第2話 コールセンターからコールセンターへ

「——……?」


 ん——……?

 どこかから声が聞こえる——……


「……ですか?」


 誰かが俺を呼んでいる……のか?


「大丈夫ですか?」


 その声は遠い……。

 いや、耳元で聞こえる。


「もしもし? もしもし……?」

 そう声をかけられた瞬間、俺は反射的に飛び起きた。


 そして声を張っていた。


「お電話ありがとうございます! ○×通販カスタマーサポートセンター、担当・架橋でございます!」


 シーン——……


 静まり返る空気。

 直立不動の俺。

 これだけ動いたのに、頭にしっかりついたままの、片耳タイプのヘッドセット。


 ヘッドホンを当てている左耳からは、何も聞こえていない。


 俺は右を見た。

 そこは慣れ親しんだコールセンターの様子だった。

 等間隔に並んだ、パーテーション付きの机。その上に、モニターと電話機が置いてある。

 ん? でもなんだか、モニターと電話機の形がちょっと違うような……


 そんな疑問が頭をかすめるが、俺はひとまずその思いを棚上げして、今度は左を見た。

 同じように、机と椅子が並んでいる。

 だが、人がいない。


 無人のコールセンター。

 おかしい。さっきまで俺は職場の、稼働中のコールセンターにいたはずなのに。


 しかし人の気配はあった。

 俺の背後に。


 俺はなにやら嫌な予感があって、ゆっくり、そっと、振り返った。

 そして、叫び声をあげてしまった。


「う、うわぁぁぁ——……!」


 そこにいたのは、手前の方から順番に、

1、銀髪の美少女

2、キツネの耳の生えた女子

3、エルフの美女

4、三角帽子に眼鏡をかけた少女

5、その肩に、パタパタと飛んでいる羽の生えた、なんだかよくわからない、猫みたいなやつ!


 そのほか幾人もいたが、すべて人間ではない感じの連中ばっかりだ。

 え? ハロウィン?

 確かに俺は、渋谷の雑居ビルに勤めていたけれど。季節は全然春だったはず。


 いや。

 いやいやいや。

 よしんばハロウィンだったとして、これは絶対おかしい。おかしいだろ!


 だって羽生やしてパタパタ飛んじゃってるのもいるし、キツネ耳だってエルフ耳だって、どう考えても作り物じゃない!


 一度は叫び声をあげてしまった俺だけれど(それも仕方のないことだとは思うが)、少しずつ冷静さを取り戻してみて、この状況を俺なりに掴もうと努力してみた。


「えっと——……」


 まず、ここはどこだか聞いてみようと思った、その時だった。

 集団の一番前にいた銀髪が、いきなり俺を指して大声を出したのだ。


「神様だーーー!!!!」


 それに呼応して、その他大勢から「おおおー」とどよめきが起こる。


 は?

 神様?

 誰が?


 しかし少女の指はしっかり俺をポイントしているし、振り返ってみても他に誰もいない。


 俺が?

 神?

 そうだと仮定して、なんの?


 その疑問はすぐに解消された。


「コルセンの神様だー!!!!」

「神様が参られたー!!!!」

「うおおおおお!!!!」

「ふおおおおお!!!!」


 この騒ぎだ。

 え? で、今、なんつった?

 コールセンターの神?


 日本には古来からトイレから貧乏にまで、八百万の神がいると言われてきているが、「コルセン神」なんて聞いたことがない。


 いや。そんなこと考えてる場合じゃなくて。


「えっと、あの」

 俺はなんとか頑張って、盛り上がる人外の皆さんを落ち着けようと、ゆっくりはっきりしたトーンで話をした。


「ご盛況のところ申し訳ありませんが、俺にはここがどこなのかわかりかねます。俺の名前は架橋通。どなたか、責任者の方はいらっしゃいますか?」


 その途端、またしても「おおおー」という、どよめきというか、感心した声が湧き上がってしまった。


 今度はヒソヒソコソコソと、

「本物だ」

「聞いたか、今の言い方」

「声の大きさもトーンもいい」

「さすが神様」

という声があちこちで聞こえる。


 いかん。最近は職業病というのか、改まって話そうとすると、ついついコールセンターっぽく言ってしまうのだ。


 俺は若干気恥ずかしくもなってきて、コホンと咳払いする。


 よし、話の持っていき方を変えることにしよう。


 コールセンターで培った傾聴技術その1。

 事実誤認でない限りは、相手の言い分に寄り添うこと。


 たとえ間違いだとしても、急に否定しては、相手は心を閉ざしてしまう。場合によってはケンカになってしまうこともある。

 訂正は、相手の話を聞き終わってからでも遅くないのだ。


「神様かもしれません!」

と、俺は言った。


 恥ずかしかった。

 めちゃくちゃ恥ずかしくて、耳まで真っ赤だった。

 誰か知り合いにでも聞かれたとしたら、顔から火が出て死んだかもしれない。

 でも、言った。


「俺は神様かもしれない!」


 言いながら、次の言葉を探す。

 どうする? なんて続ける?

 この話を、どう持っていけば、俺の知りたい情報に辿り着ける?


「だが! 俺には記憶がない!」


 いや、あるんだ。めっちゃある。

 これはちょっと嘘だから、仕事だったアウトだけれど、今は非常事態だからよしとしよう。


「ここはどこだ?」


 俺はズバリ聞いた。


 すると、黒い三角帽子に分厚い眼鏡をかけた、いかにも頭脳派な感じの少女が一歩前に進み出た。


「はい、お答えしてみたいと思います。ここは、『異世界コールセンター』といいます。異世界に転送・転生した人や、転送・転生先の連中が困ったときに、相談してくるセンターです」


「はぁ?」

 俺は開いた口が塞がらなくなって、言った。

「え、じゃあ、つまり、ここって、異世界? ってこと?」


 メガネっ娘が訂正する。

「いいえ。違います。まぁ異世界といえば異世界なのかもしませんが、どっちかというと、世界と世界の狭間、異世界未満、あるいは『未世界』って感じです」


 なんてことだ。


 俺は転送さえまともにできず、中途半端なところに落っこちてしまったようだ。

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