第18話 おでん!
ロロルは電話を受ける直前に、俺の姿を斜め前に見つけるやいなや、視線で何かを語りかけてきた。
その表情で、もしかしてモニタリングしてほしいのか? と察した俺は、肩にさげていたマイヘッドセットを魔法石に差し込んだ。
しまった。
さっきの研修で言いそびれていた。
受電の最初は「お電話ありがとうございます」が鉄則だが、それより前にもう一つ鉄則があった。
3コール以上待たせちゃダメだ。
しかし勉強熱心なロロルのこと、それは心得ていたようだ。
俺を待たずに(というか、ギリギリ間に合ったのだが)魔法石の上に指を滑らせて、キリッと眉を持ち上げて、小さな唇を開いて息を吸い込んだ。
「お電……!」
だが、言葉はそこで途切れた。
なぜなら、電話が途切れたからだ。
ガチャ切り——……!!
電話が繋がる直前あるいは直後、気が変わってきってしまうお客様もいらっしゃる。それは仕方がないことだ。
ガチャ切りであっても入電は入電。氏名不明でログを残しておく必要がある。
で、不明電話の残し方は、どうすればいいんだ?
電話を受けた張本人のロロルならわかるだろうかと、腰を浮かせて彼女の顔を覗き込むと、それは真っ赤になっていた。
「ど、どうしたんだ?」
どこか具合でも悪くなったのだろうかと心配した。
「わ、私…、私…」
と、声を震わせている。
「大丈夫か?」
もう一度聞いた、その時だった。
彼女は頬を真っ赤にした涙目で、必死にこっちへ訴えかけてきた。
「私、今、『おでん!』って言っちゃいました……!!」
そこかよ!!!!!!!!
俺は思いっきりツッコミを入れたい気持ちになった。
けれども彼女は恥ずかしさに顔をくしゃくしゃにしている。そんな人に追い打ちをかけるのもどうかと思うので、俺はグッと堪えることにした。
「う、うん……、まぁ、確かに、結果的に大声で『おでん!』になっちゃったけど、それはもう切られちゃったから仕方がない、事故みたいなものだよ。コールセンターではよくあることだよ。結構毎日のように誰かが『おでん』って言ってるよ」
「でも、でも……」
「ってゆーか待ってくれよ。さっき『配色』が分からなかったくせに『おでん』はわかるのかよ。いや、それよりも、ここに『おでん』があるのかよ!」
「ありますよ」
ケロリと言われた。
「おでん、あるの?」
「あります」
「食べられるの?」
「はい」
ロロルは気を取り直したようで、まっすぐに俺を見て、「なぜそんな常識を?」という感じに言ってくる。
「トールさんはおでんが好きなんですか?」
「いや、そんなに特に好物ってわけでもないけれど、でもまぁ、嫌いじゃないし、好き、かな」
ロロルの瞳がメガネの向こうでキラキラと輝きはじめる。
「じゃあ! じゃあ! あとで、仕事が終わったら、おでん食べに行きましょう!」
「賛成!」
と、ユリヤの声が聞こえた。
「いいね! 行こう行こう! みんなも誘ってくる!」
「おいおい、そんな急に決めて……」
ま、いっか。
ウキウキ去っていくユリヤの背中を見ていたら、それもいいような気がしてきた。
「えっと、じゃあ、おでんは食べにいくとして、さっきの電話だけど」
「おでん電話ですね」
ロロルはもうネタにできるほど回復できたようだ。
「うん、それだけど、ああいうふうにすぐに切れてしまった電話を『不明電話』っていうんだけど、それも記録に残しておく必要があると思うんだけど」
「あ、これのことですか?」
と、ロロルが指してくるので、俺はブースを回り込んで石板を見に行った。
すると、画面上にはいつもの「転送者」「転生者」ではなく、時間と担当者名の入った、ログを残すためのテキスト入力フォームが出ていた。
「あ、そうそう。よかった、こういうのがあって。うん、じゃあ、そこに書いておこう」
「何をですか?」
「さっきの……」
すると、またロロルの目尻に涙がたまる。
「お、お……『おでん』って言っちゃったって、書かなきゃダメなんですか……?」
はいそうですって言ったら死んじゃうかもしれないくらいだな。
「いやいや、『入電するなり先方より切電』とか『ご案内前に先方より切電』とか、とにかくお客様都合か回線の問題で電話が切れてしまったことを記録しておくんだ。決してこっちが切ったわけじゃないことを、一応、記録としてね」
「なるほど! はい。わかりました!」
まぁ確かに、大声で「おでん!」って叫んじゃうのは、普通に考えたら恥ずかしいことか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます