初受電
第4話 受電!第1号
手始めに俺は、ある1人のオペレーターの隣に座って、実際の入電を聞くことにした。
いわゆるモニタリングだ。
この一風変わった電話相談窓口を「コールセンター」と呼ぶのなら、彼女たちのことも、俺の世界と同じように「オペレーター」と呼んで差し支えないだろう。
実際の電話を聞いてみたいと要求した俺に、ユリヤとロロルはウリアナを紹介してくれた。キツネ耳の美女だった。
このセンターで一番客ウケがいい、ということだったので、俺も背筋を伸ばしてしっかり聞いて勉強しようと身構える。
ところで俺はこの瞬間まで、まるでコスプレみたいにずっとヘッドセットを頭につけっぱなしでいたのだけれど、なんと不思議なことに、その長く垂れたコードの先っぽにあるモジュラージャックは、魔法石の裏側にカチリと接続されたのだった。
そしてついに、魔法石の電話がチカチカと輝いた。
ウリアナの細くすらりとした指が、魔法石をなぞる。なぜか俺はぞくっとした。
しかし、次の瞬間にぶっ飛んだ。
「もしもし?」
ウリアナの第一声が、それだったのだ。
隣の俺は木製の椅子から転がり落ちるところだった。
もしもし?
もしもしだって?
受電対応の第一声としてはありえない。
もちろんそれは、俺の世界の常識から考えて、ではあるけれど。
『あー、もしもし?』
と、入電者の若い男性は構わずに話しはじめたが、俺の心臓がもたないかもしれない。
「はい、もしもし? なんですか?」
『え? あ、えーっと、ここって、異世界転送した人の問い合わせ先ですよね?』
「はい、そうですが」
あー! ダメだー!
基礎がひとつもできでない。
若者は少々ムッとなったようだ。
『あのー、なんだかわかんないんですけど、トラックに轢かれて死んだと思ったらいきなり変なところで目が覚めて、変な女神みたいなのが、わからないことがあったらここに電話しろって……』
「何がわからないんですか?」
ウリアナは相手の発言の末尾に言葉を被せて聞いてしまっている。
『何がって……、全部ですよ、全部。何もかもわかりませんよね。わかるほうがおかしくないですか? そりゃ、確かにトラックに轢かれた瞬間は、もう死んだと思ったから、生きてたのはよかったですけど』
「それは、よかったですね!」
『いや、そういうことじゃなくて。あの、誰かもっと話のわかる人っています?』
ウリアナがなぜか俺をチラリと見てきた。
人ではない彼女の瞳は、光の加減で茶色にも黄色にも見えるオレンジ色で、俺は本物のキツネなんて間近で見たことないが、「本物のキツネじゃないのかな」と思わせた。
まさにキツネ色という感じの、金色に近い豊かな髪の先っぽがふわふわと揺れている。
不安でいっぱいの困り眉を見たら、俺は助けずにはいられなかった。
ええい! 向こうだって意味わかってないんだ! こっちがわかってないことにも気づかないだろう!
「お電話替わりました。上席のトールと申します」
気がついたら、俺は声を発していた。
ここでなぜ、咄嗟にファーストネームを名乗ったのか、それは俺にもよくわからなかった。ただ、そうする方が自然な気がしたのだ。
ウリアナに向かって、俺は自分の唇に人差し指を持っていって、「しー」のポーズを見せた。この世界でも、このジェスチャーが「声を出さないで」であることを心のうちで祈りながら。
『あー、もしもし? なんかよくわかんないんですけど……』
「はい。恐れ入ります。現代から異世界への……転送でしょうか? それとも転生でいらっしゃいますか?」
スラスラと出てきたのは偶然や運ではない。
石板の画面に大きく「転送」「転生」の文字が出ていたからだ。
ってゆーか、ここの世界の文字、日本語表記なんですけど?
いやいや、そんなことに驚いている場合じゃない。
とにかく今は、目の前の電話に集中だ。
1本入魂。
俺を鍛えてくれたセンター長が冗談で言った言葉だ。
聞いた時はバカな用語だと思ったが、まさかそれが今になって頭の中に浮かんでくるなんて。
『えっと、すいません、それがまずよくわからないんですけど? え、転送? 転生?』
「恐れ入ります。先ほども担当のウリアナへ状況をご説明いただいていたようですので、再度お話いただいて恐縮なのですが、もう一度、そちらへ至った状況をお話しいただけますでしょうか?」
ここで先走って、トラックに轢かれて死んだことをこちらから言ってはいけない。
なぜなら、どこかでこっそり聞いていたと知られることのほうが、相手に不信感を抱かせるからだ。
それなら、二度手間でイラつかせるほうがいい。
ここでもしも怒りの導火線に火がつくようなら、「保留にして先ほどの担当者に聞いてくる」か「一度切って担当者に聞いてから折り返す」かの、どちらかを選んでもらえばいい。
ま、もしも後者を選ばれた場合、俺は折り返し方法がわからないから詰むので、それは選ばせないけど。
こちらの思う方向へ誘導する方法など、いくらでもある。
電話口の相手は……おそらく俺と同じか、少し若そうに思える声の男は、多少イライラを募らせながらも、素直に経緯を話してくれた。
しかしこちらとしては一度聞いた内容だ。話半分でも十分理解できる。
俺はその間に、またしてもジェスチャーで「何か書くものを」とウリアナに求めた。
すると彼女は石板をスルスルと操作して、そこに文字を打ち込めるようにしてくれた。なるほど、タッチパネル式か。ちょっと打ちにくいが「QWERTY」配列なのは助かる。
なんでそんな都合のいいものが出てくるのか、それはこの際、脇においておこう。
俺が石板に「彼の状態は転生?」と打ち込むと、真剣な瞳のウリアナが大きく頷く。
いつの間にか、俺とウリアナのブースには他の連中が集まっていた——……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます