第7話 たった一度の大切な電話
最初の電話が終わって、ホッと一息ついた途端だった。
俺の背中から、拍手と歓声の波が湧き上がったのだ。
「え? えぇ?」
安堵したのも束の間、突然のそんな拍手喝采に、俺はどうしていいかわからず、ぐるり周囲を見回すだけだ。
ロロルは眼鏡をくいっと指で持ち上げ感心しきっているし、ウリアナはキツネの耳をピクピク動かしている。
石板とパーテーションを隔てた目の前に立っていたユリヤも、「やるわね」という顔で緩い拍手を送ってきている。
「えーっと、この拍手は……?」
無事に受電1本目デビューおめでとうってことか?
そう思ったが、どうやら違ったようだ。
「すごい……」
「さすが神様……」
というヒソヒソ声が聞こえてくる。
「トールさん! すごいです!」
と、感極まったウリアナが横から飛びついてきた。
すぐ隣にいたから、しがみつきやすかったのだろうけれど、唐突で意外な行動に、俺は固まってしまった。なんか、いいにおいがするし……。
「す、すごいって……?」
そんなこと言われても、何か特別なことをした覚えがない。
確かにウリアナよりはコールセンターっぽい言葉遣いができていたとは思うけれど、俺のやったことは全部、オペレーターとしての「慣れ」でしかない。
そんな俺が、こんなに称賛されるなんて……。
「ちょっと待ってくれ!」
と、俺は、褒められてフワフワした気持ちにハマりそうになる自分を引き留めた。
「ってことは、このコルセンには、今くらいの電話応対ができる人はいないってこと?」
俺は冷静に、その真実を見抜いた。
みんなそれぞれ「えーっと……」「さあ……」「どうだったかしら……」という、ちょっと演技がかったような、空々しい態度で顔を見合わせている。
おいおい、しっかりしてくれよ。
「でもまぁ」と、すでに俺から離れたウリアナが言った。「これからトールさんが色々と教えてくれるんですよね」
「え?」
と、言葉に詰まったけれど、さっきまで密着していた美女に言われて、俺の心はぐらぐらと揺らいだ。
他の連中も、「そうか、そのためにコルセンの神様はおいでになったのか」というような雰囲気で、納得して頷き合っちゃってるし。
否定したい。拒絶したい。
しかしそれよりも、まずコールセンター勤務者として、確認したいことがひとつ。
「これ、ログはどうやって残すの?」
「ログ?」
と、みんなが首を傾げる。
俺はそれを説明することになった。
「ログは……、えっと、今の電話応対の内容を書き残しておくこと。通常はこの個人情報と紐づけられて、どこかに保存できると思うんだけど」
「ああ、それなら……」
と、ユリヤが仕切りから体を乗り出して、石板に触れようとしてくる。
銀色の髪が前に垂れ下がって、彼女の顔を隠そうとサラサラと揺れた。
こんな状況なのに俺は、それを綺麗だなと思ってしまった。
「ここ」
と、彼女が指さすのを、ウリアナが引き継いで、
「ここにメモを取ることができるんです」
と、説明してくれた。
「ありがとう。で、これは次回参照できるんだよね?」
「参照?」
「あー、試しにやってみるよ」
俺は今さっきの会話内容を簡潔に入力すると、日付と名前を書き添えて、保存ボタンを押した。
それから吉田くんのフルネームと生年月日を暗記して、画面をいったん個人情報の検索に戻す。そしてもう一度彼の個人情報を検索して……
出た。
「よし。ログの保存、できてるな」
思わず出た独り言に、俺の隣に回り込んできていたユリヤが、「なるほど」と、こちらも思わずという感じで呟いた。
それに対して、反対隣のウリアナが「どういうこと?」とユリヤを覗き込む。
俺は2人の女性に挟まれる格好になって、ちょっと気が引けてしまった。
戸惑っている俺に代わるように、ユリヤがチラッと俺の様子を見てから、彼女の言葉で説明した。
「もしも吉田がまた電話してきた時に、メモを残しておけば『こないだトールがこう言った』『いや、言ってない』みたいな揉め事を防げる……」
「そう」と、俺はユリヤに同意した。カスタマーを呼び捨てにしているところはよろしくないが、今の話の骨子はそこじゃない。
後ろで聞いてたロロルも納得した。
「そっか。吉田が実は悪の手先だったら、記録がなければ悪用も可能。でも、メモを残しておけば、その不安がなくなりますね!」
俺は訂正というか、補足を入れることにした。
「もうひとつ。俺たちは毎日何本もの電話を受けているけれど、掛けてくる人にとっては『たった1度』。吉田さんがまた電話してきたら、彼にとっては『人生で2度目の問い合わせ』ってこと。どのオペレーターが次の担当になったときにも、お客様が気持ちよく『こないだの話の続き』ができるように、ログは残しておく必要がある」
そう語ると、みんなも興味が湧いたようだ。
俺はさらに付け加えた。
「理屈で言えば『たくさん受けてる電話のひとつ』なんだから、前回の内容なんか知らなくて当然かもしれないけど、せっかく電話してきてくれたカスタマーがどんな話をしたのか、きちんと保存しておくのもコールセンターの仕事のひとつなんだ。面倒や無駄に思わず、簡潔・正確にログを残してほしい」
なんとなく説教くさいことを言ってしまった俺は、みんなの視線がこっちに集まっているのが急に気恥ずかしくなってきた。
コホン。
ひとつ咳払いして、話を変える。
「あと、会話は録音はされてる?」
と、なんとなくこのセンターについて一番詳しそうなユリアに尋ねると、彼女は「録音……?」と、ちょっと首を傾げてから、思い至ったようだ。
「ああ、覚えられてるよ!」
その言い方が気になったが、彼女が「こっちこっち!」と手招きするので、言われるままに席を離れてついていった。
部屋の片隅に、扉がある。
サーバールームか何かかと思ったが……
「こいつ!」
と、彼女が扉を開けると、巨大なカエルのような生き物が!
デーーーーーン!!!
のっそりした目で座っていたのだ!
「え? ええええ???」
逆毛が経つほど驚いている俺に、ユリヤはにっこり微笑んで紹介してくれた。
「すべてを記憶しているトドスだよ」
ト?
何?
なんだって???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます