中編

「初めて来たけどいかにもお化け屋敷って感じのとこだね」


廃病院となった捉良川病院は元の形は保っているもののいくつもの窓が割れており、外壁の塗装は至る所が大きな引っかき傷の様に剥がれてしまっていた。


「だよなだよな!やっぱこの時間に来てもこえーな!」


「虫も多そうだから早く終わらせよ」


「それもそうだな!」


誰も手入れをしていないため、外は長い雑草が生い茂っている。

ただ、怖いもの見たさに訪れたであろう人達によって作り出されたチカラシバの倒れた道が廃病院へと案内する様に続いていた。


「おい海。なんで俺の後ろ着いてくるんだよ」


「ゴキが嫌なんだよ!もしいたら教えてくれよな」


「ったく、前どうやって行ったんだよ」


自分達よりも背が高い雑草を抜けて遂に廃病院の中に踏み入れた。


ジャリジャリジャリ

割れたガラスの破片が歪なその院内の風貌を更に加速させるようだった。

待合室であろう場所にある横に長いソファーは覆われてる皮が剥き出し、中綿が飛び出している。

カウンターにぶら下がる案内看板は片方が切れて首吊り状態の様に風で揺れる。

壁には地元の不良が書いたであろうスプレーの落書きが所々に散らばっている。


「どうよれんや!いかにも幽霊が出そうなところに見えるっしょ?」


「確かにね」


「でさ、2階の階段がこっち」


海は階段の方向を指さした。


「おい蓮也聞いてる?そっちじゃねーぞ」


蓮也は階段がある方向とは逆の方におり、奥に続く暗い通路を見つめていた。

蓮也はその通路の奥に蓮也たちが向かう先にいたものと同じ地蔵が暗闇から見えるか見えないかの位置で鎮座しているのを確認した。


「お、おう」

蓮也は海の言葉に気づいて1度目を離し、階段に向かう前にもう一度確認しようと目を向けるが、そこに地蔵などいなかった。


(気のせいか……)


ザッザッザッザッ

階段はコンクリの破片が所々に散乱しており、手すりは何ヶ所か斧のようなもので破壊された跡がある。

1度来たことのある海が2段飛ばしで駆け上がるのに対して、蓮也は周りの光景を見回し、1段ずつ踏みしめながら上がった。

2階への折り返し地点にある2枚の細長い窓は1枚が割れて1枚は割れてはいないものの縦に大きくヒビが入っている。


(えっ……なんだあれ……?)


蓮也はヒビの入っている窓から何か動いているものを見た。

外に広がる背の高い雑草の隙間からモゾモゾと動いていた。


(狸かな……?)


よく見えないので目を細めてその物体を見る。


(……!!)


それは来る時にも通路の奥にも見た〝地蔵〟の後ろ姿だった。

その地蔵は小刻みに震えており、ゆっくりとこちらを向いた。

蓮也はその間恐怖のあまり、声も出せずその場で静止していた。

そして遂に方向を完全にこちらに向けた。

他の地蔵と一緒で喜怒哀楽のなんの感情も持ち合わせてない様な表情で蓮也を見ていた。

蓮也がそれから目が離せないでいると、地蔵の目尻だけがゆっくりと落ちていき、不気味な笑顔になったかと思うと、もの凄い勢いで首の部分が90度回転した。


「かい!!!」

その途端に我に返った蓮也はすぐさま海を呼ぶ為に大声を出した。


「なんだよ!流石にびっくりするからそんな大きな声だすなよな!」

既に2階に上がっていた海はその大声に驚き、直ぐに階段から蓮也を見下ろした。


「か、海。あ、あれ見てくれよ……」

海が来て少し落ち着いたが声は震えていた。


「どれだよ」

海は蓮也の指さす方に目をやったが、そこには一面雑草が生い茂っているだけだった。


「は?いやいやいやいやいるだろそこに……え」

海に気づいて欲しくて直ぐにまた外を見渡すが先程いた地蔵はそこにはおらず、風に揺れる雑草とその音だけが残っていた。


「さ、さっきまでいたんだよ……そこにあの地蔵が……」


「地蔵って来る途中いたやつか。そんなわけないだろーが。ビビらせようとしてもこんな時間じゃ意味ねぇって!ほら行くぞー」


「いや違っ……」

蓮也は自分の真意を理解して貰えず、しっかり説明したかったが、どんどん2階に向かう海を見て、離れまいと早足でかけ上がって行った。

2階に上がって目と鼻をくしゃくしゃに触ってから、また振り返り確認するがそこには2回目と同じ風景しか見えなかった。

(気のせいだった……のか……?)


こちらを向く海の後ろには昼前にも関わらず1階にあったガラス張りの壁が無い分、奥はだいぶ暗い。

階段にある細長い窓と各部屋に付いている窓しか光の入る道がないからだ。


2人は1番手前の部屋に入った。

そこは個室で、ベッドの骨組みと両開きのタンスだけが残されていた。


「意外と綺麗なんだね。ヤンキーもここまでは来ないのかな?」

1階と同じような様を想定していたが、予想に反し、蓮也が思っていた以上に綺麗だった。

違和感といえばベッドが斜めにズレている程度のものだった。


「どうなんだろうな。タンスになにか入ってっかなー」

ガチャ

「ちょっまっ」

なんの躊躇いもなくタンスを開ける海に蓮也は少し慌てた。

タンスの中には埃以外は一見何も無く、外見は綺麗な状態が維持されていた。


「思ってたより綺麗だな。てかなんだあれ」

そういうと海はポケットからスマホを取り出し、ライトで影になっている右側を照らした。

するとそこには赤く塗られた石が置いてあった。

石は大人の男性の拳くらいの大きめの石で明らかに人為的に置かれていた。


「これ血じゃないよな?」

海が静かに口を開いた。


「海はほんとバカだな……血だったらこんな真っ赤っかにはならないよ……」


「そーなのか?れんやは物知りだよな。お、よく見たらペンで塗ったような跡があるな」


何を思ったか海はその石をスマホを持っていないもう片方の手で掴んで持ち上げた。


「うお。やっぱサッカーボールより重いな。ヘイ!れんや!」


蓮也に向かって海の左手から赤い石が投げられた。

石が宙に放たれてからコンマ数秒だったが、蓮也は不意に地蔵の不気味な笑みを思い出してしまった。


「やめろぉぉ!!!」


パキン!


辺りに響く悲鳴とも取れる声と共に投げられた石を手で払い除けた。

床に落ちた石はその衝撃で2つに割れた。


「お、おい。れんやどーしたんだよ、落ち着けよ。これ落書きされた、ただの石だぞ?」


あまりに怯えていた蓮也の態度に海は一驚を喫した。


「ご、ごめん……」

蓮也は自分の対応を反省した。


「俺もれんやがそんなに嫌がるとは思ってなかったからさ。ごめんな。ほ、ほら、もうここ出ようぜ。」


「うん。そうしよ……」


蓮也はその割れた石を見つめながら、後退りする様に部屋から出た。


「あのさ、れんやほんとごめんな」


「いや俺が変だっただけだから気にしないで」

2人は自転車まで戻ると直ぐに山を降りた。

蓮也は降りる途中にいる地蔵に目を合わせないように下を向きながらペダルを漕いだ。



「今日は昼飯食ってそのまま家でゴロゴロするわ」

自分達の見慣れた地元に戻って暫くすると蓮也はそう言った。


「おう。今日はなんか疲れたもんな。俺も家でピーモンやっとくわ、暇だったら対戦しような!じゃあまた月曜!じゃあな!」


「じゃあね」

学校に向かう途中にある踏切を越えてから海は家のある右方向の道へ曲がって2人は別れた。


蓮也は家に到着し、駐車場の隣に自転車を置いた。

ガチャ

「あら、おかえり。もうちょっとでお昼ご飯作るから部屋で待ってても良いわよ」

掃除機を1度止めて蓮也の母が柔らかい声で言った。


「うん」

2階にある部屋に入る前にトイレに行った。

そして便座に顔を近づけて激しく吐瀉した。

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