第13話 ユリヤの才能

「おおおー!」

と、拍手が起きた。


 回答したユリヤが思わず、柄にもなく真っ赤になる程だ。


「ユリヤ、すごーい」

「どうしてわかったんですか?」


 賞賛と質問攻めにされて、ユリヤがたじろいでいる。


「べ、別に……大したことじゃないと思うけど。ただ、私がいつもやってる対応とトールの対応、どこが違うだろうって考えて、あとは、聞いてるうちに、もしかしてこれかなって」


 拍手の波が収まるのを待って、俺は一応解説した。


「復唱するのは、本当に大切なことなんだ。繰り返すことによって、状況把握に齟齬がないかを確認する。これは相手にもまた、俯瞰で状況を捉えてもらうメリットがある。そうするうちに、もし相手がヒートアップしていたとしても、大体の人は落ち着くことができるんだ」


 それから、俺はさらに大切なことを付け加えた。


「注意すべきなのは、相手が使った言葉を使うこと。勝手にこっちで翻訳編集してはいけない。言葉がひとつ違うだけで、相手は『言ってることが違う』『理解していない』と感じる可能性がある。相手の話のどこを掻い摘むのかも重要なんだ」


 そう注釈を入れてから、俺は自分自身を振り返った。


「そういう意味では、今回の俺の受電評価は、決して高いものではなかったと思う。相手の言葉をちゃんと復唱できていたかといえば、あやしいところだ。でもまぁ、自分自身に甘い採点をするわけじゃなけど、このくらいなら許容範囲かな、と思うので、みんなもあまりガチガチに厳しくならないように。あくまでも自然な会話のうちに収まるように」


 そこまで話すと、ロロルの顔色が青くなっていた。


「うーん……、自然な会話をしながら、入電者を誘導しながら、復唱しながら、『ありがとう』を忘れずに……って、難しすぎです」


 一人がそれを言い出すと、他にも不安だった人がいたようだ。

 ウリアナも耳をしょげさせていた。


「私も、全然自信がありません。さっきの受電がひどいものだったことが自分でもわかってきたので、余計に不安になってきました……」


「大丈夫だよ」

と、俺は励ますしかない。

 立場上、そうするしかないということもあったが、本当に大丈夫だと言える確証もあった。


「だってすでに、ロロルもウリアナも『入電者』や『受電』という用語を覚えている。一歩ずつ、確実に進んでいる証拠だよ。電話応対は慣れだから、これからロールプレイをやったりして、ちょっとずつ慣れていこう」

「ロールプレイ?」


 またひとつ、用語を増やしてしまった。

 詰め込みすぎじゃないだろうかと心配になったが、ここで好奇心を止めるのは良くないだろう。


「二人一組になって、入電者役と受電者役を演じながら練習することだよ。演劇みたいな感じ。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、これをこなすと確実にレベルアップするから、あとでやってみよう」


 そういうことになったので、今はまた研修に戻った。


 「かしこまりました。それではお客様の状況を確認いたしますので、恐れ入りますが何点か個人情報をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「これはもう、丸暗記して欲しい。『お客様の状況を確認いたしますので、恐れ入りますが何点か個人情報をお伺いしてもよろしいでしょうか』」


 繰り返すと、彼女たちも口々にそれを暗唱してみた。


「なるほど。これなら難なく聞き出せそう」

 ユリヤが深く頷くから、俺は初めて彼女にツッコミを入れた。

「聞き出すってのは人聞き悪いからやめようか」

 それがタイミングや言い方がちょうどハマる感じで、他の三人は吹き出していた。


「それはともかく、俺はここで、現世の癖で思わず『お客様』っていう言い方をしてしまったんだけど、このセンターとして、入電者をなんて呼んでるんだ?」


 そう尋ねてみたが、みんなまたしても首を傾げてしまった。


「なんて呼んでた?」


 重ねて聞いてみると、衝撃の答えが返ってきた。


「もしもし?」と、ガラドーラ。

「あなた」と、ウリアナ。

「電話口の方」と、ロロル。


 極めつけは、やっぱりユリヤだ。

「お前」


「絶対ダメー!」


 俺は腕で大きな「×」を作っていた。


「他もダメだけど、『お前』だけは絶対ダメ!」

「じゃあ『キミ』は?」

「ダメ」

「『あんた』は?」

「もっとダメ」

「『お主』は?」

「なんで次々聞くんだよ。全部ダメったらダメ。意外に語彙力多いのは偉いと思うけど!」


 俺らのポンポン続くやり取りに、他の三人は呆気に取られながらも最後には笑ってしまっている。


 本当にユリヤったら。ダメはダメだけど、こういうムードメーカーがいてくれると、悲惨なクレームの後でもセンターが明るく持ち直せるんだよな。

 俺はユリヤに、オペレーターとしてではない才能を見出し始めていた。

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