5.買い物

 休み時間、月火げっかが天狐の寝床をネットで見ていると火光かこうが入ってきた。


 ちなみに窓辺には水月すいげつ



「授業始めるよー」

「先生、プール破壊してよ」

「僕の妖心は守る専用」

「ヒビぐらい一蹴りでいけるでしょ」

「僕をなんだと思ってんだ。水月じゃあるまいし」

「ちょっと」

「あぁいたの」

「月火と一緒にしないで」

「私を火音ひおと先生と一緒にしないでください」

「火音ならやりかねないねー」

「ねー」



 三人でそんなことを話し炎夏えんか玄智げんちがけらけら笑っていると、噂の本人が来た。



「ほらいた」

「ほんとだ……」


 火音の言葉につごもりは目を丸くし、水月は首を傾げた。月火も体をひねって二人を見る。


「どうしたんですか」

「水月探してた。どうせ火光のところに入り浸ってるだろって」

「火音先生じゃないんですからいるか不安だったんですけど……」

「俺が入り浸ってるみたいに言うなよ」

「事実でしょう」


 月火のツッコミに少し自覚のある火音は返事をせず、晦はふふんと胸を張った。



「どうしたの? 僕に用事は珍しいね」

「三人ともうるさいから閉めて」

「えー」


 月火が問答無用で窓を閉め、ある程度声が聞こえなくなったところで火光は授業を始めた。次は総合学活。



「さて、プリント配るよ。毎年恒例プールの説明」

「いらなぁい」

「じゃあ玄智だけ国語が代わりね。また赤点取ったみたいだし」

「嫌だ!」

「うるせぇ反抗期」

「一番大人しそうなのに」



 炎夏と月火で全てを嫌がる玄智をからかい、玄智は不服そうにふくれっ面になった。

 左右から伸びた手が頬をつまむ。



「……泣きたい」

「病んでるじゃん」

「まぁまぁ。週末に楽しい楽しいお買い物でも行っといで。水着買うついでに美味しいもの食べてきたらいいからさ」

「二人とも行こう!」

「いぇーい」

「わーい」

「先生は来ないでね」

「傷付いた」










 ということで、一年生三人で東京の山から大都会へ降りてきた。と言っても週に二、三回行く時は行くのであまり珍しくはないが。


 なんせ女子よりも女子の玄智とオタクの炎夏と流行り調査が得意な月火が揃っているので、三人で行っては一人、二人の用事を済ませまた行っては別の用事を済ませと、何をするにしても三人一緒なので行く頻度が多い。

 一緒に行ったが何も買わないなどざら。




「じゃあまず何食べよっか」

「先に食うの?」

「だって月火は食べても体型変わんないでしょ?」

「私。まぁそんなお腹が出ることはないけど」

「月火の夏服買いに来たんだから月火だよ。炎夏も見てあげる」

「どーも」



 自由気ままな玄智にあっちこっち連れて行かれては着せ替え人形にされたりしたり。

 ここにいるのは美容オタクとアパレルブランド社長だ。



「月火は足細いから絶対生足がいいんだけど」

「傷だらけだし」

「名誉の傷だよ」

「女の傷は不名誉なんだよ」

「古い古い。妖輩の傷は名誉の傷なんだよ」



 まぁ月火社が作り出した傷も痣も全て隠れる生足タイツを履けば全く痛々しさはない。色展開も豊富なので白人から黒人、インナーとセットでコスプレイヤーにもどうぞの優秀タイツだ。

 月火は毎日黒タイツを履いているが、そのシリーズ愛用。



「あとで月火のお店にも行こーね」

「いいけど」

「お腹空いたー。昼何食べる?」

「月火、高級フレンチ奢ってよ」

「いいよ? レッツゴー!」

「やめろ玄智。こいつマジで行こうとしてる」



 二人で足を進める月火を牽制し、適当なファミレスに入った。


 月火はおとなしく座る。



「何食べる?」

「パフェ食べたぁい」

「太るぞ」

「明日朝イチ任務だもん。大丈夫大丈夫」

「じゃお前パフェな」

「僕パスタにしよ」



 炎夏は玄智の首に腕をかけ、玄智はそれを押えながら月火とメニューを相談する。二人とも食べたいものを頼んで交換するようだ。



「炎夏は?」

「カレー」

「いつも通りね。月火、頼んで」



 リゾットとパエリアとカレー。サラダとムール貝のガーリックバター焼きも頼んだ。


 パスタどこ行ったと思うだろう。玄智は基本優柔不断で咄嗟に言うことはだいたい適当なので当てにしない方がいい。



「水着どうする?」

「適当なんでいいじゃん。それこそネットでいい気がする」

「お、玄智がネットに頼った」

「だってほんとに入りたくない」

「妖心人魚のくせに」

「妖心が泳いでくれるもんね」

「振り回されてるくせに」



 普通、妖心を出せるのは一体までだ。月火のように二体いるとかいう謎状態は非常に稀。月火の妖力は神々みわとしてはそこまで多くないとは思うが、何故か出せる。

 月火は一体は月火のじゃないとか三体いるとかそんなことを度々言っているが、誰も何も分かっていない。月火も感覚的なものらしい。



「妖心と一緒に戦うってなったらどうするのさ。妖心術酷使したら妖心だせないでしょ」

「うぅ……」

「なんでそんな水嫌いなん。泳げるだろ」

「うーん、人魚に振り回されて溺れたことがあるからじゃない?」

「自分の妖心だろ……」

「あそこで消したら確実に死んでたね」



 いったい二人の知らないところで何があったというのか。


 月火と炎夏は顔を見合わせると肩を竦め、先に運ばれてきたサラダを受け取った。まだ頼んで二、三分なのに。



「はっや」

「タイミング良かったんでしょ。たーべよ」

「いただきまーす」





 三人で盗撮されながらの食事を終え、店を出る前にふと月火のスマホが鳴った。


 話を止めて画面を見る。



「仕事? 任務?」

「いや、水月兄さんから。どうせ構えとかそんなん。出ていい?」

「いいよー」



 電話に応答すると、何故か水月ではなく火音が出た。


「もしもし」

『あ出た』

『は?』

「え?」

『月火!』

「はい?」

『ちょっとなんで僕の時は出ないのさ。火音に無理してかけさせたら出たのに』

「一回目は気付いてなかったです。今初めて」



 どうやら水月が二、三回かけてくれていたらしかったが、全て食べている最中だったので気付かなかった。ただ運が悪かっただけだ。私のせいじゃありません。



『……まぁいいけど』

「何の用ですか」

『僕と火音で任務入ったから一年生で代わってくんないかなーと』

「無理ですね。出先なので。火光兄さんに回してください」

『今日職員会議だよ』

「特級が本職優先しなくてどうします。て言うか兄さんたちどこにいるんですか。火音さんは職員会議は? 兄さんと一緒にいるの珍しいですけど。兄さん仕事は? 今日プレゼンに出席予定でしたよね。出社確認付いてませんが」

『聞いてない? プレゼンに使うの届いてないから来週に延期になったの』

「聞いてませんね」

『最近忙しいみたいだし忘れてるのかも。スケジュール張フルチェンジされてたから確認しといた方がいいよ』

「私の方なんにも変わってないんですが」

『……あれ?』

「え?」



 机に常備のパソコンを置き、カレンダーを確認する。


「今週何か入ってます?」

『明日と明後日に僕のと月火は明後日の夜に二件』

「私の方、明後日に私と金、土に兄さんのが入ってるんですが」

『……僕のやつすぐ送っとくよ。バグだろうから夜までには直しとく』

「お願いします。では」

『じゃーね』



 パソコンを閉じ、すぐに水月から送られてきたスケジュールを確認した。

 ほんとに、全て変わっている。今日何も入っていなくてよかった。出掛けることを伝えていたのでだからか。なんでもいいが。




 パソコンとスマホを鞄に戻し、また炎夏と玄智と駄弁りの続きを始めた。





 十分ほど話してお客さんが入れ替わり始めたタイミングを見て、月火が伝票を取った。


「回転率上がりそうだし出ようか」

「……あほんとだ」

「よく気付くな。やっぱ店の視察とか行くから?」

「だねぇ。どの年代は店にどれくらいいるとか。短時間でも満足できる店と長時間いても疲れない店とか。その土地の雰囲気にも合わせるし」

「さすが社長様」

「じゃお支払いお願いします、え〜んか」

「……フィギュア買って」

「はいはい」



 変におだててくる炎夏の前に伝票を置き、三人で荷物をまとめると立ち上がった。



 学園では任務のため早食いを教えられる。

 普段はゆっくり食べたらいいが、三人は外ではなるべく早食いだ。もしもが起こった時に少し胃に余裕があった方が動きやすい。イメージ的に。実践で育っているので慣れのためか実際そんな変わらなかったりする。


 なので、ほぼ同時に入った他の客が出る頃になると出る。じゃないと入って五分、十分で出ることになる。




 炎夏はスマホで支払いを済ませるとフィギュアの許可をもらったのでさっそくアニメ系のグッズ専門店を探し始めた。炎夏はガチめのゲーム、アニメオタクだ。



「玄智、次は?」

「水着なかったら入らなくていいよね」

「まだ言ってんのかよお前。俺も入りたくねぇのに」

「だって……」

「二人とも特級志望だよね。特級の試験に海での実技があるとだけ言っとく。じゃまずはグッズ」

「月火月火月火」


 玄智は月火の首を絞める勢いで首に腕を回し、首の絞まった月火は目を丸くしながらその腕を叩いた。

 炎夏が呆れて引き剥がしてくれて、一命を取り留める。



「お前なぁ泳げるんだからいいだろ? 妹水泳部だって?」

「あぁ澪菜みおな? らしいね。無級だから暇なんでしょ」



 玄智には妹がいる。妹の澪菜は今年中等部に上がったが、どうやら部活に入ったらしい。仮にも学園。部活は中等部からだがある。

 ただ、妖輩コース生は基本的に中等部から単独任務が増えるので部活なんてやってる暇はない。


 澪菜は親に甘やかされてまともに教養も勉強も訓練も付けてもらえないまま御三家にあるまじき醜態のまま育てられたため入っているだけ。

 ただの珍しい存在というか、まぁ現代の甘い思考になった御三家ならではの特産物とでも言っておくか。


 本来なら運動が点で駄目な暒夏せいかもこういう水泳が嫌いな玄智も勉強がまるで駄目な炎夏も幼い頃に強要されて当たり前になるはずなんだけど。現代でそれをやると虐待になるため、できるのは神々みわだけ。


 まぁ基本商才があるだけの学をつけた馬鹿が月火だと思っておけば分かりやすい。





 三人で、と言うかほとんど玄智が一人で相変わらずの毒を吐き散らしながら愚痴って街を練り歩く。

 この三人が毒舌なのは毒舌な水月と元々あまり口が宜しくない火光の元で面倒見られながら育ったため仕方ない。




「もうほんっとに最悪。そもそもキモがるなら見んなって話。馬鹿なのかな。馬鹿なんだろうね。ニートでももうちょっと頭良いのに。てか暇なら勉強したらいいのにね。スマホ代をテキスト代に回したら頭良くなって暇人じゃなくなって学園入れるかも。何歳か知んないけど。入ってきたら僕世間的立場潰すけどね」

「溜まってんなぁ」

「玄智、あれ飲も。奢るよ、炎夏が」

「美味しそう! 炎夏かーって!」



 二層スムージーやシェイクの上に大量の生クリームやアイスや、トッピングでマカロンからいちご飴から何でもかんでも乗せられるドリンク。ものすごく甘そう。


 月火はお腹いっぱいなので遠慮し、看板付近で立って二人を待つ。それがいけなかったらしい。



 スマホでも見てようと取り出したところ、誰かに取られた。

 見上げると全く知らない人二人組が、月火のスマホの角を軽く挟んで揺らしている。絶対落とすやつ。



「返してくれません?」

「この店待ち? 俺が奢ってあげよっか? 俺らと遊んでくれたらこれ返してあげるー」

「げーっか」



 玄智と炎夏が戻ってきて、玄智は上のまぁ大きいマカロンを一口で頬張ると月火を間に炎夏と一瞬でアイコンタクトを取った。


 玄智が相手の膝を抜かそうとした、その時。



「何、ナンパ? 確かに可愛いけどうちの子みたいに教養ある子は君らみたい底辺とは付き合わないんだよ」

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