6.ソファ

水月すいげつ兄さん」



 一年生三人組の出先で、月火げっかがナンパに絡まれているとナンパ野郎の後ろから登場した。カッコイイけど顔が怖い。ほんとに怖い。


 水月を追いかけてきていた女子と、その数を見て集まってきた見物客も皆が一歩引いた。




 水月が相手の首に指をかけて動いたら息の根を止めるぐらいの圧をかけているうちに月火はジャンプしてスマホを取り返し、触られたところをハンカチで拭いた。




「別にナンパするのはご自由ですけど犯罪ですよ。他人のスマホを勝手に取らないでください。未成年に手出すのも。遊ばないとスマホ返さないって脅しも。狙うなら成人のもっとか弱い人を狙うんですね。あでももうやらないでください。はた迷惑なので」

「ナンパしないと彼女できない人はナンパしても無理だよ」

「まぁ街中に顔面国宝何人か歩いてるからな」



 炎夏えんかがさらに奥に視線を向けると、道の中央辺りに火音ひおと暒夏せいか水虎すいこがいた。玄智げんちは炎夏のセリフを鼻で笑う。



「炎夏、いくら顔が良くても顔だけじゃ駄目なんだよ」

「それ誰のこと言ってます」

火光かこう先生も火音先生も水月様も月火げっかちゃんも」

「炎夏さんも玄智さんも。特にメイクで顔作ってる玄智さんなんか特に」

「人は外見重視なんだよ。足掻いてもこれが傍にいる低身長じゃ見栄なんてあったもんじゃない」


 玄智は文句を言いながら月火の頬を引っ張り、月火は邪魔だと言うようにそれを払った。




 居所の悪くなったナンパ相手がいなくなったので炎夏は二人の間に立って肩に腕を置いた。



「まぁ御三家産まれってだけで平均より顔はいいんだから文句言うなよ。あとは性格と頭の善し悪しが顔に出ただけだって」

「それ自虐してるよ」

「決して人より良いとは思ってないんで」

「……ちょっと待って馬鹿がそれってことは僕性格悪いってこと?」

「馬鹿が馬鹿を馬鹿にしてどうするんですか。行きますよ」

「俺水虎様と話したいんだけど」

「親離れしなさい」

「叔父だし。兄離れしてないお前に言われたくない」

「向こうが非常にしつこいもんで」



 炎夏と玄智はケラケラ笑い、ナンパで少し機嫌の悪くなった月火は玄智のシェイクを持つ腕を掴むとそれを引き寄せて勝手に一口貰った。


「あ!? ちょっと!」

「冷たッ!」

「俺の金なんだから怒るなよ。服買ってもらえ」

「そうですよ。私のスイーツでも」

「食いもんは俺持ちだろうが」

「じゃあ三人で白のおそろパーカー買お。どっか行く時に着たい」

「なんでおそろ……」

「私黒で」

「髪が黒いから駄目。ショート動画でも撮ってあげよー」

「出かけんじゃないんかい」



 玄智はいわゆる美容オタク。

 ネットでコスメ情報やダイエット情報を、どうせ御三家で顔バレ済みと吹っ切れて顔出ししながらやっている。

 月火も社長としては公式には顔は出していないが、御三家や神々みわ当主、学生妖輩として度々顔が晒されるので別に隠したいわけじゃない。ただ、顔バレすと記者にストーカーされて警戒している警察にお縄になる人が増えると言うだけ。


 炎夏はバズると外出が面倒臭くなると言って写真を撮る時や動画を撮る時はマスク着用か加工で顔の下半分を隠す。



 立場的なものと顔的なものと、社長が唯一公式に出してる顔と言うのもあり結構フォロワーも多い。



「月火社がだいぶん前にシンぷルシリーズでパーカー出てたよね」

「あるけど耳付き」

「え俺嫌なんだけど」

「いいじゃん可愛い」

「だから。水虎様絶対見るんだって」

「良くない?」

「着て来いって言われる。そんなん来て外出たくない」

「出た甥っ子大好き」



 炎夏と暒夏を育てたのは両親ではなく母方の伯父とその弟の水虎だ。二人とも炎夏と暒夏が大好きで、特にツンデレ究極形態の炎夏なんて超溺愛中。甥の恥なんて知ったこっちゃないほど甘やかす。


 ただ、伯父の水明すいめいの方は現在体調を崩しており外に出られない状態。日常生活にも少し支障があるそうで、もう四十半ばだが独身なのでずっと水虎が面倒を見ている。

 いい加減病院に行かせたいがただの熱だ風邪だと、病院は行動が制限されると言う仕事人な理由で言い訳を続けている。ちなみにめちゃめちゃ仕事が早い。




「耳なしある?」

「まぁシンぷルシリーズじゃなくていいなら……」

「いいじゃん宣伝も兼ねて」

「えー月火の耳付き絶対可愛いのに」

「いいだろ別に。なんならエフェクトで付けろ」

「駄目だよ月火にエフェクト付けたら元が良すぎて逆に怖くなるんだから」

「作りゃいいじゃん。耳だけの」

「僕のやつあるかな。なかったら炎夏のでやらせて」

「いいけど。多少画質落ちるぞ。嫌ならお前のにアプリ入れた方が早い」



 玄智はシェイクを飲みながら炎夏のスマホで試しに手だけの動画を軽く撮って、再生してみる。



「……月火のまつ毛の隙間は見えないね」

「あいつのまつ毛多すぎて一眼レフでも無理」

「なんなんだろうね。長くて太くて束感あるくせに自然カールとか。クソ羨ましい」

「月火、マスカラは?」

「してない。落とすの面倒だから」

「こいつヤバい」

「月火、エクステは?」

「してない。時間ないから」

「ほんとにヤバい」


 幼馴染が美し神々しすぎる。






 色々な店を回って、五時頃になると玄智はまたお腹が空いたのかお腹を押えた。



「……ご飯食べたい……」

「早ッ……」

「もー三人でしゃぶしゃぶ行こ!? 焼き肉は嫌肉の油で死ぬ!」

「無理。火音さんの夕食作らないと。兄さんたちも食べにくるだろうし」

「……火音先生のそれは潔癖なの? 月火の手料理だけ食べるって気持ち悪くない? 失礼承知で言うけどさぁ」

「感覚的に何かを感じ取ってはいるんだろうね。昔私と母様で作ったおせちを見事私の作ったものだけ食べてたよ。最後吐いたけど」

「おぉ……」

「月火が作るだけ作ったらいけるんだろ?」

「弁当を水月兄さんとか晦先生に預けたら食べないかなぁ。いや帰ってきてから食べるには食べるけど絶対いい顔はしてない」

「変な体質だねー」



 ほんとに変な体質だが、水月と火光に聞く限り月火の手料理が大丈夫と分かるまで機械製造と情報が確かなパンをネットで買い溜めてあと数十のサプリ生活だったらしいからな。

 月火に対するなんちゃらはないと思う。ただ、本当に気持ち悪いだけで。



「てことで帰ろう」

「クレープだけ買わせて」

「はい」

「俺も食べよ」

「あま……」

「くないやつ」



 月火も美味しそうなのがあったのでそれを買い、駅でペロッと食べてから電車に乗って山奥まで帰った。











「と言う話をしたので明日動画撮ります」

「僕の生徒が可愛い」

「そうですか」



 寮に住み着きかけている、と言うか住み着いている一人と常に遊びに来ている兄二人にブラックコーヒーを渡し、月火はコーヒーをカウンターに置いて夕食後の洗い物を始める。



 今は夕食が終わって火音と水月は仕事中、火光は昼間の恐怖を天狐で癒され中。教員はストレスが多い。



「水月兄さん、スケジュール張は直りましたか」

「あぁうん、一応直ったと思うけど」

「何? なんかあった?」

「バグだよ。月火のにだけ表示更新されてなかったの」

「水月兄さんに聞かないと全く気付かなかったので危なかったです」

「たぶんコードが重複しておかしくなっちゃったんだと思うけど、これなら全部消えるぐらいの方が変化に気付きやすいね。ほんとに消えたらまずいからやんないけど」

「やろうと思えばできるんだね」



 火光は横から水月の肩に両手を置いて頬を乗せ、火音に撮られているのも気にせず水月のスマホを眺める。メール通知がすごい。仕事か、私用か。

 水月は中学二年頃からずっと遊んでいるので横の関係が広い。別に好きってわけじゃないみたいだけど。




「水月、メール確認してる?」

「してるしてる。重要なのには返してるよ。直接返事したのは放置してるけど」

「千件超えるってヤバいよ。一括既読したらいいじゃん」

「返信中のやつもあるから忘れそうで怖いんだよね」

「そんだけ溜まってんなら連絡先の全部未読でしょ」

「いやぁ? 友達からのスタ連とか画像の山とか放置してるし」

「いや……スマホの性能良すぎない?」

「まぁ改造してるからね」




 なんなんだろうな。この、パソコンから顔上げたら顔のいい兄弟が謎にくっ付いてるのと視界の端に見える妹の無心の顔。一番の原因は火光なんだろうけど火光の頭を撫でる水月も水月。



 月火が水を流し始めたのを聞いて、机を小さく叩いてから気付いた二人に妹を見ろと示した。


 月火の、全てを無視する完全無表情に兄たちはさすがに申し訳なくなったのか火光は天狐を抱き上げるとふらふらとソファに向かう。しかし、それを半ば無理やり水月が横取りした。火光は水月の腹部を蹴ると火音が寝転がるソファに寝転がった。

 天狐が逃げたかと思うと今度は月火の白狐が出てきて、月火の肩を肩足でちょんちょんと触る。



『主様、あれ火音のじゃないの?』

「火光兄さんなら大丈夫なんじゃないですか」

『でも火音……』



 少し視線を向けると、微かに顔色が悪い気がした。

 いや、この人他人に押し付けられた仕事や火神ひがみの駄目当主から押し付けられた仕事内容でも顔面蒼白の時があるのでなんなのか分からない。が、少し視線が泳いでいるのを見れば寝床の心配か。表情は常に動かないが顔色で本当によく分かる顔をしている。



『やっぱり退かすわ。喰う?』

「やめなさい。……黒の方は?」

『天狐と遊んでるわ』

「そうですか」



 白狐を消し、皿を洗い終えると手を拭いて時間を見た。八時、追い返すには微妙な時間。


 火音にソファ大丈夫かと聞こうと思うが、本人いる前で聞くのも引けるし呼び出したら兄が叫ぶし、どうしたものか。連絡先も知らないもんな。グループからどっかで繋がれるだろうか。なんなら炎夏か玄智にでも送ってもらうか。



 いくら溺愛しているからと言っても嫌だぐらい言えた方がいいと思うが。なんで住み着かれてる家主側がこんな悩んでんだか。もういい気もしてきた。どうせシーツ替えれば大丈夫だろう。いやその前にこの二人が帰ればいいが。



「兄さん、今日帰ります?」

「うーん……このまま寝たい」

「僕は寝る」

「火光兄さんそっちで寝た場合床に落とすことになりますよ」

「水月帰って邪魔」

「……泣くぞ」


 割と本気のトーンに火光はスマホから顔を上げ、水月はうつ伏せからダンゴムシのように丸まった。



「……あー動くのめんどくさい」

「そうですか。じゃあ弟が落とされて泣くのを楽しく見ててください」

「は、ひっど」

「頑張れ僕のメンタル」

「火光、俺にも来るからやめろ」

「月火に言って」

「やめろ」

「無理ですね」


 この妹冷たすぎだろ。






 結局月火が部屋に帰り、残ったのはまた出てきた白狐。背を向けて丸くなる火光の背中をべしべしと叩いていたが、座敷童子と喧嘩した挙句仲良くなって今はソファの間で二体一緒にほくほくしながら寝た。

 何がしたかったんだろう。

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