4.一級
「
「どうしたの!?」
「一級に相当苦戦したらしい」
「皆あと自習で!」
そう言うと晦姉妹は走って行ってしまい、呆気に取られた三人は顔を見合せた。
「どうする?」
「一級で苦戦だって」
「サボってもバレないな」
晦の担当教科は国語。二人は国語赤点常連。炎夏に関しては基本馬鹿なので他の教科も赤点常連だが。
「……着替えよ」
「次体育か」
「座学とごっちゃになってると面倒臭いよね〜」
一、二時間目が体育だったので二人とも既にジャージだ。月火は袋を持つと教室を出て行き、二人は雑談を始めた。
移動時間になったので三人で校庭に降りる。
いつもなら既にいるはずの火光の姿が見えず、三人できょろきょろと見回した。
「先生いないね」
「苦戦してるとか言ってたし特級様の出番だろ」
「そうかも」
世界で唯一の特級妖輩、
中三で特級になったという化け物じみた実力を持つ人。
ちなみに同等の実力を持つ
クズな父親に毎月一人十万の仕送りをさせられるが、水月も月火も一級だからそんな給料ないと六万まで抑えている。血の繋がっていない火光の金はいらないというくせに。
三人とも別で母に三万ずつ仕送りしているが、父親には生活費として六万だけ。ちなみに月火に関しては自分の会社である月火社で、平均して月に億は稼いでいる。馬鹿な父親には税金で月数百万と言っているし、そのほとんどを神々の貯金に回していると言っているが。
馬鹿は騙されやすくて助かる。
「先に準備運動始めとく?」
「だな」
「……二人は逃げた方がいいんじゃない」
「大丈夫でしょ」
「天下の神々が揃ってんだから」
「……守れる自信はない」
三人で降ってくる怪異を見上げ、校庭の端に逃げた。校舎の窓から
一級の中でも特級に近い怪異。泥の塊のような見た目だ。
「月火、抑えろ」
「はい」
無理だと判断したのか抑えてこっちまで連れてきた水月と火光は皆を怪異から離した。
──妖心術
妖心が座敷童子の火光が地面に手を突くと校舎に牢の格子が張られた。
座敷童子は自らの住み着いた場所を守る。火光の妖心術は守りに特化したものだが、その技術で自分は妖心に守られ無傷のまま体術で祓うという戦闘スタイルだ。
一般妖輩だと二級止まりの妖心術も体術の圧倒的才能がある火光には武器になる。
あとは月火と火音の役目だ。
月火の妖心である九尾の狐が現れ、九つの尾を大きく揺らしたかと思えば周囲に青い鬼火が九つ現れた。
──妖心術
鬼火が編み出した縄が四方八方から怪異を拘束する。
──妖心術
雨雲から九つの鬼火に落ちた雷が縄を伝い、怪異の体を貫いた。
怪異が呻き叫び、どろりと溶けた。
怪異は力をつけると実体化と言う、限りなく生物に近い状態になる。そうなると死骸が消えないので面倒だが、まだ実体化が始まっていない怪異は終わると水のような透明な液体になって溶けるので楽だ。
多くの怪異は実体化する前に日本各地にいる妖輩によって祓われる。
「相変わらず化け物みたいな力ですね」
「お前にだけは言われたくねぇ」
一級以上を一人で拘束して、かつ特級相当の妖心術を扱う火音の妖心術とぶつかってもケロッとしているこいつにだけは断じて言われたくない。
だいたい妖心術同士がぶつかると弱い方か、多くは両方の人間に衝撃が来て倒れるのだが。
「月火! 火音も、助かったよ」
「やっぱ二人の方が強いね」
「でも一級でしょう。たいしたことありませんよ」
「何を言うか。僕らは抑えるのだけでギリギリだったのに」
「相性ですよ。体術的に言えば兄さんたちの方が強いですし」
「それ言うと体術も妖心術も強い火音が最強になるよね」
「俺に関しては生きる手段だったからな」
四人が話していると、放置されていた炎夏と玄智が火光の袖を引いた。
「先生、僕ら放置?」
「授業の半分潰れようとしてんだけど」
「ヤバッ……校庭こんなんなっちゃったし体育館行こうか。水月はまた会社戻るんでしょ」
「うん」
「火音は今日は休みなんだよね」
「火光の授業受けようかな」
「馬鹿言ってないで天狐見張っといて下さい」
火音は舌打ちしながら寮棟に戻っていき、水月もいなくなったので授業が再開された。
寮に帰り、鞄を置くと着替える前にジャージのまま天狐を抱き上げた。
いつも火光が寝転がっているソファに賢く丸まっていたのだが、見事に汚れている。カバーを替える前でよかった。
天狐を風呂に置き、妖心の白狐に監視しておいてもらう。お湯を出している間にソファの二つともシーツを替え、火音の方は除菌水で滅菌、粘着ローラーで埃を抹消。
『主様、温かくなったわよ。この天狐何?』
「火音さんが拾ってきたんです」
『食べていい?』
「駄目ですよ」
『むぅ……』
白狐は怪異ならなんでも喰う。もう一体の黒狐は動物の怪異しか喰わないのだが。いやそもそも普通の妖心は怪異を喰わないのだが。
シャワーヘッドにタオルを巻くと水圧を弱くして天狐の背に当てた。
何をされるのか分かっているのか、おとなしく座っている。これは思ったより楽だぞ。
全体を濡らして、顔は濡れた手で濡らして、棚の中から自作の動物用固形石鹸を取り出した。これに関してはたまに九尾の狐が洗えと言ってくるので洗ったりするのだが、なんせ狐。専用のシャンプーがないのでいっその事と思って作った。
ちなみに九尾の狐は分裂すればするほど小さくなる。でも本体は一体だけなので、その一体を洗えば満足するようだ。
汚れどうこうよりもお湯を被りたいと言う欲の方が強いんだろうな。
泡立てネットで泡立てた石鹸で泡に驚く天狐を洗い、あまり長時間付けるものでもないのでさっさと洗い流した。
耳に水が入るとたぶん面倒なことになるので、耳を押えて全体的に。
毛が長いのですすぎ残しがないように気を付け、最後に尾を流して浴室から出した。ブルブルと水気を払うのをガシッと掴み、タオルで包む。水回りを汚すな。
ドライヤーで乾かして、ふと白狐を見上げた。
「これ何か食べさせた方がいいですか」
『食べないと思うわ。妖心みたいなものだし』
「じゃあ放置でいいですね」
『えぇ』
一時間近く天狐に取られ、仕方がないので先に風呂に入って洗濯物を畳み、洗面所とトイレの掃除を終わらせた。
怪我で車椅子になっても生活できるようバリアフリーのマンションなので掃除する面積が広い。自分一人ならソファの掃除とかしないんだけど。
髪を乾かす時間はないので、八時まで仕事して三十分で課題を終わらせよう。火音と火光と、今日は水月も来ると連絡が入っていたが大人組が帰って来るのはだいたい九時なので夕食はそれに合わせて作る。
今日ぐらい残業になってくれてもいいんだけど。いや、教師は毎日残業か。ちゃんと手当ては付けてます。
ダイニングテーブルであくびを噛み殺しながら先に二つの会社の仕事を終わらせる。
肘を突いて顎を乗せ、ノートパソコンで仕事をしているといきなり肩を叩かれた。
ハッとして振り返る。
「あっ……」
「インターホン押しても反応なかったから火音の鍵で入ってきたけど。凄い剣幕してたけど大丈夫?」
水月は心配そうに首を傾げ、火光は水月の後ろから肩を組む。
「……大丈夫じゃないです。ご飯まだ作ってない……!」
「ゆっくりでいいよ。忙しいでしょ」
「すぐ作ります」
三十分延長のつもりが一時間と十五分ほど延長してしまっていたらしい。やっぱりアラームは手放せない。
今からご飯を炊くと食べるのが十時になるので、もう簡単にパスタにしよう。
唐揚げの予定だったがそれはまた明日。
オーブンレンジが乗った棚からパスタを探し出し、パスタを茹でている間にトマト缶でソースを作る。
もう慣れたが、さすがに予定を詰め込みすぎると疲れるな。絶対天狐を押し付けてきた火音のせいだ。
パスタのゆで汁でソースの濃度を調整しながらパスタとソースを絡め、四枚の皿に盛り付けた。明らかに月火のだけ量が少ないのはいつもの事。
「できましたよ」
「早かったね」
「パスタだ! やった」
水月も火光も天狐を気に入ったらしい。さっそく愛でている。
三人とも手を洗い、火音は加えて消毒し、四人で椅子に座って食べ始めた。
本来ならソファとテレビや棚を置いてくつろぐはずのリビングに無理やりソファを二つと四人用の大きめのダイニングテーブルを置いているのでその他の家具が何もない。
テレビも見ないし置くものもないし別に問題ないが、なんせ質素なくせに部屋が狭いんだよな。また模様替えでもするか。今度相談してみよう。
「月火、今日朝から会社行って学校行って疲れてるでしょ。もう仕事せずに休みなよ」
「今日ぐらい休んでもよかったのに。三人しかいない教師の一人が休むんだから」
「教師コースと情報コースの試験が近いので。学校の方が身に入りますし」
月火は史上初、妖輩、補佐、情報、教師、医療の五コースを卒業せんとばかりに頑張っている。
今まで四コース卒業は稀ではあるものの聞いた事があったが、妖輩に行けるのに他のコースにも手を出す物好きはまずいない。妖輩は学業と任務だけで手一杯なのに、それをさらに仕事三つで溢れそうな月火が成し遂げたらどんな異名が付くかな。
既に妖輩コースの高等部卒業試験は突破している。なんなら中等部卒業試験を小三で突破している。
補佐コースは既に大学部卒業試験を突破したようだし、妖輩コースの大学部卒業試験も近々受けるようだ。
「頑張り時なんですよ」
「年中多忙なくせに」
「ほんとに、無理しないでね」
「まぁぼちぼち」
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