お電話ありがとうございます!転生転送者専用カスタマーサポート無双!

所クーネル

主人公転送

第1話 転送中!お電話切らずにお待ちください

「お電話、ありがとうございます。

 ○×通販カスタマーサポートセンター、担当・架橋かけはしでございます」


 俺はヘッドセットをつけて、小さなマイクに向かって明るく名乗った。

 電話の向こうの、顔の見えないお客様に、最高の声の笑顔を届けるために。


 そう。これが俺の仕事。

 コールセンターで毎日9時から18時まで、お客様の質問に答える。

『買った商品が届かない』とか、『注文後に引っ越してしまった』とか、『色が違うから返品したい』とか、『どの商品を買うか迷っている』とか、毎日さまざまな質問、疑問、相談が寄せられる。


 問い合わせといえば電話よりもメールやチャットが主流になりつつあるが、実はまだまだ電話窓口の需要は高い。中高年の世代はメールやチャットの操作が苦手だったりするし、せっかちな人は電話でパッと聞きたかったりするのだ。

 そんなわけで、俺は主に受電と、時間が余ればチャット対応もする、マルチオペレーターだった。


 ま、派遣社員だけど。

 時給も安いし、ボーナスもない。いらなくなったら真っ先に切られるポジション。

 悲しいけれど仕方がない。流れ流れてこうなってしまった。


 これでも、新卒採用で正社員やってたこともある。でも、その仕事はあまりにもブラック。理不尽なことで上司から責められるばかりで、1年も経たずに辞めてしまった。


 そして現在地がここ。

 大手通販会社のコールセンター。


 電話での問い合わせというのは、ほとんどが数分で解決できるものだったが、中には手強いクレーマーもいる。

 しかし俺も派遣社員とはいえ、勤続5年。もはやベテランの域だ。強固なクレーマーにも屈しない。

「どうせ電話越しだ。殴られるわけでもない」

 そう思えば、どんな苦情にも耐えられた。


 もともと、「口で何を言われても心は乱れない」という、持って生まれた才能があった。


 いや、それが唯一の才能だった。


 俺には、それしかなかった。

 だから、この仕事に流れ着いて、5年もいる。




 1年内の離職率がめちゃくちゃ高いコールセンターで「5年」というのは、驚異的な数字だそうだ。知らないけど。


 とにかく今日も俺は、服装自由、私物持ち込み禁止のブースに、財布とお茶だけ持って入り、感度の高いヘッドセットを装着し、パソコンを立ち上げて、電話を待つ。


『もしもし、あの、そちらの商品の購入を検討している者ですが……』

「はい。ご検討ありがとうございます」


 ちょっとした会話の隙間に、感謝の言葉を忘れない。こんなものはただのテクニックだ。長くやっていれば誰でもできる。


『あ、どうも。えっと、それで、商品番号なんですが……』

 案の定、電話口の声が柔らかくなる。

 このお客様、良い人そうだな。しかも商品番号まで控えて電話してくるってことは、準備万端で聞きたいことも整理されているはず。ラクな1本だな。


「ありがとうございます。番号をどうぞ」

 聞いた番号は必ず復唱しながら、端末に入力して検索ボタンをクリック。


 お……っと——

 家電か。


 うちの通販サイト、衣料や家具、日用品、雑貨類がメインだから、家電を聞かれると弱いんだよな。


 俺は内心ヒヤヒヤしながらも、そんなことは絶対に声色に出さず、商品名や特徴を伝えた。

「こちらの商品でお間違えないでしょうか?」

『はい。それです!』


 電話口の声が明るくなる。


 うわー……、神様、仏様、電話の精霊様、コールセンターの女神様。

 どうか易しい質問でありますように……!!


『そのプレーヤーの外部出力についてなんですが、おそらくミニプラグしか無理なんだと思うんですけど、うちには銅線のアンプがありまして……、▼※△☆▲※◎★●は、☆▲※◎★と◎★●▼※で繋いだりとかって……』


 ああああー!

 待って待って、そんな一気に話さないで!

 半分もわからん!

 復唱もできん!


 第一印象でわかってもらえると思ったのか、お客さんは一方的に喋ってくる。


 しかし心臓よ。高鳴る必要などない。

 なぜなら、家電関係でこれだけ突っ込んだ技術的な質問が来た時だけ使える、魔法の言葉があるのだ!


「お客様、恐れ入ります」と、彼の言葉が途切れたところで、俺はすかさず呪文を詠唱した。「申し訳ありません、家電商品の技術的な質問につきましては、専門のスタッフがおります。わたくしではお答えできかねる詳細なご案内も可能な、専門知識のある担当部署ですので、このお電話をお繋ぎさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 男は少し迷った。

『……それって、繋がるまで時間かかりますか?』


 俺に抜かりはない。

 すでに壁に掛かった電光掲示板で、部署間転送の待ち時間を確認していた。


「いいえ。今すぐ担当者にお繋ぎできます」

『ならお願いします』

「かりこまりました」と言ってから、俺は若干早口めに断りを入れた。「恐れ入ります、お繋ぎ先の部署への取次ですが、技術的なお話で間に人が入ると、正確に内容が伝わらない可能性があります。わたくしから担当者へは商品番号のみお伝えしますことを、ご了承いただけますでしょうか」


 嫌とは言わせない話術も長年のテクニック。

 電話相手は、むしろ親切にしてもらった感を抱く。


『あ、はい。大丈夫です』

「恐れ入ります。それではここまで担当・架橋がお伺いしました。お電話切らずに少々お待ちください」

『ありがとうございます』

「こちらこそ、ありがとうございます」


 なんの礼だか分からなくても、ありがとうにはありがとうで返すべし。


 俺は慣れた手つきで保留ボタンと、家電技術部門の転送ボタンを押した。

 そう。いつもと同じことだ。

 押した。

 押したはずなのだ。




 次の瞬間、俺は強烈な目眩を起こし、視界がホワイトアウトした。


 ぐるぐるぐるるるるる——……


 目が回る。電話が鳴る。保留音がヘッドセットの向こうから聞こえる。


 なんだ?

 なんなんだ?

 いったいどうなってるんだ?


 気が遠くなっていく俺の脳内で、なぜかフィンガー5の『恋のダイヤル6700』が流れだした。






 このあと俺は知ることになる。

 電話ではなく、俺が転送されたことを——……

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