新人研修

第9話 電話応対は「まごころ」

 俺がどうしたらいいのか頭を悩ませている間に、ユリヤはオペレーターたち全員と話をつけてきてしまった。


「チームを半分に分けてきた」

といってやってきたのは、ユリヤを入れて4人。


 このセンターに、今日はオペレーターが全部で8人、ということか。


 それが日々の異世界転送・転生者の数と比べて多いのか少ないのかもわからないが、とりあえず、そんな疑問、今は横に置いておくとしよう。


 第一陣としてやってきたのは、ユリヤ、ロロル、ウリアナ、それからエルフっぽい耳をした美女だった。

 最後の彼女は、俺が飛び起きた時に見かけて以来だった。


 赤みがかった柔らかそうな髪は、胸のあたりでカールしている。そのストレートヘアから、ぴょこんととんがり耳が飛び出していた。肩を出した服は森をイメージさせるグリーン系で、腰は太いベルトで引き締められていた。


「ガラドーラ」

と、彼女は名乗った。「よろしくお願いします」


 声の調子は落ち着いていて、すごく丁寧な言い方だった。

 この人こそ応対力が高そうに見えるけれど……。


 まぁ、各人の能力は今後じっくりと見させていただくとしよう。

 まずはユリヤの希望であるところの、トドスを使った俺の応対の振り返りだ。


 と、その前に。


「えっと、それでは……、今から電話応対研修を始めます」


 一応自己紹介とか、この研究の意義を確認して、みんなの意識をまとめておこうと思った。

 研修をするのに欠かせないことだと思ったからだ。


「俺の名前はトール。地球の、日本というところに住んでいました」


 全員の頭に「?」が飛んでいるような気がしたので、言い換えることにした。


「ここに電話してくる、転生・転送した人たちと、だいたい同じような国に暮らしていた、ということです。って言っても、転生・転送が日本特有のものなのか、世界共通のものなのかわからないけれど」


 言いながら、もし他言語圏の人から入電があったら詰むんじゃないかという気が起きたけど、その疑問もあとにしよう。


「とにかく、みんなよりも架電者の文化文明に詳しい、ということです。また、今までコールセンターでオペレーターとして長く勤めていました。だから、多少みんなよりも電話応対に長けているように見えるかもしれないけれど、このくらいのレベルにはすぐに到達できると思います。なぜなら……」


 そのとき、俺の頭には、自分がこの場所で意識を取り戻した時の光景がよみがえった。


「なぜなら、カスタマーサポート、コールセンター業務におけるお客様対応というのは、まごころからくるからです。他者を思いやり、敬う気持ちです。俺がここで倒れていた時、みんな、俺の周りに集まってくれていた……。それは、倒れている俺を心配したからだと思う。つまり、みんなには、すでにオペレーターとしての資質が備わっている。その気持ちを大切に、電話を受けていれば、すぐに応対は上達します」


 そう話すと、みんなの瞳がキラキラと輝きはじめた。


 俺はまたしても気恥ずかしくなってしまって、話を先に進めることにした。


「えっと、それじゃあ始めようか」

 俺がそそくさと進行しようとした時だった。

 ユリヤがピシッと手を挙げた。


「はい! 先にちょっといいですか?」

「なんですか?」


 珍しくかしこまって聞いてくるので、こっちも「ですます」口調で聞いてやる。


「OJTってなに?」

「え?」

「さっき、みんなを集める前に、トールは『OJTはしたことあるけど、新人研修はない』って言ってたけど、それって何?」


 なるほど。用語からして知らないってことか。

 これはもしかして、あとで用語集を作ったほうがいいかもしれないな……


「OJTっていうのは、『オン・ザ・ジョブ・トレーニング』の頭文字をとったもので、簡単にいうと、実際に仕事をしている人の横について、仕事をしながら学ぶ研修のことだね」


 すると、ロロルが口を開いた。

「さっきトールさんがウリアナの隣についてたのも、OJTってことですか?」


「まぁそうなるかな」


 どちらかと言えば、トレーニングというより、ただ聞くだけのモニタリングに近いけれどと思いつつ俺は答えたが、ウリアナは頬を赤らめた。


「やめて、ロロル。それなら、あれは私の方がOJTしてもらったって感じだったじゃない?」


 ウリアナの意見は最もだった。だが、彼女を批判するつもりはない。

 するとユリヤが、さっとフォローした。


「全員だよ。みんなでトールの後ろから聞かせてもらったんだから」


 そして彼女は俺に向き直った。


「OK。OJTの意味はわかったよ。じゃ、さっそくトドスを起こして、研修しよう!」

「よし、はじめるか」


 ……とは言ったものの、自分の音声を聞くのは、けっこう恥ずかしいものだ。

 機械を通すと、全然別人に聞こえるし、聞き直すとアラが耳につく。ここはもっとこう言うべきだったとか、ちょっと早口だったとか。


 現世での研修や査定の時に、さんざん言われてきたことだ。


 しかし、今はそんな自分の悪い部分にばかり目を向けてはいられない。

 彼女たちはコールセンター業務そのものに戸惑っているくらいなんだから。ここでは俺が一番のオペレーターの先輩なんだというつもりで、自信を持って、やれる限りやるしかない。


 俺は覚悟を決めた。


 だが、ビンから黒い虫をピンセットでつまむ勇気だけは、まだ振り絞れなかった。


「ユリヤ……、頼む……」


 情けないが、そこは人任せだ。


「はーい」

と、彼女は別段気にも留めず、当たり前のこととして虫をトドスの前に放ってくれた。

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