第11話 新人研修スタート!

 成り行きで俺が上席を請け負うという脱線があったが、いよいよ本線。


 トドスが、吉田くんと俺の声をそのままに、電話内容を暗唱する。それにしても、本当に声までそっくりだ。

 つまりそれは、俺が現世で上席との面談などで録音を聞きながらフィードバックを受ける時の、「機械を通して録音された俺の声」にそっくりなのだ。

 トドス……お前はいったいどうなってんだ?

 本当にカエルなのか? それとも機械仕掛けのカエルなのか……?


 『あー、もしもし? なんかよくわかんないんですけど……』

 「はい。恐れ入ります。現代から異世界への……転送でしょうか? それとも転生でいらっしゃいますか?」


 俺はここで即座にストップをかけた。面倒かもしれないが、ひとつずつ解説していったほうがいいと判断したのだ。


 その前に、俺のほうからも確認しておきたいことがある。


「みんなに聞きたいんだけど、ここにかけてくる人たちの第一声って、どんな感じかな? この人と同じように、『なんだかよくわからないんですけど』ってかけてくるのかな?」


 俺の質問に、4人は顔を見合わせたが、すぐに頷いた。


「だいたいそんな感じです」

「『ちょっとよくわかんないんですけど』から入る人が多いかも」

「逆に、理路整然と話してくる人って少ない印象だよね?」

「そうそう」

と、4人は口々に同意してくれた。


「なるほど」

 俺は納得して、続けた。

「電話をかけてくる人のことは『入電者』と呼ぶ。それに対して、受け手である俺たちは『受電者』または『オペレーター』という。もう少し細分化させると『受電者』は立場で、『オペレーター』は職業か身分を表す言葉だが、混同しても構わない」


 少し難しい話だったかもしれない。しかし、共通認識を持つ上でも、用語は覚えておいてほしい。同じ話をしているのに、使う用語が違うと混乱が起きる可能性がある。独りよがりの固有名詞は危険だ。


「入電者は大抵、混乱した状態で電話をかけてくるのだということが、この受電からでも、みんなの実体験からでもわかる。だから、俺たちの最初の仕事は、入電者を落ち着かせることだ」


 俺はそこで言葉を切り、突然早口で話した。

「転生ですか? 転送ですか? お客様の名前はなんですか?」


 4人ともびっくりして、目を丸くしている。

 ウリアナとガラドーラの耳は横にぺたんと伏せてしまった。


「ごめんごめん。でも驚いたし、こんな言い方じゃ落ち着けないだろ?」


「当たり前でしょ!」

と、ユリヤが怒って頬を膨らませる。

「どういうつもりなのよ!」


 それをガラドーラがおっとりとした声で諫めた。

「トールさんは、何か理由があってそうしたんじゃないでしょうか」


 俺は言い直した。ゆっくり、はっきりした口調で。

「『恐れ入ります。現代から異世界への転送でしょうか? それとも転生でいらっしゃいますか?』 受ける印象が全然違うの、わかったかな?」


 それでユリヤも、俺の意図を理解したようだ。

 俺は続けて言った。


「今のは極端な例だけれど、ゆっくりはっきり喋るのは、相手を落ち着かせるのに大切なテクニックなんだ。急いで答えなければいけない場合や、早口で答えたほうが効果的な場面もあるんだけど、今は基本として、ゆっくりはっきり話すことを心掛けてほしい」


「そう言われてみれば……」

と、ウリアナが自身の応対を振り返って言った。

「私の喋り方、ちょっと早口かもしれません……。さっきの『もしもし』ひとことだけでも、自分が思ったより早く喋っているように聞こえて……」


「いいところに気がついたね!」

 せっかくの反省を、俺は大袈裟なくらい褒めた。

「俺たちは普段気が付かないだけで、結構早口で喋ってることが多いんだ。特にオペレーターをしていて、何の気なしに話していると、緊張や不安から、どうしても早くなってしまう。だからこそ、ゆっくり、はっきりを心がけることが大事なんだ」


 ウリアナのおかげで理解が深まったようだ。


「石板によると、まずは『転生』か『転送』か、入電者の状況を切り分ける必要がある。相手を落ち着かせて、入電者がそのどちらの状態なのかを聞き出すのが第一目標」


 ここでロロルが挙手した。

「一度死んで誰かに乗り移りながら違う世界へ移動することが『転生』、本人のままでただ移動してくるのが『転送』ですよね?」


「そのとおり……だと思うけれど、ごめん、最初に断ったとおり、コールセンター知識はあっても異世界知識はないんだ。今ので合ってる? 誰か、何か補足することはある?」


 正直に打ち明けて助け舟を求めると、ユリヤが買って出てくれた。

「『転生』の中には、一度死んだ後、その人自身として蘇ることもあるみたいよ。それは石板にも載ってた」


 俺は彼女の補足に「ありがとう」とお礼を言った。

「だ、そうだ。俺もそれは、あとでよく勉強しておきます」


 それから気を取り直して、自分に言い聞かせるためにも、こうまとめた。


「どういう状況なら『転生』なのか、『転送』なのか。それぞれの定義、実例をしっかり身につけておくこと。そうすると、混乱している入電者へ、より詳しく、様々な角度から、相手に届く言葉を使って説明することができるようになる」


 そのメリットを、俺は実体験から、さらにこう続けた。


「入電者をさらなる混乱に陥れないようにすれば、不必要に苛立たせることもなくなるので、俺たちの仕事が楽になる。知識を身につけるのは、相手のためだけじゃなくて、自分を守るためでもあるわけだ」

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