第3話 現状を"復唱して確認"!

「じゃあ、つまり——……」

と、小一時間ほどかけて説明してもらった内容を、自分の口で繰り返して確認することにした。復唱して確認するのはコールセンターの鉄則だ。


 ちなみに目の前には、銀髪の少女と三角帽子メガネの少女だけが残っていて、あとはみんな業務に戻っていた。

 お客様を待たせるわけにはいかない。コルセン従事者として正しい姿だ。


「ここは、俺たちの世界と君たちの世界の狭間ってことなんだな?」

「そうです」


 三角帽子メガネの少女が背筋を正して答えた。


 顔からはみ出るくらい大きなメガネをかけているが、その奥にある茶色の瞳も、メガネに負けないくらい大きい。三角帽子から、同じく茶色の髪がボリュームいっぱい溢れてきていて、それを無理やり抑えるようにおさげにしている。


 体をすっぽり覆ったローブで体型は見えないが、少なくとも背は、170センチの俺よりずっと低い。


 しかし、いい加減そろそろ名前を教えてもらわないと不便だな。単純な問い合わせで終わらないときは、まず名前を聞くことも鉄則なのに。俺としたことが。


「なるほど。それで、君の名前は?」

「はい! 私はロロルです! 神様!」

「うん。元気があっていいけれど、その『神様』っていうのはやめようか、ロロル」

「どうしてですか? 神様」

「俺のことは『架橋かけはし』か『とおる』でいいよ」


 そう言ってやっても、ロロルは小首を傾げている。


 俺はもう一人の、銀髪の少女に向き直った。


 彼女は本当にイラストから抜け出してきたような容姿で、藍色の瞳が美しかった。やたらにフリルのついた白いブラウスと、何層にも重ねられたふわふわの白いジャンパースカート。髪にも白いリボンが巻かれている。スタイルもかなりいい。


 しかし彼女は、さっき俺に向かって人差し指を突き立て大声をあげた張本人だ。見た目よりも威勢がいい。いや、よすぎるかもしれない。


 そんなことを考えていると、彼女は両手を腰にしてロロルに言った。

「バカだな。そうやって相手に親しく話しかけるのもコールセンターの技術なんだよ。神様はそれをあたしたちに示してくれてるんだ」


 おい。見当ハズレだよ。

 しかし、「いいや」と否定から入ってはいけない。

 それこそまさにコールセンターの技術。


「君の名前は?」

と、俺は話を逸らした。


 銀髪美少女は、そのキラキラ輝く髪を颯爽となびかせて、俺に振り向いた。


「あたし? あたしはユリヤだよ」


「よし。ユリヤとロロルだな。俺は『トール』だ。トールと呼びなさい」

「はーい」

「はい! わかりました!」


 うーん、正反対なんだな、この二人は。


「話を戻すけれど」

と、俺は無理やり軌道修正した。

「ここは俺たちの世界と君たちの世界の狭間で、君たちも、この場所がいつ、どうやって出来たか知らないってことなんだな?」

「うん」

「はい」


「不思議な場所だなぁ」

と、俺はぐるりと周りを見回した。


 本当に、誰からも何も説明がなく、彼女たちのような人外のものたちがいなかったら、俺はここを、日本のどこかにある普通のコールセンターだと思っただろう。


 よく見れば、壁は石や土でできているし、机は木製だ。

 パソコンだと思ったものは鈍く光を放つ石板で、電話はキラキラ輝く十五センチ四方くらいの石……というか、宝石のようなものでできている。


 彼女たちはその魔法石を操作して、受電対応しているようだった。

 もちろんヘッドセットなどない。ごく柔らかい素材でできた、簡易的な兜のようなものをかぶっていて、それで交信が取れているようだった。


 ロロルが俺に説明してくれた。

「そして私たちは大神官様に導かれ、ここに毎日通うようになったのです。はじめは何が起きているのかわかりませんでした。でも、魔法石が迷える人々を、遠く離れたこの場所に結びつけるのです。だから私たちは、人々の助けとなるために、ここでコールセンターを立ち上げることにしたんです」


 今度はユリヤが、やれやれといった感じで言ってきた。

「だけどあたしたち、全然うまくできなくてさー。よく電話してきた人に怒られるし、もうこんなの無理だわって思ってたんだ」


 それを受けて、ロロルも言った。

「結構、クレーム言われて泣いちゃう子もいたりして……」

と、しょんぼりしている。彼女も乱暴な電話を受けたことがあるのだろう。


 わかる。

 俺もしょっちゅう理不尽な電話を受けたし、若い女性派遣社員なんか、研修中に泣き出して辞めていった子もいる。


「ヤニナなんか、嫌になって行方不明だもんね」

と、ユリヤが誰か人名をあげてため息をつくと、それを思い出したのかロロルの表情も曇る。


「どんなクレームが多いんだ? それから、マニュアルは?」


 普段なら、厄介ごとに自ら首を突っ込むようなバカな真似はしない。

 けれど、これは職業病だ。仕事なら、どこまでも厄介に立ち向かわなければならない。それがコールセンターだ。



 思わず尋ねた俺に、二人はきょとんとした目をこっちに向けた。

「マニュアル?」


 え……

 ないの?

 まさか、マニュアルなし?


 マニュアルのないコールセンターなんか、コンパスのない航海じゃないか……


 俺は目の前が真っ暗になるようだった。

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