第14話 コルセン魔法

 この場にいる5人で話し合い、とりあえず入電者のことは「お客様」と呼んでもいいということになった。正式には、後日みんなで考えることで合意する。


 次に、名前を聞くときには必ず「フルネームで」と付け加えることで、後から聞き直す必要がないように予防線を張るのだと話した。


「そして、聞いたら入力する時に必ず復唱。これで間違いを未然に防げる」


 住所は都道府県名から、適宜復唱することで、入力漏れをなくす。


「みんなは俺たちの住所に慣れていないだろうから、先に『ゆっくりお願いします』とか、『まずは都道府県名を、お願いします』と限定することで、入力を楽にする方法もある」


 ガラドーラが抜け目なく質問した。

「その場合、都道府県名の次は?」


「『次に市区町村名をお願いします』という言い方もあるんだけど、もっと簡単なのは、たとえば相手が『東京都』と答えたとしたら、すかさず入力しながら『トウキョウト』と繰り返す。そして、入力ができたタイミングで、『はい』という」


「それだけ?」

 質問したガラドーラが、目をパチパチと瞬きさせた。澄んだガラスのような瞳が揺れる。

「そう。それだけ」


 ユリヤが横から割り込むように質問を重ねてきた。

「え? え? どういうこと? 『はい』って言うと?」


「住所を聞かれているんだから、『はい』って促されたら、たいていの人は続きを言ってくれるよ。しかも最初に『都道府県名』って限定されているから、その続きも適宜ちょうどいいところで区切って教えてくれる人が多い」


「すごい!」

「魔法の言葉みたい!」

と、素直に感動した声があがる。


 俺は解説を加えた。

「人の習性、というか、そういう文化というか……。気をつけなきゃいけないのは、確かにここで紹介した内容はテクニックかもしれないけれど、決して相手を操作してやろうとか、自分の思い通りのことを言わせるためにやるんじゃない。繰り返しになるけど、俺たちが話術を磨くのは、入電者が快適に電話するためにあるんだ」


 それを受けて、四人は自分たちで話し合うように言い出した。

 なんだか研修が活気付いてきたみたいで俺も嬉しい。


「確かに、自分の名前を何度も聞き返されるのは、気持ちのいいものじゃないものね」

「住所も、自分にとっては基本的な情報で言い慣れているけれど、こっちが戸惑っていると『なんで同じことを何回も言わなきゃいけないんだ』って気持ちになる人もいるかもしれないし」

「『同じことを何回も』っていうのは、名前や住所に限らず、いろんな場面で出てくる状況だわ」

「復唱して確認していく……、そのときに、入電者が使った言葉をなるべく忠実に繰り返して理解度をあげるって、大事なことかも」


 俺も話に参加した。


「同じ言葉を使って繰り返せば、相互理解も深まると思うんだよね。幸い、システムは名前の他には住所か生年月日のどちらかだけで検索できるそうだから、住所が聞き取りにくいと感じるなら、最初から生年月日で聞いたほうがいいかもね」


 そうまとめて、俺は次に移った。


 「吉田様、申し訳ありません。少し回線が乱れたようです」


 それを聞くなり、ガラドーラが言った。

「私、この言葉に感動したんです。だって、別に電話回線は乱れてなかったじゃないですか。でもこれを言うことで、相手を不快にさせずにもう一度言ってもらえるんだなって」


「何度も使える手じゃないし、嘘と言えば嘘になるから、褒められたことじゃないよ」

「でも、優しい嘘ですよね」

と、ウリアナ。


「まぁ、そう言ってもらえると助かるよ。他にも『お電話が少し遠いようですが』っていうのも、聞き取れなかったときに使える言葉だね」


「私は実際の電話で、本当に電話回線が乱れたことがあったんです。それで、『お電話が遠いようですが』って言ったことがあったんです」

と、真面目なロロルが実体験を語ってくれた。


「すごいじゃないか。よくその言葉が出てきたね」

と、俺が合いの手を入れると、ロロルは悲しげに首を振った。


「本当に遠かったので、耳にしたままを言ったって感じだったんです。でも、問題はそこからで……」

と、彼女は区切ってから、言った。


「入電者の方、その言い方じゃわからなかったみたいで、『え? 遠いって?』って逆に聞き返されちゃって、私、焦って『よく聞こえなかったんでもう一回言ってください』って、ストレートに言っちゃったんです。これって、ダメな対応ですか?」


「ダメじゃないよ!」

と、俺は断言した。

「敬語や丁寧な対応は大切だけど、俺たちはコミュニケーションを取るのが仕事なんだ。いくら丁寧でも、相手に伝わらない言葉じゃ意味がない。確かに、敬語って最近ではかなりくだけてきていて、『恐れ入ります』とか、通じない層もいるって聞くよ」


 実際に現世でも、たまに俺が丁寧すぎて話が通じないことがある。

 コールセンターで完璧な喋りを習得すると、もしかしたら時代錯誤になっていくのかもしれない。そんなふうに考えたこともあった。


「だけど敬語は、知っていて絶対に損じゃない。だから、ちょっとずつ慣れていこう」


 通じなければ、失礼な言い方かもしれないが、相手に合わせてレベルを変えていけばいいだけのこと。知らなくて使えないんじゃ、必要な時に困るのは自分だ。


「俺の話し方については以上かな。最後まで、相手の話に頷き、相槌を入れ、復唱する。相手の困っている事項に寄り添う。それで吉田さんも安心して電話を終わってくれた……っと、そうだ、最後に、俺がこの電話で大きく失敗してしまったことを反省しよう」


 そう言って、俺はトドスに再生を頼んだ。

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