う。
痛かったのか警戒心を高める白狐の背を月火が撫でるとすぐに落ち着き、二匹ともふと火音の方を向いた。
『美味しそうな匂いがするわ』
『嫌よ半血なんて』
『いいわよ私一人で食べるから』
『駄目よ。怒られても知らないわよ』
『べー』
白狐は拗ねたように顔を逸らし、黒狐は九本ある尾で白狐の顔を覆った。
『何よッもう!』
白狐は怒ったように前足を立て、黒狐も警戒態勢になる。
「お前の妖心自由すぎるだろ」
「……どういう状況で?」
『白が火音喰うって言うのよ! 私食べたくないのに! 一人で食べるって!』
『別に無理に喰えなんて言ってないわ』
「火音さん、喰われますよ」
「え俺」
月火は二匹を撫でると半強制的に消し、いまいち状況が飲み込めていない火音は表情を固めた。
月火はパソコンを閉じるとそのまま横に寝転がる。
「夕食後に時間を取ります。私は少し仮眠します」
「布団は?」
「部屋にしかないです」
「……ここはお前の部屋じゃないだろ?」
「私の部屋は遠すぎるので」
じゃあここでいっか。
暇な火音は部屋の中に入ると障子の奥にある窓を僅かに開け、換気を良くしてから部屋の隅で仕事の続きを始めた。
それからしばらく、二時間ほどした頃か。
微かにインターホンが聞こえ、火音は顔を上げた。
宅配便等なら門前まで取りに行くのだが、だいたいこの屋敷に来る人は見知った人で皆玄関前まで入ってくる。
「お久しぶりです、
「あれ、火音君。扉越しだと火光と分かんないもんだね。月火は?」
「仮眠中です。ここ数日徹夜続きみたいで」
知らん。あれがいつ寝ていつ起きているのかは知らないが、こうとでも言っておかないと泣いたら説教の
「水月達は?」
「居間で仕事中だと思います」
「分かった。ありがとうね」
水哉が居間に向かったので火音が月火のいる部屋に向かうと、居間が騒がしくなってきた。
子育て初めての親に性格が相まって自由奔放に育った水月と水月に振り回されながら一緒に育った火光は親より祖父の水哉の方が大好きだ。祖母は水月が生まれる少し前に亡くなったと言っただろうか。
火音が部屋に戻ると、いつの間にか出てきた狐サイズの白狐を抱き枕に眠っていた。
撮って売ったら高値が付く寝顔を脅し材料に使おうとスマホを取り出していると、いつの間にか目を開けていた月火に睨まれていた。びっくり。
肌が白いので余計にだが、目の下が真っ黒。目元がくぼんで疲労が見える。
「誰が来ましたか」
「水哉様」
行かなければという責任感と疲労からの眠気が葛藤し、九尾を引きずりながら亀になった自分の顔に寄せた。ふわふわの毛並み。
「あーだるい」
『大丈夫?』
大丈夫なわけあるか。でも行かないとまた怒られる。
悶々としながらも動けと体に命じていると、うつ伏せの頭に手が置かれた。
「連日の徹夜明けって言っといたからしばらく寝といたら?」
「……火音さん仕事は?」
「終わった。あと確認と調整だけ」
「三十分後に起こしてください」
「寝とけよ……」
月火は体勢を崩すと九尾の背に顔を埋めながらまた寝落ちた。
火音はパソコンを引っ張ると時間を確認し、明日やる予定だった仕事を始める。
時間を気にしながらなので集中できないが、明日やる予定だったし問題ない。
三十分が経った頃に月火の肩を揺すると、月火はそのまま火音の腕を掴んで体重をかけながら起き上がった。
「ねむいー……」
「寝とけばいいのに。まだ四時半だぞ」
「作るのに一時間かかるんですよ」
「いっつも九時半なのに」
だって今日はじい様がいる。じい様ばあ様のタイムスケジュールは異常に早いんだぞ。
まぁまとめて仕込んで皆の分はあとで作ったらいいし。今日は酒飲みがいないだけマシ。
よし、今日はちゃんと寝よう。できれば。
月火は行儀よく座った白狐を火音に渡すと固まる火音を放置して部屋を出る。
そう言えば食材は何かあるのだろうか。
とりあえず米と水を炊飯器に放り込み、冷蔵庫を漁る。
結果、絶対五人分は無理だよなぁと開いた冷蔵庫の前にしゃがんで頭を抱えた。眠い。
とりあえず四人分だけ作ってあとでコンビニに行こう。口座が空だが、財布持ってきたっけな。
回らない頭でぼんやり野菜を切っていると、指先にじんわり痛みが出てきた。
えっと思って見下ろせば、中指と人差し指を一緒にざっくりと。慌てて指を押え、シンクで血を流したが全然止まらない。ちょっと目が覚めた。
自分の夕食は学園に帰って
数分かけて止血し、肉巻きにしようと予定していたのを変更してカレーにするため全て鍋に放り込んだ。
煮込んでいる間に炎夏と玄智に連絡し、口座が空になっていることを伝えると玄智が奢ってくれるということになった。
二人とも月火が現金を持たない主義なのは知っているので現状さえ伝えればだいたい対応してくれる。良い友人。
皆のいつもの量を白米とともに皿に入れ、適当に作ったサラダも入れるとお盆で運ぶ。
居間とは別の、座布団とダイニングテーブルが置かれた部屋に夕食を並べた。
居間への襖を開ければ、白狐に水月が顔を埋めて火光は水月を枕にし、その火光を火音が撮り。水哉は一人のんびりお茶を飲んでいる。
「夕食できました」
「早いね。カレー?」
「はい」
皆が動き始めたのを見て自室に帰り、軽く髪を編むとジャージから私服に着替え最低限の荷物を持つ。その中に財布はない。常にスマホ決済なので。
一応屋敷の鍵を持ち、妖心を消すとそのまま屋敷を出た。
思春期かつ反抗期真っ只中なのにしつこい兄に我慢して四匹と人間二匹飼っている。材料を買いに出てまた作るなんてそんな労力使いたくない。
水月のメールを未読のまま無視して、幼馴染のグループメールに連絡を入れた。
私服の二人と合流し、肩に腕を乗せた。
「あー疲れた! 眠い……」
「おつかれー。寝てないの? くまヤバいよ」
「どっかのトイレで隠してこいよ。マジでヤバい」
「メイク用品持ってねぇ……」
「僕持ってるよ」
そのボディバッグの中にどうやってこのサイズのメイクポーチ入れてんだ。
月火がファミレスのトイレでメイクを直している間に二人はテーブル席で炎夏はコーヒー単品、玄智は紅茶とケーキを頼み、月火はコーヒーとフルーツアイス。
「月火ってフルーツ好きだっけ?」
「糖分不足だろ。ストレスとか」
「先生って教師してる割に妹のことになるとほんと気使わないよね」
「もっかい。録音して聞かせる」
「嫌」
相変わらずの毒舌玄智は炎夏のスマホを取り上げ、特に気にしない炎夏はコーヒーを飲む。
「だって思春期の妹だよ。兄も父親も家族は嫌がるに決まってるじゃん。放任主義とは真逆の家なのにさ」
「まぁ放任されてた水月の反抗期もヤバかったからな。プラス月火は寮に大人三人住まわせてるわけだし」
「かわいそー。僕らの寮で匿ってあげようか」
「絶対付いてくる」
二人でヤバいヤバいと話しているうちに綺麗になった月火が戻ってきた。
ナチュラルメイクだがくまも綺麗に隠れている。
「お待たせ。コスメ助かった」
「大丈夫ー。ご飯どこ行く?」
「もうここで良くね」
「老舗ぐらい奢ってよ」
「僕イタリアンがいい」
「食べ歩きでもするか」
「賛成」
と言いながら、結局満場一致で店を出てすぐの寿司のチェーン店に入る。
月火はマグロの赤身と光り物が大好物。
起きて寝るまで活動時間の半分以上が運動の三人は小学校の頃から結構な大食いだ。
元々大食いの水月と火光を見て育ったのでそのせいもあるのかもしれない。
平均的に一人十皿前後食べるのを、三人でたぶん百皿近く食べている。一人三十三皿、六十六貫。
まだまだ余裕だが。
「ねーデザート食べよ」
「俺いらん」
「私
「よう食うなぁ」
「赤貝と茹でエビも」
「僕もエビ食べたい」
炎夏は二人のリクエストを聞いて自分のリクエストも混じえタブレットで注文する。
三人が遅い時間に来ると確実に途中でネタ切れを起こすので来るのは夕方の早い時間じゃないと。
玄智はデザートを後回しにして寿司をプラス何十皿か食べ、月火はそれを横目に玄智の倍近く食べる。
「……月火、食べ過ぎじゃない?」
「だって昨日の夜からなんにも食べないまま仕事だよ仕事。低血糖で倒れるかと思った」
「売り切れ出すなよ」
「……はしごしてもいい?」
「僕クレープかワッフル食べたい」
「あぁ焼き鳥。行こ」
「さっさと食え」
玄智は頬杖を突いて不貞腐れ、月火が来た寿司を食べる中炎夏は皿を会計しやすいように並べ替えた。
最後に三人で茶碗蒸しを食べて会計をする。
約四万弱。全部玄智持ち。
「次食べ歩き?」
「また店入んの面倒いだろ」
「行きたい店あるんよ。口コミ良くて」
三人で会計が終わる間に次の店のリサーチをしていると、定員が頑張って会計している間に私服の誰かが話しかけてきた。手には色紙。
「あ、あの、私この店の店長なんですが、御三方にサインを頂けないかと……」
「全然いいですよ」
「あと、あの、SNS用の写真を……」
「分かりました〜」
三人は一枚ずつ色紙を受け取ると慣れた手つきでサインをした。
月火は自分のサインの下にいつも通り神々社、月火社、神々当主のサインも。
大量の皿とともに三人の写真を撮り、三人も各々皿の写真を撮る。
「ありがとうございました……!」
「いえいえ〜」
「あ、あの、これ、系列店ならどこでも使えるのでぜひ……」
そう言って一人三万円ずつ商品券を貰い、三人でしかと宣伝させてもらうことを確約してから約四万弱の支払いを玄智に押し付け、二人は外に出た。
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