SEKI-赤い石-

脇野オズ

前編

二宮蓮也(にのみやれんや)は特に目立った特技もなく、ごく一般的な小学生だった。友達は少ないが、親友と呼べる人が1人だけいた。

それが坂本海(さかもとかい)

勉強は大の苦手だが、スポーツ万能で顔も所謂イケメンの男女問わずの人気者だった。

蓮也と海は趣味も特技も共通点はあまりないが、それが海にとっては新鮮らしく、蓮也の好きな本の話を聞いている内に意気投合して親友と呼びあえる仲になっていた。


「れんやー?昼休みなんだし俺らとサッカーしようや!」


「うーん、今日はいいや。」


「そっか分かった!気が向いたら来いよな!てか今日は何見てるん?」


「あーこれ?怪談本だよ」


「かいだん本?お前難しい本ばっか読んでるよな。そういうのって面白いのか?」


「暇だから読んでるだけって感じかな」


「そっかー。暇なら一緒にサッカーしろよ!」


「えー、今日外暑いじゃん」


「だから良いんだろうが」



「海はやくしろよ!」

「昼休みの時間無くなるぞー」

「先行ってるからな!」

海の友達が小学生には貴重な昼休みの時間に追われながら海を急かす。



「おう!今行くわ!……もうじゃあ明日はやるぞ」


「おっけ〜」


教室には蓮也のように運動がそんなに好きでは無い男子2、3人と大きな声で話す女子グループしか居なくなった。

そんな中、昨日図書室で借りた怪談本をまた読む。

蓮也は別に怪談が好きな訳ではない。みんなが見るような冒険物や図鑑系の本は暇つぶしで読んでたら一通り読み終わってしまっただけだ。


その時読んでいた怪談本がタイトルは覚えていないが内容は〝呪いの石〟の話。

心霊記事を主体とする出版社で働く女性主人公が次の記事を書く為にある山に赴く。

誰も近づこうとする人が居ないであろう閑散とした山道を進んでいくと御札が沢山貼ってある老大木を見つける。

そこには大きな洞があり、洞の中には手で包める程度の小さな石が動かないように丁寧に祀ってあった。女性はネタになると思い、その石を家に持って帰ってしまう。

それ以降女性の周りでは不可解な事が立て続けに起きた。

高校に通ういつも元気だった弟がいきなり精神病にかかったり、当時付き合っていた彼氏が行方不明になったり、母が変死し、後を追うように父が焼身自殺したり……出版社が突然倒産したり……

記事を書く所では無くなったその女性は石の仕業と考え、また石を元に戻しに行く。

しかし、いくら進んでもその老大木は見つからず、疲れ果てて道の途中で眠ってしまった。

数時間後女性が起きるとそこには暗い闇が広がっていて大きく丸い穴から夜空の光だけが差す。

彼女はその石に吸収された。

何事もなかったようにまた老大木の洞に丁寧に祀られた状態で。


「くだらね」

読み終えるとボソッとそう独り言を言ってまた新しい本を借りに図書室に向かった。


ーーーーーーーーーー


サッカー部の練習が無い日は蓮也と海はいつも一緒に下校していた。帰り道ではその日読んだ本の内容を聞くのが海の楽しみになっていた。そんな海に蓮也も満更でもなかった。


「れんや今日の本の話聞かせてや!」


「良いけどたまには海も自分で本読んでみろよ」


「いや〜本って読むと長いじゃん?そんな時間あったらサッカーしてた方が楽しいべ!」


「ったく」


「それにれんやから聞いた方が話が分かりやすいんだよな」


その後、今日読み終えた話を蓮也は歩きながら語った。


「最後拾ったやつが石になっちゃうのかー、結構おもしれーじゃん」


「そう?俺はくだらねーなって思ったけど」


「だって石の中に入るってどんな感じなのか気にならね?」


「別に気にならないだろ、有り得ないし」


「まぁ俺も信じてねーけどさ、れんやは俺以上に信じてねーよな」


「お前がやばいだけだろ。この前、海の家で〝連絡アリ〟観た時もお前笑ってたじゃん」


「あれな!れんや超ビビりまくってたもんな!」


「そんなビビってねーよ」


「分かった分かった!お、もうれんやんち着いちったな。明日は昼休み絶対サッカー来いよ!」


「はいよ」


こんなどこにでもある当たり前のルーティンが小学生の蓮也の日常だった。


ーー次の日の昼休みーー


蓮也は海達と約束通り校庭のグラウンドでサッカーをした。


「れんやれんや。昨日の帰りにさ、石の話してくれたじゃん?」


「うん。それがどうした?」


「帰ってから思い出したんだけど前にサッカー部の何人かで心霊スポット行こうって話になってさ……」


「うん」


「捉良川病院て廃病院あるっしょ?あそこに行ったのな」


「お前よくあんなボロボロで薄気味悪いところ行けるな」


捉良川病院は蓮也が産まれる前にはもう潰れていた精神病院であり、数々のオカルトチックな話題で今では周りでは有名な心霊スポットとなっている。


「でもチャリでいける心霊スポットといえばあそこしかないっしょ!」


「まあそうだけども……」


「でさ、中はめっちゃ暗くてさ、床も色んな物落ちてて気持ち悪かったんよ!でも何も幽霊みたいなのは出なかったからつまらなかったんだけどさ」


「そりゃそうだろ」


その後も海の話は続いた。


「でもその時は後輩がビビってどっか行っちゃったからそれ追いかけて外でてすぐ終わっちゃったんだけどさ。まだ2階見てないから今度の土曜に2人で行ってみね?土曜空いてる?」


「空いてるっちゃ空いてるけど……」


「じゃあ決まりな!」

そう言って海はサッカーへと戻って行った。


「ちょっ……」


「はやとこっち空いてる!パス!」


そんなこんなで蓮也は海と例の廃病院に行くことが決まった。


そして土曜日の朝


ピンポーン

蓮也の家のインターホンが鳴る。

「はーい」蓮也の母が出た。


「海です!れんや呼びに来ました!」


「海くんね!すぐ呼んでくるから少し待っててね!」


ガチャ

「遅くても門限までに帰ってくるのよー」

30秒程経って遠くから蓮也母の声と共に蓮也が出てきた。


「れんや、ういー!」

自転車に跨ったまま帽子から出ている癖毛の部分を触りながらそう言った。


「うい。てか来んのはえーよ」


「わりぃわりぃ」


自転車の置いてある駐車場に向かう。

自転車スタンドのロックを外し、静かに前進した。

その間、駐車場の前で海はスマホをいじっていた。


「地図アプリだとここから1時間ってなってるけど俺らなら40分位で着くか!」


「まあゆっくり行こうよ」


「それもそうだな!」


それから蓮也と海は自転車で目的地の捉良川病院へ向かった。

夏ということもあり、普段運動をしない蓮也はすぐ疲れたので家と目的地の中間くらいにあるコンビニで飲み物を買い、10分くらい休憩することになった。


「にしてもこんな朝から行ったら雰囲気出ないよな」

海が少し拗ねたような口調でそう言った。


「別に肝試しに行く訳じゃないから良いだろ。遅くなると虫とか増えてきて気持ち悪いじゃん。今夏だぞ」


「確かに。俺がこの前行った時は蚊がうじゃうじゃいたけど、もしかしてゴキとかいたのかな……」


「そりゃ沢山いるだろ、お前ゴキブリ嫌いなのによくそんな時間に行けたな」


「うぇ〜気持ちわりぃ〜」

海は自分の脚がゾワゾワしたのを感じてさすった。


「まぁそろそろいくか」

蓮也がそう言うと2人はまた目的地に向かってペダルを漕いだ。


捉良川病院まで残り5分程になるとくねくねと曲がる山道へ入っていった。

人はおろか、動物の気配もなく、木々だけが2人を迎え入れるかのように音を立てていた。

そこは軽自動車がギリギリ通れる程の道で、地面の凹凸が2人をより疲れさせた。


「はぁはぁ……坂キッツ……噂には聞いてたけどなんも無いんだな。はぁはぁ……山の手前にあったガソスタで休めば良かった」

蓮也の疲れは限界に達しようとしていた。


「ハハッ。れんやはほんと運動不足だな。この地蔵まで来たからあと少しで着くぞ」

苔だらけで手入れがされていない地蔵の群が両端に連なっているそれをみて蓮也は言った。


「なんか気味悪くね」

蓮也は初めて見る光景に少し慄いた。


「この前行った時は思わなかったけど確かにこの地蔵なんか気持ち悪いな。まあみんなで話しながら言ってたからそんなちゃんと見てなかったのかもなー」


まだ昼前にも関わらず肌寒い風、空を覆いかぶせるように埋め尽くす暗緑の木々、目的地へ歓迎するかのようにずっと立ち並ぶ苔だらけの地蔵が蓮也を不安にさせる。



「ふぅー!やっと着いたわ!」

海はそう言うと自転車から降りて背伸びをする。


「はぁはぁ……しんどいわ流石に……」

海の数倍疲れていた蓮也は暫く自転車に乗ったまま呼吸を整えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る