第6話 伝えてはいけないこと
センタク——……?
センタクって???
俺の頭はパニックを起こしかけた。
だが、どんなときでも感情を声に出さないのがプロの電話オペレーター。
「センタク……。吉田様に割り振られた能力、ですね?」
『そうです』
「確認いたしますので、少々お待ちください」
保留ボタンがどこだかわからない。
このまま続行するしかない。
保留しないまま待たせられるのは、せいぜい3秒——……
画面上を眺めまわし、何か使える道具がないか探しながら、万が一わからなかったときのための言葉を頭の中で組み立てる。
そのとき、個人情報の一部に「能力」という項目があることに気がついた。
確かに、そこには「センタク」と書かれている。
なんとなく俺は「選択」という漢字を当てはめていた。
何かを選び抜く能力を与えられた——……
ありそうじゃないか。
そこを人差し指でタップすると、ポップアップが出てきて、またしても全文カタカナで内容が書かれていた。
「大変お待たせいたしました」
ざっと目で追いかけながら、たどたどしくならないように、声の調子に気をつけながら読み始める。
「センタク能力というのは、つまりセンタクをする能力ということになるのですが、具体的には井戸や川などにおいて、服などを……」
言いながら、俺は心の中で(はぁ? はぁぁぁぁ——……???)と驚嘆していた。
センタクって、まさか「洗濯」? 「選択」じゃなくて洗うほうなの???
しかし俺が驚いたのは、それだけじゃなかった。
「洗う能力でございまして、布製品のみならず……」
と、流暢に解説している俺のブースの前に、何かが踊り込んできたのだ。
(——……!?)
俺の口はさらに滑らかに「レベルアップするごとに他にも……」と動いていたが、実際には椅子から立ち上がりそうになるほど驚いていた。
ユリヤだった。
彼女が、俺の目の前に、立ちはだかるように現れたのだ。
その目つきは真剣そのもので、両腕を交差させて「×」を作っている。
(「×」……、だと——……?)
俺は一瞬にして彼女の思惑を理解した。
そして180度、舵を切った。
「きっと、あらゆる場面で吉田様の転生ライフを助けることになるかと存じますが、大変申し訳ありません、あまり詳しいことはお伝えできかねるものでございます」
ユリヤの表情が安堵に変わる。
『そう……、ですか……。すみません、音で聞いていて、まさか洗うほうのセンタクだと思っていなかったので、ちょっと驚きました』
「はい……」
と、俺は同調するように頷いた。
『服とか洗う能力が、どういうふうに役立つのか、ちょっとイメージつきにくいんですけど……』
「申し訳ありません、能力をどのように生かしていかれるかは、転生者みなさまの選択にかかってまいりますので、我々のほうであれこれと影響を与えることを伝えることができかねます」
俺はユリヤの反応を見ながら一言ずつアドリブで言い訳を作っていった。
まさかの「洗濯」と「選択」がかかっているセリフになってしまったが、そんなこと言ってる場合じゃない。
彼女がいちいち深く頷いてくれるから、おおむね俺が今言っている内容で当たっているようだ。
吉田くんは悩んでいるようで、口が止まってしまった。
空白が流れる。
ここで恐れてはいけない。
変に気をつかって、こちらから何か言葉を重ねる場面ではないようだと感じ取って、俺は吉田くんに合わせて黙っていた。
『……わかりました』
と、彼は了承した。
『これ以上ここで聞いても、何も教えてもらえない。自分で町とかに行って実際に生活して、能力を使って、それでレベルアップしていくしかないってことですね』
「恐れ入ります」
意を決した吉田くんに、俺は心から敬服して言った。
きっとまだパニックだろうに、彼は短時間で持ち直した。偉い。
そう思っていたら、吉田くんは最後に付け加えてきた。
『……あの、トールさん、でしたっけ?』
「はい」
俺は吉田くんが次に言いたいことの邪魔にならないよう、軽い調子で返事をした。
すると彼は、こう続けた。
『最初の担当の女性に謝っておいてください。俺、ちょっとパニックになってて、言葉遣いとかが乱暴だったと思うので。でも、トールさんと話している間に、自分の中が整理できました。自分が何に困っているのかとかが見えてきたら、とにかく先に進むしかないんだなってわかったんです……。ありがとうございました……』
「吉田様……、そのようにおっしゃっていただいて、心からお礼申し上げます。担当のウリアナにもきちんと申し伝えます。吉田様の異世界転生が素晴らしいものになることを、センター一同、心よりお祈り申し上げます。本日はお電話ありがとうございます」
『じゃあこれで、失礼します』
「はい。失礼いたします。担当トールがお伺いしました」
吉田くんが電話を切るのを待っていると、切電と同時に魔法石も輝きが収まった。
ふう——……
終わった——……
俺は額の汗を拭うくらいの気持ちだった。
その途端、センター中が「ワアァ——……」という歓声に包まれたのだった——……
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