第10話 トールは上席にレベルアップした

「えっと、それじゃさっそくだけど、録音を少しずつ区切って、内容を聞いていこう」

と、俺はそう説明してから、キツネ耳のウリアナに断りを入れた。


「今回はたまたまウリアナが電話を受けたところからスタートするから、みんなの前でダメ出しみたいなことになってしまうけれど……」


 そこまで言ったところで、彼女は察して頷いた。


「平気です。私の応対も悪かったと思うので、直接改善してもらえるのは、むしろ光栄なことだと思います」

「ありがとう」


 その心意気に、俺は感心した。


 そして、覚醒したトドスに番号を伝える。

「041302002、ウリアナ」


 さっきユリヤから解説してもらったのだが、これは最初の4桁が日付、次の2桁がブース番号、最後の3桁が受電件数になるのだそうだ。

 つまり、「4月13日、2番ブースの、2件目の受電。担当はウリアナ」と、そういうわけだ。


 トドスの目つきが変わった。

「もしもし?」

と、ウリアナそっくりの声でカエルが話しはじめる。


「ストップ!」

と、いきなり俺は停止をかけた。


「最初からだけれど、この『入り』は変えよう。どう変えたらいいか、わかる人はいる?」


 4人とも顔を見合わせている。

 その表情に、答えがわかった様子はない。


 俺は無理やり当てるようなことはしない。


「『もしもし』って出るのは、これからはやめていこう」


 俺の提言に、すぐさまロロルが手を挙げ、指名される前に口を開いた。


「電話は『もしもし』って出るんだって教わりましたけど」

「んーっと、それは、誰から?」

「女神様です」

「女神様?」


 今度は俺の頭に「?」が飛んだ。


 ユリヤが、またいつもの乱暴な調子で付け加えてきた。

「ほら、転生・転送者に異能を割り振ったりする、女神様だよ」


 そう言われても、俺はピンとこない。

 でも、吉田くんがそんなことを言っていたな。「女神かなんかにセンタクの能力を振られた」とか……


「女神様が、私たちをここに連れてきて、電話が鳴ったら『もしもし?』って出なさいって」


 ロロルは必死な様子で繰り返す。

 彼女たちにしてみれば、女神に命じられたのだからそうやって運営してきたのだという担保というか、自負のようなものもあるのだろう。


「そっか。わかったよ。女神様はそう仰ったんだな。でも、女神様は転生や転送を司っているかもしれないが、コールセンターは司っていないだろ」


 もはや我ながらめちゃくちゃな理論だと思ったけれど、意外にも効果はあったらしい。


「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」

「『お電話ありがとうございます』だな」


「お電話、ありがとうございます……」


 彼女たちはそれを口々に繰り返した。


「『お電話ありがとうございます……』! なんか、それっぽいですね!」


 こんなひとことで感動しているんだから、なんだか不思議な感じだな。

 そう思いながら、俺は彼女たちの様子を見ていた。


 新しい、それらしい言葉を知って、彼女たちはとても嬉しそうにしている。

 それを見て、俺もなんだかすごく嬉しい気持ちになってきた……


「『お電話ありがとうございます。担当・トールです』と、こんな感じで、『トール』のところにみんな自分の名前を入れて挨拶するようにしよう!」


 4人とも素直に、それぞれ自分の名前を入れて練習しはじめた。


「うん。よし。これで電話の最初の受け方はよくなったね。まずは電話してくれたことへのお礼。それから、自分が何者であるか、名前をすぐ名乗る。これだけでも、かなりプロっぽくなったと思うよ」


 俺はトドスを少し早送りすることにした。

 このまま続けたら、ウリアナの吊し上げになってしまう。それよりも、俺の受電内容を振り返ったほうが有益だろうと判断した。


 トドスが喋る。

「お電話替わりました。上席のトールです」


 うわー、鼻にかかった他所行きの声。

 本当に自分の声って嫌だ。

 でも彼女たちのためだ。仕方ない。


「俺はこの時、『上席の』と言ったけど、これは吉田さんを納得させるために、つい出てしまった言葉なので、本当はよくなかった。最初から悪い例を聞かせてしまって申し訳ない」


 正直に謝ると、今度はウリアナが質問してきた。


「本当なら、トールさんはどう電話を替わるのが正解だったんですか?」


 その質問は、痛いところをついてきた。


「本当なら……か。うん、本来なら、『本物の上司』が、このセンターにいる必要があるんだけど……」


「なら、それって今日からトールじゃない?」

と、ユリヤが間髪入れずに、みんなに同意を求めるように発言した。


 俺はかなり驚いて「ええっ!?」と声をあげてしまったが、他の3人はその意見に完全に乗り気だ。


「それは安心ですね」

と、ロロル。メガネがキラッと光っている。


「私も一度助けてもらって、それがいいと思います」

と、ウリアナも実感を込めて同意。


 ここまで黙って聞いていたエルフのガラドーラも、

「ぜひお願いします」

と、すがるような目をこっちに向けてくる。


 うーん、これじゃあ断りきれない……


 なにより、いざという時に上席が必要なのは確かなことなのだ。

 お客様を騙すつもりはないけれど、人が替わることでクールダウンすることもある。すごく頭に来た時でも、別の人に聞いてもらうと落ち着く、というわけだ。


「お願い!」「します!」


 四方向からの懇願に、俺は折れた。


「うーん……、よし! わかった! やるよ!」


「わあ」っと小さな歓声が上がる。


「ただし」と、俺は断った。「俺はこのコールセンターの全体像を把握していない。だから臨時ってことにしてくれ。他にぴったりな人が出てきたら交代してもらうし、俺が答えられるのは電話応対にかんすることだけだよ」


「それで十分ですわ」

 ガラドーラが代表するように、何度も頷いた。よっぽど応対に不安があったのだろう。


 しかし、安請け合いしてしまって、俺も大丈夫なのだろうか……

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