異世界コールセンター

第16話 システムエラー

 というわけで、俺は昼休みをもらった。


 とはいえ、ここには食堂のようなものがあるのだろうか。


 そういえば、コールセンターの全体図を、俺は把握していなかった。


 電話機が並んだ受電ブースに、さっきまで研修をした録音室(と呼ぼう。今のところ)、俺が倒れていたのは受電ブースの脇で、廊下のようになっている。

 それが続く先にはドアがついていて、まるで日本によくあるオフィスのように、両開きの重厚な扉が待っている。


 近づいてみると、特段社員証や通行カードなどをかざすところもないので、そのままドアノブに手をかけて押し開けてみる。


 と、俺はまたしても腰を抜かすほど驚かされた。


 なんと、そこは「異世界」だったのだ。


 もうこれ以上、驚くことなど何もないと思っていたのに。

 扉を開けたら、当然そこには廊下があって、給湯室とかトイレとかがあると思ったのに。っていうか、そうじゃなきゃおかしいような作りのオフィスだったのに。


 ハリボテか!?


 ドラマのセットか??


 っていうくらい、扉を開けたら! そこは! 外!


 野外だし、見たこともない草木が生えているし。

 周りを見渡してみると、ぽつりぽつりと茂みの見える平原に、突如現れた現代風の箱! って感じだ。


 俺があんまり呆然としているから、さっき昼休みを促したユリヤが後ろからやってきて、

「どうしたの?」

と、声をかけてきた。


「あのさ…、ここって、どこ?」


 お電話ありがとうございます。なんて言ってる場合じゃなかった。

 どう考えても、まず俺が転送者じゃないか!


 はたと気がついて、俺は受電ブースに戻った。

 誰も使っていない席で石板に顔を寄せると、立ったまま腰屈めて、「転送」のボタンを押した。


 そして「カケハシトオル」と名前を打ち込み、住所を入力していく。


 まさか……


 まさか、まさか……


 ここで俺の名前が出たらどうしよう。

 いや、逆じゃないか?

 出なかったらどうしよう、じゃないか?


 だって名前が出るのなら、データベースに載っているということで、どこの誰だかは知らないけれど、何か責任ある部署が管理しているってことだ。

 もしかしたら、「女神」って奴らがそれにあたるのかもしれない。


 だけど名前がなかったら?


 俺は管轄外。

 イレギュラー。

 どこも責任を取らない、根無草の漂白者になってしまう。


 それだけは嫌だ。


 震える指先で検索ボタンを押した、その時だった。


 ビーーー——……ッ


 と、けたたましい嫌な音がして、みんなの視線が一気に俺に集まった。


「え? なに?」

「トールさん?」

「何したんですか?」


 みんなが俺を心配する。


 ユリヤがすっ飛んできた。


「ちょっとあんた! なにやってんのよ!」

「いや、そんな頭ごなしに怒るなよ!」


 その画面には、「システムエラー」と赤い表示が出ている。


「何これ? トール、何をどう操作したの?」

「えっと、完全に、誤操作しました」


 俺は思わず事実を隠してしまった。

 俺の存在が、なんだか急にあやふやな、恐ろしいものに思えてしまったのだ。


「まったく。しっかりしてよね」

と、すぐに本気で信じてくれたユリヤに、申し訳ない気持ちを抱きつつ。


「ごめん」

と、謝りながら、この画面をどうやって元に戻したらいいのかと考えているうちに、石板は元の、転送と転生を切り分ける画面になってくれた。


 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、いよいよ俺は、ここでオペレーターをしていていいのだろうか、と思うようになった。

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