第5話 終(了)電(話)トークへのイバラ道

 電話口の相手はまだここに至った経緯を話し続けている。


 申し訳ないが、これは時間稼ぎでもある。

 だが、悪いことではない。

 俺ももう一度話を聞きながら内容を整理できるし、この間に、次の対応の準備ができる。


 彼のペースに合わせてきちんと頷き、相槌を打つことを忘れずにしながら、俺は石板に浮かび上がっている「転生」のボタンに触れてみた。


 ポワン——……


 というような小さな音がして、石板の画面が切り替わった。


 なんと恐ろしいことに、そこには「名前、住所、生年月日」という個人情報を入力する欄と検索ボタン、その下に細かい文字で注意事項や「よくある質問」が並んでいるのだ。


 だめだ。

 細かい文字を今読んでいては、会話が疎かになる。

 この画面は後で確認するとして、これはたぶん、この画面から顧客情報を検索できるということだな。

 つまり、転生者の情報を……


 本当かぁ???

 異世界転送って今、こんなことになってんのぉ???


 頭を抱えそうになる俺の耳に、男が言った。

『で、気がついたらここにいたってことです』


「ありがとうございます」

と、俺はまず、話してくださったことに感謝を伝えた。それから間髪入れずに、内容を簡単に繰り返した。

「トラックに轢かれたはずが、気がついたらそちらにいらしたのですね」


『そうですね』

と、男は肯定した。


 よし。

 この石板どおりに話を進めればいいってんなら、ここから彼の個人情報を引き出してみようじゃないか。


「かしこまりました。それではお客様の状況を確認いたしますので、恐れ入りますが何点か個人情報をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 勢いで、彼を「お客様」と呼んでしまったことを後悔したが、それ以外にどういう呼称を使えばいいのかわからないので、今回はよしとしよう。

 相手も特段気にしていないようだった。


 俺は一拍置いて、「まずはお名前を、フルネームでお願いします」と、少し毅然とした調子で続けた。


『あ、えっと、吉田です。吉田優馬……』

「ヨシダユウマ様。ありがとうございます」


 繰り返しながら打ち込むと、それはカタカナで表記された。


 うーむ……。

 識字がコンマ数秒遅れるから漢字がいいんだけど……。でも変換時間が短縮されるから、この場合はこっちのほうがいいか。

 入力ミスに気をつけて……と。


「続いてご住所を、都道府県名からお願いいたします」


 そう言った俺の横から、すっとカンペが差し込まれた。

 そこにはこう書かれてあった。


「名前+住所

    生年月日

 どっちかだけでOK

 次画面で確認できる」


 横目で見やれば、ユリヤが真剣な目つきで俺を見守っていた。

 走り書きして差し入れてくれたのだ。


 俺は素早くグッと親指を突き上げ、文字入力に戻った。


 ちなみにそうしながらも、口は吉田さんの言う住所を復唱している。


 だが、カンペを受け取って読むタイムラグで、町村名以下が曖昧になってしまった。


「吉田様、申し訳ありません。少し回線が乱れたようです」

と、俺は、彼の言った市名の後からもう一度教えてくれるようお願いした。


 彼も快く応じてくれたので、

「ありがとうございます」

と、深くお礼を言いながら検索ボタンを押す。


 うわーお。

 本当に情報が出てきた。


 名前、住所、生年月日、転送日。

 その下に、なんだこれ? 「担当女神」? 「能力」?

 それから、転送地やその他もろもろの情報が載っている。


 だめだめ。

 読み耽るな。

 一度も会話を途切れさせるな。


「吉田様、最後に確認のため、生年月日を西暦でお伺いできますでしょうか」

『はい。2000年の……』

と、続く生年月日は画面上の数字とぴったり一致。


 それから、転送日の欄には今日の日付。


 そうか……。

 吉田さんも俺と同じ日に転送されたのか……。


 しかも吉田さん、俺より五個も年下か……。吉田くんじゃん。


 感慨深く思いながら、俺はカンペに「これ伝えてOK?」と書いて、画面を指差しながらユリヤを振り返った。

 彼女が銀色の髪を揺らして大きく頷く。


「ありがとうございます。吉田様の情報が確認できました。吉田様が本日転送されたこと、また転送地、担当女神や能力もこちらで把握しております。本日はどのようなご要件でしょうか?」


『えっとぉ……』

と、なぜか吉田くんは口ごもりはじめた。

 どうしたのだろうか。


 俺は黙って待つことにした。

 その間に、画面を隅から隅まで確認する。この短い時間で完璧になんかできないだろうが、読めるだけ読む。


 吉田くんが再び口を開いた。

『すいません。急なことだったんで、俺、焦って、よくわかんなくなって掛けちゃったんですけど、なんかちょっと具体的な質問という質問はなくて』


「はい。お察し申し上げます。急なことに、焦ってらしたんですね」


 俺も同じだ。本気で心の底からよくわかる。なんなら今、吉田くんと握手したいくらいだ。


『なので、なんか、何もかもわからないんですけど、さっき女神って人が、町に行くように言ってたんで、とりあえずそうしてみようと思います』


 チラリとまたユリヤを見ると、彼女は指でOKマークを作って頷きまくっている。

 吉田の行動に間違いはないようだ。


「承知いたしました、吉田様。わたくしどもとしましても、町へ行かれることをおすすめしております」

『わかりました。そうします。また何がわからないのかわかってきたら、連絡ってできるんですか?』


 ユリヤ、頷く。


「はい。お答えできる限りでサポートしております」


 いつ、どのように、どれくらいの範囲で答えられるのかわからないので、吉田くんには申し訳ないが、その辺は曖昧にさせてもらうことにした。


「他にご質問などございますか?」

『特には……』


 ホッとした。

 よしよし。これで終電トークに持っていけるぞ……

 と、思いきや……


『あ、あの、じゃあ、最後に。俺に振られた能力「センタク」って、なんですか?』

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