9.貯金

 両親との思い出を聞かれ、母とは当主教育、父からは殴られたり蹴られたりの稽古と言うと必ず変な空気になる。だから、一緒に行ったこともない水族館の話や旅行の話をその場即興で作って、良い家族と嘘をつく。行った先は一人の任務で行った場所が多い。


 水月すいげつ火光かこうもその場は合わせてくれて、あとからどういうことだと聞かれるので家族の話をした後に任務の話をしたからきっと誤解したんだと、そっちにも嘘をつけば皆馬鹿なので上手く騙されてくれる。



 そうやって波風立てないように生きてきた。




 母は立派な人だ。

 当主としてのミスも、社長としての経営傾きも一度もなかった。

 人も歳も頭も違うのに、なんで母と比べられながら生きていかなければならないのか。そんなことをずっと考えながら、学校に入って死ぬ気で食らいついて、結果一昨年の暴走事件で全てを継いだ。

 何をしても比較されるんだからこんな地位いらなかったのに、継げば今度はさすがだなんだと気持ち悪いほど媚びへつらってくる。


 きっと、そういう人たちを見てきたから人を見る目があるんだろうな。それだけは自分で断言できる。




月火げっか、コンビニ着いたけど」

「……甘いものが食べたいです」

「月火様、買ってきましょうか? エクレア、シュークリーム、クッキー、チョコ、アイス、ジュース、なんでも!」

「ダブルシューとホワイトチョコのアイス。新作のやつ。あと緑茶お願いします」

「分かりました! 行ってきます」


 赤城あかぎは元気に敬礼するとコンビニに走っていった。




 月火は車でうずくまり、久しぶりに車に乗っても酔っていない火音は駐車場でスマホをいじる。



 結局寮を出たのが水月達が出た小一時間後、神々みわ本家近くの病院に運ばれたので車で行くとしても一時間半、火音達なら二時間か二時間ちょっとはかかる。


 月火はあの様子だが、月火が隣のおかげか空気が気持ち悪くないので全然酔っていない。ちょっとラッキー。




 赤城とともに車に戻り、膝を抱えて意気消沈している月火に甘いものを渡した。


 月火はアイスを開けるとそれをかじり始める。



「火音さん、もう出て大丈夫ですか?」

「うん。今日はマシだし」

「ならよかったです!」



 赤城お得意の弾丸トークを聞き流しながら、月火は普段なら絶対やらないような口でアイスを大きくかじるとその口でシュークリームも食べ始めた。


 こいつ思ったより口デカいなと、横目に眺めているといきなり睨まれる。



「あげませんよ」

「いらねぇよ」

「火音さんも食べたかったですか? 月火様に作ってもらってください」

「いらねぇって……」

「作りますか」


 もうなんでもいいや。



 そもそも食べたことがない火音は黙り込み、月火は買い物リストに材料を追加し始めた。








 病院に着き、車に降りる前月火はお茶を一気飲みしてマスクを付けた。火音もマスクを付ける。

 特別目立つ二人、マスクは常備。特に火音。



「では駐車場で待ってますね。こちらに出てくるので終わったら連絡ください」

「分かった」

「ありがとうございます」

「いえ!」



 二人で病院の中に入り、面会表を二人分書くとそれと交換で面会証をもらった。


 それを手に持ち、個室らしい病室に向かう。




「病院の匂いって嫌い」

「好きな匂いあるんですか」

「……アルコールの匂いは好き」

「ただの酒好きですね」

「美味しい料理の匂いも好き。気持ち悪くならないやつ」

「それは私の料理限定になるのでは?」

「……そうとも言う」

「そうとしか言わないでしょう」


 今まで匂いのあるものを食べてこなかったので未だ朝起きて料理の匂いがするのに慣れない。慣れないし、それが気分を害す原因にならないのも不思議な感覚。固定概念が破壊された気分。




「お前顔面真っ青だぞ」



 病室に入る前、月火がノックしかけた手を止めた。


 火音は顔を覗き込み、顔面蒼白の月火は火音の言葉でハッとして今度はちゃんと、震える手でノックをする。



「母様、月火です」

「どうぞ」


 割と元気そうな声が聞こえ、月火は自分の手と同じぐらい冷たい金属の取っ手を掴んで扉を横に開けた。




 水月と火光、水虎すいこに弁護士も。



 月火とよく似た顔をした稜稀は案外元気そうで、月火は良かったと安心したように薄く笑って見せる。



「月火、貴方顔面真っ青よ?」

「心配していたら車酔いしました。もう大丈夫です。お気になさらず」

「でも……」

「お茶も飲みましたし」


 そう言って、半分ほど減ったお茶を見せる。



 こいつはこのためにお茶を買って一気飲みしたんだろうか。それとも普通に食べすぎて酔ったんだろうか。思考が読めない。



「……火音君も忙しいのにごめんね」

「いえ、思ったよりも元気そうで安心しました」

「栄養失調って言ってもそんな大袈裟なものじゃないのよ。水月と火光も忙しいでしょうに」

「仕事より母親だよ」

「聞いた時心臓止まるかと思った」

「いい息子たち」


 水月はピースし、火光は水月の腕をつねった。



 月火は顔面蒼白で息が浅くなり、めまいがするのを我慢する。ただの緊張だ。案ずることはない。



「……月火、やっぱりまだ酔いが治ってないんじゃ……」

「月火、座っといたら? 任務終わりで疲れてるでしょ」

「いえ、お気になさらず。それよりも水虎さんはお見舞いで?」

「はい。兄、甥共々お世話になっているので。倒れたと聞いてこっちまで倒れるかと思いました。兄は倒れたので」

「お大事に伝えてください。……水明すいめいさんが倒れたのにここにいて大丈夫ですか?」

「はい。ご心配ありがとうございます」

「いえ」



 弁護士がいるということはこれを機に離婚するのだろう。元々母の姓なので面倒な手続きもないし、親権がどっちに行こうと学園暮らしなのでどうでもいいし、別に気にすることないな。




「あ、そう水月。何日か前にあの人が貴方の部屋に入ってたの。その後すぐ倒れて言うのが遅くなっちゃって……」



 月火が別にどうでもいいやと結論付けていると、稜稀いづきが水月の手に触れた。

 一瞬考えた水月の顔色がさっと変わり、火光の肩を掴む。



「さっさすがにないよね……?」

「絶対ないとは言えない……」

「どうしたの?」

「僕の部屋に、月火の銀行のカードがあって、もちろんパスワードは教えてないんだけど……」

「すぐに確認してきて……!」



 火光は月火からカードを受け取ると水月を引っ張って病室を出ていき、正直あんまり興味のない月火はぼんやりと床の模様を眺める。



「月火、貯金っていくらぐらいあるの?」

「あんまり覚えてないです。億はなかったと思いますが……八千万ぐらい?」

「貴方もっと稼いでるでしょう? 税金とか諸々抜きにしても」

「半分は神々の貯金に入れてるので」



 半分は神々の貯金に、残った二分の一は散財に。でもこれを言うと怒られるので黙っておく。



「そんなことより母様、父さん……湖彗こすいと今まで別れなかった理由を聞きたいのですが」

「だって一度は愛した人よ?」

「……そうですか」


 案外しょぼい。


「月火! 貴方も恋の一つや二つしなさい!」

「ご心配しなくても毎日殿方から追いかけられておりますので。ちゃんとしておりますよ」

「それは恋じゃなくてただの人気者なのよ」

「まぁ実らない恋はする意味ないと言いますし。御三家の誰かに今さら恋心なんて湧きませんし」

「貴方幼馴染には恋しないタイプなのね」

「失恋で関係が変わるなら今までの十数年が無駄になるじゃないですか」

「それも青春よ……」

「今までの時間を無駄にするなら何もしない方が得策だと思っていますので」


 自ら無駄に向かうほど馬鹿に育てられてはいない。




 月火は真顔になる稜稀にマスクの上からでも分かるほどにこっと笑い、稜稀は盛大に溜め息をついた。

 背中から焦りが押し寄せ、気分を害しただろうかと思考の渦で一瞬強いめまいがする。


 鍛えられた体幹がなかったら確実に転けていたな。



「月火、やっぱり休んで……」


 稜稀の言葉の途中で、水月と火光が帰ってきた。



「月火……ごめん……」

「ありませんでしたか」

「全部……九桁はあったのに……!」

「そんなにありましたっけ?」

「この前給料日だったでしょ!」


 そういやそうだな。



 月火はそっぽ向いて、あぁそういやそんな日も過ぎたなぁと呑気に考える。



「まぁどうせ家にいるのでしょう?」

「そうだけど……はい通帳」



 水月から通帳を受け取り、見事空になった口座を見て鼻で笑う。



「この際事業進めて倍額稼ぎますか」

「え、で、できるの……?」

「稼ぐための会社ですからね。余裕です」



 そもそもこの貯金額も一月あれば余裕で戻る。月に億は稼いでるんだもの。ちょっと散財を減らせば一発。



「元々事業拡大は視野に入れてましたしちょっと早くなるだけですよ」

「……え、月火、月そんだけ稼いでなんで貯金それしかないの?」

「神々の方にも入れてるので」




 嘘も方便。浪費癖も遺伝する。

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