2.昼休み
「はい先生」
「助かるよ」
「お礼は?」
「申し訳ありませんでしたありがとうございます」
昼休み、
この妹は感謝より謝罪を望んでるんだよ。そういう子。
「げっかー、弁当」
「図々しい……」
ジャージ姿でやってきた
こいつが火光に持たせなかった時、火光が忘れていった時は自ら取りに来いと言われる。届けてくれることはない。
座学二時間、体育四時間で構成された
制服を着るのは二時間の座学だけ。なんなら朝に座学がある日は寮からジャージ。朝に体育がある日も朝からジャージ。
月火ぐらいだ、毎日座学で制服着てるのは。
寮の時も緊急に備えて部屋着をジャージにするよう入学時、進級時にそう告げられる。
火音はいつも通り月火の机を壁側に引っ張ると壁にもたれて食べ始める。
火音がこうやって使うので月火の机は月火以外触れない。
月火はもう何も言わなくなった。
椅子をずらし、自分の机に諸々を置いて一段弁当を持って食べる。
「月火って食べる量少ないよね」
「食べる量じゃなくて弁当が少ないんだろ。お前この前あのパフェ一人で全部食ったじゃん」
「何それ!? 僕聞いてないんだけど! デート!? デートならよし!」
「中等部三人と俺とこいつで出かけた時に」
昔から残った食事を一人で全部平らげるのは知っているが、まさか自らこれを食べるとは。
「そんな甘いもの好きだっけ」
「だってあまおうと白苺乗って1500の一人で三十分で食べたら800円ですよ」
「うっそマジ!? 僕行ってこよっかな!?」
「俺行かね」
「私も」
「先生行く?」
「しばらく仕事が詰まってる」
「……げっかぁ」
そんな泣く泣くで見られても。
「先生、パフェ食べたいですか」
「そりゃ食べたいには食べたいけど……」
「ですって火音先生」
「じゃ適当なの回しといて」
「いいの?」
「玄智、写真撮ってこい」
「合点承知」
「行ってらっしゃい兄さん」
「やたー!」
「何企んでんだか」
炎夏の呟きに月火は鼻で笑い、最後の卵焼きを食べた。
この敏腕若手社長、自分が無益なのに商売することはない。おおよそ自分も行って奢ってもらうかなんかするんだろうな。それか玄智に貸しを作るか。
なんにせよ自分は損せずがモットーなので、火光と玄智が凹むことは間違いない。いや、火光に関しては喜んで奢るかも。
一人先に食べ終わった月火は膝にパソコンを置いて仕事をしながら玄智と炎夏と話す。
そろそろ昼休みになるという頃、最近見ていなかった顔がやってきた。
「月火ちゃーん」
「うげ」
「傷付くぞ」
「……失礼しました。久しぶりですね」
「うーん一週間ぐらい? 寂しかったかい」
「別に」
白髪に左右で黒と白の目をした、
火光も火音も凌駕する重度のシスコン。
まぁ、独占欲どうこうではないただの俺の弟妹最強と言う、弟妹オタクと言った方が正しいのかもしれない。
とにかく弟妹溺愛の表も裏でもできる兄だ。
「かぁわいい〜!」
「うるさい……」
月火は撫でてくる水月の腕を掴み、背を向けた。
火光もパソコンから顔を上げて声をかける。
「水月。最近来てなかったけど」
「やほー。四日間北海道行ってたんだよ。お土産あげる〜。火音にはないよ」
「いらん」
水月から大きめの紙袋を受け取った火光は目を輝かせ、玄智と炎夏も立って机越しに身を乗り出した。
「美味しそう!」
「いいなぁ先生!」
「ジンギスカンは玄智と炎夏にあげる。甘くないお菓子美味しそうなのなかったから」
玄智と火光は無類の甘党、炎夏は甘いお菓子が苦手。ちなみに塩っ辛いのも苦いのも無理。完全辛党だ。
「月火と火光にはこれもあげる〜」
そう言うと水月はホッキョクギツネのアクリルキーホルダーとエゾクロテンのぬいぐるみのキーホルダーを出した。
二人ともそれに視線を向ける。
「あ、可愛い」
「僕はいらなーい」
「お兄ちゃん傷付くよ!?」
「知らん」
「月火にはこっち。ピッタリでしょ」
そう言って水月はエゾクロテンのキーホルダーを渡した。しっぽがふわふわの、まさにエゾクロテン。
「兄さん、エゾクロテンの性格知ってますか」
「火音、いる?」
「いらんて」
「じゃあ炎夏君あげるよ。あとで取りにおいで。玄智君は火光と食べて満足してね」
「兄さん」
「じゃ僕仕事あるからー」
瞬間チャイムが鳴り、月火は水月がいなくなった窓に片手を突いて飛び越えると逃げる水月を追いかけて行った。
「仲がよろしいことで」
「先生食べよー!」
「帰ってから月火の部屋集合ね。今学校だから」
「勝手に集合場所にして怒られんぞ」
「大丈夫大丈夫。玄智が勝手に来たってことにすれば」
「チクろ」
「ちょっと」
炎夏とスマホの奪い合いをする火光を動画に収めていると、
「火音先生、またいるんですか」
「お前こそ何しに来た」
「月火ちゃんは?」
「水月追いかけてどっか行った」
真に仲の悪い兄弟は口を聞かないどころか互いの存在を認識しないものである。
またこの暒夏、火音とも仲が悪い。
顔よし頭よし家柄よしの月火。加えて表面の性格もいい。そりゃ誰もが望むわけだが、大概望んでも手に入らない。家柄が違いすぎるから。
妖輩御三家と言うのは妖輩に関係していない三歳児でも知っているような名家だ。その力の強さを絶やさぬよう、婿も嫁もいい家柄または実力者が望ましいとされる。
それが歴代最強と呼ばれる美人な月火なら尚更、無関係の男子と恋愛関係にあっても御三家の誰かと婚約を結ばなければならないのは確実だ。
そして、現在月火の婚約者に最も近いとされるのが恋愛感情どころか興味が火光にしかない火音。二番目に妖心術以外はだいたい一級品の月火大好き暒夏。重要視されるのは妖心術のレベルだと言うのに。
二人とも立場を替わりたいと思えどそれを許さぬのが家と世間。
火音を邪魔者扱いする暒夏は度々火音の悪評を流し、流しては何も知らない月火と火光、火音ファンクラブ(非公式)に否定されては火音の伝説がさらに神化していく。
そんなことの繰り替えのため、暒夏は火音のことを邪魔者扱いで嫌うし火音は悪評を流してくる暒夏を嫌っている。
まぁ暒夏が火音を嫌う理由の一つは火音が毎日三食か二食か月火の手料理を食べているからなのだろうが。それは不可抗力。
「……弁当?」
「あ、ちょっと火光先生!? なんですそのお菓子!」
いきなり
火音はさっさと逃げる。
「水月が北海道のお土産だって……」
「学校で受け取るものじゃないですよね?」
「一個あげるよ。休憩時間にでも……」
「物で釣られる教師がどこにいると!?」
明るい茶色の髪を一本の三つ編みにして肩に流した晦は顔を逸らす火光を睨んだ。
その時、水月を捕まえたらしい月火がキーホルダーを両手に持って帰ってきた。
「あれ、まだ着替えに行ってないんですか」
「また痴話喧嘩が始まったからさ」
「えっ!?」
「生徒の前でなぁ」
「ちょっと!?」
「先生の将来も安泰ですね」
「ね」
三人でにやっと笑って二人を見ると、火光は不機嫌そうに口角を下げた。
晦はほんのり顔を赤くしながら体操袋を持って逃げていく三人を追いかけ、火光はホッとしながら肩の力を抜く。
火音は一年先に、水月、火光も火音に続いて飛び級で、高等部の歳までしかいなかったが卒歴的に言えば大卒になる。ちょうど火音の同級生が今大学四年生だ。
火音は大学部の妖輩学も兼任しているので同級生と会うことも多いだろう。火音の同級生が大学まで続いているのかは知らないが。
そして、火光の高等部の担任は
次代当主の妹を学校面から支えたいと言って教師になったのはもちろん自分の意思だが、やっぱり晦には逆らえないな。怖いもん。
晦三姉妹の長女は妖神学園付属の病院や妖神学園の病院で働く一流外科医、次女は妖神学園保健室の内科医。二人とも大雑把で面倒臭がりな性格なのに、なんで三女だけあんな性格になったのかな。
大雑把になれとは言わないが、せめてもっとおおらかになってほしかった。別に望める立場でもないが。
スマホ片手にネクタイを調整しながら更衣室を出る。
ちなみに制服は白、男教師は黒ワイシャツだが、色さえ合っていればワイシャツ、ネクタイ、ズボンはどこのでもいい。火光はサイズがなかなかないので月火に特注で誂えてもらっている。
これは今年誂えた新品を久しぶりに着たのでまだ少し首が固い。
炎夏の身長は伸びているが玄智も、月火は特に伸びていないよなぁと思いながら数年前の写真を見返しているといきなり背中を叩かれた。
「何水月」
足音で気付いてたぞ。
「にやけ顔してるからさ。火光のキーホルダー月火に取られちゃった。僕の身の安全のためだよ。許してね」
「ん〜許す許す」
「ざっつー。さっき暒夏君が月火探し回ってたんだよ。諦めたらいいのにね」
「無理でしょ。執着に近い依存だし。僕らと一緒だよ」
「あは〜」
水月は頭はいいんだけど顔もいいんだけど、表情がアホらしいんだよな。欠点。
「ま、月火は可愛いから仕方ないね」
「ね〜」
「そう言えば火光のファンクラブ公式になったってほんと? 僕も入ろっかな。火音も誘お」
「兄達がキモい」
追いかけっこが好きな兄弟だことで。
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