チーズ菓子日記
藤泉都理
チーズ菓子日記
和洋折衷の音楽隊。
愛嬌のある巨大な藁の龍。
牛、山羊、羊の着ぐるみ。
彩り鮮やかな着物に身を包む人たちが、山車と人力車に乗っては曳いては通行人にビラを手渡し、最後尾にチーズ菓子の絵がお洒落に描かれた移動販売車が賑やかに通り過ぎる。
昼間の光景。
その行進は煌びやかなのに、どうしてだろう。
妖しげな影の気配が、どうしても拭えない。
季節ごとに一回。
祖母の代よりずっと前から続いている、チーズ菓子への感謝を伝え販売をする行進について。
祖母の日記にはこう記されていた。
終点地である店にまで、ついていってはだめだよ。
日記なのに、誰を諭そうとしているのか。
自分自身なのか。
それとも、のちにこの日記を読むだろう子どもや孫なのか。
ついていってはだめだよ。
ついていったら。
ベイクドチーズケーキ。
レアチーズケーキ。
スフレチーズケーキ。
ニューヨークチーズケーキ。
バスクチーズケーキ。
この時期限定のさくらのチーズケーキ。
チーズシュークリーム。
チーズマドレーヌ。
チーズマカロン。
チーズクッキー。
行進は前に進む中。
随所に存在する空き地に移動販売車は止まり、チーズ菓子を販売する。
「いや~。さすがはばっちゃんを虜にしたチーズ菓子だ。どれもおいしそ~」
麦わら帽子を深く被った少女は行列に並ぶ中、手渡されたチラシをじっっっくりと見た。
持っているお小遣いで買えるのは、生菓子二個と焼き菓子一個。
(うーんんん。レモンの輪切りが乗っているきれいなレアチーズケーキか~。表面に香ばしい焦げ目がついているバスクチーズケーキか~。さくら色でさくら型のかんわいいさくらのチーズケーキか~。焼き菓子は、中にあっさりチーズクリームが入っているマドレーヌ。うん。うん~~~)
「いらっしゃいませ」
順番が来た少女は直前に決めたレアチーズケーキ、さくらのチーズケーキ、チーズマドレーヌをお願いしますと元気な声で言った。
「買えた!買えた!買えたよ~~~」
るんるんらんらん気分で木の上に建てられた我が家に帰って来た少女は、真っ先に祖母の日記へと駆け寄ると、ババンと箱を開いて今日買って来たチーズ菓子を見せた。
「うへへへへ~。美味しそうでしょ~。本当は全部買いたかったんだけどね~。お小遣いじゃ買えないし~」
ぽふん。と。
あいらしい音を立てて変化を解いた少女、もとい狸は、身体と同じ大きさのしっぽをふりふりしながら、お気に入りのお皿に全部乗せて日記の前に置いた。
「ばっちゃんの日記に書いてある通り。ついて行かなかったよ。だって、ついていってお店に行ったら、はっぱをお金に変化させるってズルしてでもお菓子を全部買いたくなっちゃうんでしょ?」
約束したんだもんね。
もう二度とズルはしないって。
「タヌキ汁にされたくなかったら金輪際するなって凄まれたんだよね~。チーズ菓子屋さんの烏天狗に」
狸はクスクスと笑って、少ししょんぼりした。
わしは怖いもの知らずだよと豪語していた祖母の知らない面を日記で知れて、嬉しい反面少し寂しい。
けれど。
「まあ、孫には言えないっか」
カラカラと笑って、チーズ菓子をいただきますとお皿を下げたのであった。
(2023.4.6)
チーズ菓子日記 藤泉都理 @fujitori
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