第12話 コールセンターの肝
「質問です!」
と、ロロルが手を挙げた。
「どうしてトールさんは、ウリアナの電話を聞いてたのに、電話を替わった時、吉田さんに同じ話を繰り返し言わせたんですか?」
「ここのところだよね」
と、俺はトドスの録音を再生させた。
「もう一度、そちらへ至った状況をお話しいただけますでしょうか?」
「そう、それです」
「受電中の電話を聞くことをモニタリングっていうんだけど、入電者側から考えた時、許可なく担当者以外が黙って自分の電話を横から聞いていると思うと、ちょっと気持ち悪くない?」
彼女たちはあまりそういう感覚がないのか、一様に首を傾げた。
ガラドーラが代表して言った。
「私は、まぁそういうものなのかなと納得しますけど、トールの世界の人たちが気持ち悪いと感じるなら、しないほうがいいのかな、と思います」
その意見も貴重なものだ。
「なるほど。これが文化の違いということなんだろうな。教えてくれてありがとう」
俺はお礼を伝えてから続けた。
「俺たちの世界だと、やっぱりちょっと、事前の告知が欲しいと思うところだな。それを黙って聞いているっていうのも、そもそも悪いことなのかもしれないけれど、これは業務上致し方ないところというか……」
話しながら、だんだんモニタリングという行為そのものの正当性が、俺の中で揺らぎはじめてしまった。
だが、そこを助けてくれたのはユリヤだった。
「でもすべての会話が記録されているのは、電話をかけた時にアナウンスとして流れることだから、あとから確認されるか、話しながら確認されているかの違いだと思うし、特に何の口出しするわけでも悪意があるわけでもなく隣から聞いてるだけだったら、別にいいんじゃないの?」
「まあ、そういうわけだ」
彼女の言葉に全面的に乗っかってしまうというのも、上席として情けない。
けれど、就任したばかりだし、これからの課題ということにして、今は研修を最後まで終わらせよう。
ロロルは自分の質問に立ち返った。
「じゃあ、わざと聞いていないふりをすることで、相手に気持ち悪い思いをさせないってことですね」
「そっか。それも思いやりとか、まごころ、なのかもしれませんね」
と、ガラドーラが後を引き継いで、ウリアナと頷き合っている。
何となくこの二人は雰囲気が似ているように思った。ウリアナの方がおっとりしていて、ガラドーラは凛とした、別の言い方をすればちょっと冷たいくらいの印象があるけれど。
「このやりとりは、ある意味でクレーム対応の一種に入ってくるから、今回は深掘りしないでおこう。とにかくノーマルな対応としては、『転生』と『転送』を切り分ける。次に、個人情報を聞く、という流れだね」
俺はトドスに早送りをお願いした。
それにしてもこいつは、10秒送りまで正確にやってのけるんだから、一体どういう生物なのだろうか。
そもそも生物なのか?
『で、気がついたらここにいたってことです』
「ありがとうございます。トラックに轢かれたはずが、気がついたらそちらにいらしたのですね」
『そうですね』
ここで俺はまたしてもポーズを入れた。
「えっと、このやりとりが、実はコールセンターの肝だと俺は思っている。それくらい大切なことが2つ、ここに入ってる」
はっきり言い切ると、俺も彼女たちも前のめりになった。
ウリアナとロロルが同時に挙手した。
さっきはロロルが質問をしたから、今度はウリアナに答えてもらおうと、俺が指名する。
彼女は嬉しそうに耳をぴんと立てて、
「お礼を言ってるところでしょうか?」
と、回答した。
「正解!」
「私もそう思っていました!」
すかさずロロルが主張する。
もしかして彼女は、ちょっと負けず嫌いなところがあるのだろうか。
「じゃあ二人とも正解!」
俺が付け加えると、ロロルは満足げに鼻息をもらした。
ウリアナとガラドーラが顔を見合わせて微笑んでいる。
「何はなくともとにかくお礼。これはコールセンターの基本中の基本だと思ってほしい。ちょっと言いにくいな、と思う場面があったとしても、『ありがとう』のひとことが会話の潤滑剤になるのなら、どれだけ言っても惜しくないだろ。呼吸をするようにお礼」
「普段から『ありがとう』をお互いに言いあえる仲だといいですよね」
ウリアナの、おっとりとした純粋な意見に、ユリヤは少し照れたのか、わざと苦い顔をしてそっぽを向いた。
が、ガラドーラはそんなウリアナが愛おしいのか、手を伸ばして彼女の髪をくしゅくしゅと撫でた。ウリアナの耳が、今度は後ろに倒れて震えている。あの耳は感情が正直に反映されるようだ。
「それじゃあ、『ありがとうございます』が1つ目の大切なことだとして、もう1つはなんだろう?」
まるで学校の先生みたいな言い方になってきていることに、我ながら気がとがめるものがあったけれど、俺はみんなに質問してみた。
これがわかる人はいるだろうか。
もしわかるなら、その人はコールセンターでのオペレーター偏差値が非常に高い。天性の才能があるかもしれない……
そんな、多少馬鹿げたことを考えながら。
負けず嫌いで勉強家のロロルも、さすがに答えが出ないようだ。
しかし、それまで黙って考えていたユリヤが、顎においていた指先を外しながら、ぼそりと言った。
「復唱?」
と。
それから、みんなの視線が集中するのに、少し戸惑いながら続けた。
「単純なことかもしれないけど、『ありがとうございます。そうだったんですね』じゃなくて、『トラックに轢かれたはずが、気がついたらそちらにいらしたのですね』って、相手の言葉を繰り返しているところ?」
これには俺が一番驚いた。
思わぬ大正解が出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます