妖神学園

織優幸灧&夜月夢羽&腐諕

1年生

1.朝

 ベッドの上でパソコンを叩き、仕事を進める。



 十四歳で継いだ家督と会社、自ら設立した会社の計三つ。まだ継いで半年ほどだが、繁忙期もすぎてかなりはかどるようになってきた。

 そろそろストップしていた新企画をスタートさせたいと思っている。




 電化製品、不動産関係、寝具関係などを広げる代々の会社、神々みわ社。

 メイク用品、アパレル、シューズ、玩具など、若い子向けのものを広げる月火げっか社。


 そして、妖輩の世界一の育成機関と言われる日本国立妖神ようしん学園と妖輩ようはいをまとめる上層部のさらに上に立つ、御三家の最高格、神々本家の管理。







 この不満とストレスが渦巻く社会で、人々の負の感情がどこへ行っているのかと言うと、それは外だ。


 死後、成仏できずに怪異と呼ばれる化け物になった負の感情を込めたの塊は人々に危害を及ぼし、その元の感情に従ってイタズラというものから喰い散らかし、殺すものまで。様々な行動を起こす。



 そして、それを作り出す人間側もまた、自らのストレスに対抗する手段を作り出した。


 それが妖輩者。

 自らの心の表れと言われる妖心ようしんとともに怪異に対抗し、怪異を祓っていく。


 その妖輩を唯一育てる専門機関が妖神学園。妖輩を幼いうちから集め一般学業の他に対怪異への術である妖心術を学ばせる、学校兼養成所。

 中等部からは全寮制の、飛び級可能な幼小中高大一貫校。




 妖輩には名家と呼ばれる家が三家存在し、それぞれ火神ひがみ水神みずかみ神々みわ

 高度な妖心術を操る神々を智の火神と武の水神が支える。それが本来の姿。なのに。



 まぁここで愚痴っても仕方がないので心を入れ替えるが、とにかく歴代一多忙になった月火に休みなどない。

 寝ても覚めても食っても吐いてもやってもやっても仕事仕事仕事。自ら進んでなった道なので別に後悔はしてないが。














 アラームが鳴り、ハッとした。


 パソコンを閉じて、それを持ったままリビングに出る。 

 全生徒同じの1LDK。教師寮は大きいのに部屋数が少ないということで2LDKらしい。入ったことはない。





 並行に置かれたソファにはよく似た兄弟。


 一人は兄で担任の火光かこう、一人は教師の火音ひおと。赤い髪と紫の目と言う容姿からでも分かるように、二人とも元は兄弟だ。

 火光が五歳の時、戸籍上は実子として神々に迎えられた。元々仲が良かった、同い歳で誕生日が先にある水月すいげつの家に引き取られた形で。


 月火が生まれた時には二人揃っていたので養子という感覚はない。普通のシスコンお兄ちゃんという感じ。



 幼馴染で構成された高等部妖輩コース一年の生徒が大好きな、ブラコンシスコン担任お兄ちゃん。扱いが面倒臭いのが結構大きな傷。




 で、兄の火光はいいとして何故教師の火音がいるのかという疑問。

 この人、国宝級の顔からは察せれないほど厄介な性質、面倒な性格を持っている。そう、潔癖症。



 人の作った食事は人の感情が入っているからと受け付けず、自己嫌悪で自らの部屋にも入りたがらず、他人が触ったものすら嫌がる。

 にも関わらず月火の部屋のソファにいるのは、月火の部屋は人の感情がない、と言う謎の理由で。もし他人がいてもその感情のない雰囲気がある程度抑えてくれるから、まだマシだと。


 もちろん埃、ハウスダスト、花粉、髪の毛。ゴミや空き缶等も受け付けない。



 ただ、溺愛中の火光に対してはよく飛びついている。溺愛に潔癖は適用されないことはないが、ブラコンという欲望が勝つようだ。



 実際に月火の親が作ったものを食べて吐いたり食堂のものを食べて吐いたり皆が座る椅子に座って吐きかけたりというのを何度も見ているのでもう言いなりになっている。




 特に感情を込めないように意識しているとか感情がないとかそう言うわけではないが、もう小学二年の頃には既に作っていたので慣れた。




 なお火音に関しては寝坊確定。








 パソコンを机に置いて風呂に入る。



 その音で目が覚めた。


 ゆっくり起き上がり、亀のように丸くなる。朝が弱いのはいつもの事。弱いと言うか、太陽が嫌いと言うか。ちょうど差し込み始めた朝日から顔を背け、起き上がると頭を押えた。ねむ。



 火光の寝顔を一枚撮って、鍵のかかった専用フォルダに移動させた。寝顔、泣き顔、笑顔、怒り、恐怖、驚き。全部詰まった火光フォルダ。



「楽しそうですね」


 写真を眺めているうちにいきなり声が聞こえ、ハッとして顔を上げた。


 白い目とそれを囲む白く長いまつ毛。目の上で丁寧に切り揃えられた漆黒の前髪と、同じく腰ほどで切られた長く艶やかな黒髪。純日本人と言うにしては彫りの深い美人。毎年行われている世界一の美女を決める美人大賞に去年、日本人で初大賞を取った顔。

 顔も白さもスタイルも、頭も表の性格もピカイチ。ただ、ちょっと煽り属性でちょっと嫌味を言ってちょっとひねくれていると言うだけ。



「月火……早かったな」

「十五分ぐらい経ってますけど」

「……マジ?」

「朝練は」

「ヤバい」



 陸上部顧問はスマホを捨てるように置くと少し急ぎめに準備し始めた。


 月火は弁当を作り始める。



 五時半。もう出なければならないはずの火音はカウンターからキッチンを覗いてきて、月火はそれを見上げた。


 148センチ、本人は150と偽るが。と、186の差。



「何か」

「俺の弁当火光に持たせて」

「お昼抜きになっていいなら」

「火光が俺の食うなら」

「食べませんよ。炎夏えんかさんに体重からかわれて瀕死なんですから」

「軽いだろ」

「あの身長ですからね。成人男性の平均より重いのは仕方ないです」



 だってうちの兄二人とも193と6。なんで妹だけこんなちっちゃくなったんだろ。

 火音に関しては高校生頃までサプリとパンだったくせになんでこんな身長なんだろうか。

 やっぱ血か。血筋なのか。

 水月と同じ血のはずなのに。




 自分の頭を押え、火音を睨みながら溜め息をついた。



「何」

「別に。遅刻して可哀想だなと思いながら」

「朝練は出なくていいし」

「テストも作り終わってますもんね」



 高等部主任のつごもりに提出のテストが今日までだったのを思い出したのか、火音は何も言わずに出ていった。



 六時半になる前に火光を起こし、三つの弁当の蓋を閉めた。自分の、火光の、火音の。

 火光に関してはあと少しで出なければいけないが、なんで起きないのか。いつもなら声をかけたらすぐに起きるのに。



「兄さん、晦先生に怒られますよ」

「……何時?」

「六時十五分」

「ヤバい! おはよう!」

「おはようございます」



 誰も手網を引けない火光を名前だけで従える晦先生、すごい。



 火光は慌ただしく準備し始め、髪を整え職服に着替え腕時計を付け替えると荷物を持って出ていった。弁当を忘れて。


 椅子に座ってその様子を眺めていた月火は机に三つ並んだ弁当をスマホで撮って、火音と火光に送った。


 見るのは朝の仕事が終わったあとだろうな。火音の願望はついえた。







 月火も自分の準備を始める。


 洗濯機を帰宅時間に乾燥が終わるようにタイマーをセットしておき、髪を整えると制服に着替えた。


 黒タイツに赤のラインが入った黒いセーラー服。

 男子は白のワイシャツに緑のネクタイ。ベストは自由だがブレザーは黒に深緑がアクセントに入った制服だ。


 近々女子もブレザーにして、スカートかスラックスか選べるようにしようと思っている。制服作成にも手を出すか。




 時々時間を見ながら部屋とソファとキッチンの掃除を終わらせた。特にソファは髪の毛、埃一本ないように。カバーを替えるのは帰ってから。埃がつくと二度手間になる。




 寮と言っても1LDK、六畳の洋室とキッチン含めた十五畳のLDKなので普通のマンションほどの大きさがある。

 毎日の掃除はシンプルに大変。まぁ、自分の部屋は毎日はしていないが。

 会社の試供品が溢れすぎてかなり酷い惨状になっているのだ。ギリギリベッドで寝れるぐらい。

 だから仕事も課題もベッドかダイニングテーブルで。


 自分の部屋の机なんてもう。






 鞄を背負い、弁当が一つずつ入った紙袋を二袋持つと寮を出た。


 瞬間、真正面で誰かとぶつかりそうになる。

 鍛えられた反射神経で止まり、顔を上に向けた。



「危ない」

「びっくりした……!」


 淡い水色の髪と紺の目をしたクラスメイトの炎夏えんかは胸を押え、月火は玄関の鍵を閉めた。



「タイミング良すぎ」

「ほんとに。俺玄智げんちともぶつかりそうになったんだけど」

「今? 玄智は?」


 もう一人のクラスメイト、女子より女子らしい男子の玄智は二人の寮の間だ。月火、玄智、炎夏と並んでいる。



「忘れ物って帰ってった」

「鳴らす?」

「もーいいじゃん。俺先行くぞ」

「拗ねるんじゃない」

「ハムスター」

「リス」

「誰が頬袋持ちだって?」

「あ出てきた」



 亜麻色の髪に緑の目をした玄智はムスッとふくれっ面になり、寮の鍵をかける。


 炎夏はその横顔を眺めながら頬を挟んだ。



 玄智は問答無用で炎夏の脛を蹴り飛ばし、炎夏は足を押えた。



「痛った……」

「馬鹿め」

「馬鹿やってんのさ二人。早く行くよ」

「はぁい」



 寮の部屋内は自由だが、寮棟内は外靴だ。そのまま校庭に出て高等部校舎に向かう。

 この校庭は初等部、中等部、高等部と学生寮、教師寮、駐車場の他に学校や妖輩を生業としている者をまとめる上層部の本部と面している。


 つまり、ここが妖輩の根城だってこと。




「月火、その袋何?」

「赤髪兄弟の弁当」

「先生の?」

「いっつも火音様のは持ってるけど。火光のは珍しいな」


 比較的身長が近くても10センチ以上差のある玄智と30センチ近い身長差のある炎夏。二人とも月火の肩に片方ずつ腕を置き、月火は弁当を見下ろした。



「火音先生が朝練に行くときはだいたい弁当ができてないから取りにこさせるけど、担任は寝坊で遅刻で忘れ物」

「先生っぽーい」

「妹離れできてないし。あいつ今年で二十一だろ」

「ま、誕生日来年だけど」

「この前来たばっかだもんね」

「成人式で成人してないって笑ってたし」

水月すいげつ兄さんと馬鹿やるのが火光兄さんのさがなんだよ」

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